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透明な屍体

飛行機に乗った時、私はかみさまになれた気がした。
上空から眺めるあの街の灯りひとつひとつに生活があり命があり、私もこの灯りのひとつであるのだと思うと自分が普段見ている世界がどれだけちっぽけなものであるのかということに気付いちゃったんだ。同時にこの広い世界の中で君に出会えたことがどれだけ奇跡であるかということにも気付いてしまったんだ。人が一生のうちで誰かと出会う確率は0.0004%とか誰かが言うからさ、私は勝手に運命感じて君のことを忘れられないんだ。

かなしみはいつか消えてしまうけれど、虚しさはいつまでも残っている気がする。こころにぽっかりと空いたその穴は、そうしてずっと空いたままだ。そこに春の暖気が吹き込んだら、そのまま体が蝕まれてゆく気がしてこわいんだ、桜の花びらが舞い込んだら、私は地に還れるのかな。桜の下に埋まる屍体になれるのかな。私はあの日の春風に、桜の花びらと一緒に私のことも連れ去って欲しかった。そうして綺麗なうちに、愛されているうちに、綺麗な思い出だけを抱えたまま儚く散ってゆきたかったんだ。

果たせなかった約束はどこへ行くんだろう。
届かなかった想いはどこに向かうんだろう。
あの日に君の口から放たれた「愛してる」は今どこを彷徨っているんだろう。
ねえ、あの約束は、この想いは、あの言葉はみんな桜の花になって、そうして咲いた魂が、今こうして散っているのかな、春風とともに私に降り注いでいるのかな。私が掴んだあの桜の花びらは、果たせなかったあの日の君との約束だったのかな。

桜の花びらを掴めたらしあわせになれるんだって。そういうジンクスとか縁とか運命とか、透明なものに縋るひとびとが愛おしい。私たちは何度裏切られても痛い目を見ても、それでもまた誰かのことを信じてしまう。ねえ、私馬鹿だからさ、また君のこと信じてるんだ、どれだけ離れても、何度突き放されても、本当に縁があるのなら、私たちがもしも速度の違うふたつの環なのだとしたら、一度すれ違ってしまっても何周か回った先でまた出会えるんじゃないかって。

桜の雨は、あと何日降り続けるのだろう。
果たせなかった約束、届かなかった想い、あの日に放たれた愛の言葉。それらは行き場を失くした魂として咲き、散ってゆく。そうしてそれらは蓄積されて、いつかそれが屍体になるんだ。桜の樹の下に埋まっている屍体って、私、そういう透明なものだと思うんだ。信条とか祈りとか、透明なのにひとびとが何よりも大切に抱えていたものだと思うんだ。

ねえ、私は花になったのかな。花になれたのかな。
私の魂はきちんと咲いて散って、今は樹の下で眠っているのかな。
ああ、なんでだろう、私、桜が降っているのを見ると涙が止まらなくなるんだ。

桜の散る様子は、あの日の果たせなかった約束に、届かなかった想いに、あの日に放たれ行き場を失くした愛の言葉に、すこしだけ似ている。

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