「一わだけ はんたいに あるいたら...」 絵本から読み取る自分
この絵本はとても皮肉なほどに
現代社会の人間模様というか
組織で生きる人間たちの
集団心理の悪しき点を突いている
〜ストーリー〜
ある島にたくさんの数のあるき鳥が住んでいた
不思議とみんな同じ方向を向いて
いつも同じ列をつくり 並んで歩いていた
ある日のこと 一わのあるき鳥が
反対の方向へ歩き出した
まわりが大変なことになった
「あいつは頭がおかしくなった」と
みんなでそのあるき鳥をののしった
「ばかなやつめ!」
「みんなと同じように正しく歩け!」
「みんなと足並みをそろえろ!」
と どなりつけ そのあるき鳥を踏みつけた
その時
突然 もう一わのあるき鳥が
大きく羽ばたき 舞い上がった
それにつられて
他のあるき鳥たちも われもわれもと
羽ばたきはじめた
その時 みんなは気づいた
「あれ?俺たちは違う方向へも 行けるんだ」
「飛ぶことだって できるんだ」
「泳ぐことだって できるんだ」
「ぼくたち つばさが あったんだ!」
「さあ とぼう!」
「追い風だって 向かい風だって 平気だぞ!」
この ひろいひろい 大空を
力いっぱい 飛んでみよう!
---------------------------------------------------------
我ながら とても勇気を与えられる物語だ
これは日本の学校教育や企業 行政などの組織や集団にも同じようなことがいえる
この絵本は
子どもに対してのメッセージでもあり
もしかしたら
大人へのメッセージの意味合いが強かったのではないか
と私は勝手に推測する
みんなはおかしいと気づいていないだけ
みんなと同じに歩いていれば安心で
何の疑問もなく
平穏な日常を無事に終えることができる
その方が楽だ
あの一わのあるき鳥のように
「あれ?変だな?」
「自分はいったい何をやってるんだろう?」
と気づいてしまったら さあ大変
ちょっとでもその瞬間に違う動きを示そうものなら
まわりは大騒ぎするか どん引きする
でもたった一人の疑問や違和感から生まれた
今までなかった一瞬の変化という行動から
誰にでも内在していた可能性という潜在能力をあらわにすることになる
確かにたったひとりでアクションを起こすのはリスクと勇気を伴う行動だ
本当はできるのに自分たちはできないものだ
と思い込んで大衆と同じ行動をとっている
誰かが おかしいな?変だな?
と気づいて異論を唱えたり 発言したり
同じではない別の行動をとると
それをみんなで非難する
人間の集団心理には
やはり「同じであること」が
無意識の根底に根差している心理的安定と
心理的防衛本能なのかもしれない
しかし人間の一生は当然永遠ではない
生命は限られている
この絵本のような
「一わだけ はんたいにあるく」
というのも現実は相当大変かもしれないが
自分は社会や組織で矛盾を感じたり 何か違うと思うなら
「はんたいにあるく人間」でありたいと自身に願う
私は現在 公務員だが
それをやめて
新たな方向へ歩き出そうと考えている
親しい知人・友人にそれを言うと
みんな同じことを返してくる
「今 その歳で公務員を辞めるのはバカだ」
「もう少しがんばれば定年を迎えて
安泰した年金暮らしを迎えられる」
「先の老後を考えたら公務員を辞めるなどありえない」
と言う
みんな私の考えに反対の意を示す
しかし 私は勝手ながらに
自身に可能性を感じている
そんな大それたことは考えていないし
大したことはできないが
今の公務員で同じ方向に歩いて終わるより
違う方向に歩いて羽ばたける可能性はある
と感じている
これは自信とかではなく
私に潜在している可能性はある
と確信に似たものを感じるから
今頃になってそう思うわけではなく
ずっと10年以上も前からそう感じて
ずっと公務員ながらも
みんなと反対の方向を向いて 歩いてきたのかもしれない
そうして反対の方向を向いて歩きながら
ずっと羽ばたくまでには至らずに
はんたいに歩き続けてきた
だから
今度はここから 羽ばたいてみようと思うのだ
誰が何を言おうと構わない
私は自分の感じる方向へ歩き
その方向へ自分の力で
羽ばたいてみようと思うのだ
それは
自分の考えるフリースタイルな生き方
クリエイターであり
そして福祉事業者であり
今度は仕事を与えられる側ではなく
つくり出す側の世界という方向へ歩き
羽ばたいていこうと思っている
2024年8月1日
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?