見出し画像

小説|て

 田舎は北関東の田園地帯が広がっている辺りになります。

 夏といえば、花火虫取り祭りプール海山川遊び。挙げればキリが無いほどあるものです。私もご多忙にもれず、そんな夏を毎年楽しむ子供でした。朝起きてラジオ体操に参加し、一度帰宅して朝食を食べる。いい頃合いになると宿題もそこそこに、友達と遊びに出かける。こんなことを毎年毎日繰り返しておりました。

 小学5年の夏になると、そこにオカルトが入ってきました。暇があれば図書館で借りてきた怪談を読み漁り、子供の頃のアルバムを引っ張り出しては、心霊写真を探したものです。外で遊べば、暗がりや人気のない場所を指差して、そこに悲しげな女がいるだの、未練を残した子供がいるだのとひとりで怯えておりました。友人たちは呆れていましたが、それすらも自分は皆と違う特別な日常を送っているのだと勝手に思い込み、優越感を感じていたのを覚えております。しかし、そんな私を見て祖父はいつも不機嫌でございました。

「幽霊なんてくだらん、そんなものを気にする暇があったら勉強をしなさい」私が怪談本を読んでいると、いつも言われたものです。

 本も好きでしたが、特に昼間のワイドショーで流れる、視聴者投稿型の心霊体験ドラマが大好きでした。あれは良いものですね。何気ない日常を送っている人物が、突然の怪異に襲われる。この非日常性にたまらなく興奮したものです。テレビ局が作ったものではなく、視聴者の体験談から作られているということは、実際に起こったことなのだ。もしかすると自分も同じように、突然の怪異に襲われるかもしれないと、妙な期待を持っていました。要するに私は、いつもの日常に退屈していたのです。この日常を壊してくれる、得体の知れない何かがオカルトにはあると思っていたのでしょう。しかし、心のどこかではそんなこと起こるはずがないと思っている自分にも気がついておりました。期待はしているけど、期待はしていない。今となっては理解できませんが、12歳の私は、そんな矛盾も楽しかったのかもしれません。

 しかし、やはりどうにかして怪異を目撃したいという気持ちが強くありました。というのもこの夏休みが終われば、落ちていた成績を取り戻すため勉強に打ち込むという約束をしていたからです。私は何か起こるのではと、墓地に通ってみたり、普段通らない薄暗い道を歩いてみたりしたのですが、何も成果はございません。この頃はお盆もとうに過ぎ、夏休みも残り10日を切っておりました。

 そんなある日、祖父が入院することになりました。昔から腰痛持ちでしたが、とうとう本格的に動けなくなり、隣町の病院へ検査入院ということでした。私はついにこのときが来たと、内心喜びました。というのも、祖父の趣味は写真でしたので、もしかすると心霊写真の一枚でも持っているのではないかと思ったからです。祖父の部屋は普段は絶対に入れません。ですから、そういった状況がさらに私の探究心を盛り上げました。もちろん祖父からは誰も部屋に入ることは許さん、というお達しがありましたが、そんなことは毛頭守るつもりもありませんでした。このとき夏休みは残り一週間を切っていたからです。

 その日のお昼過ぎに、両親に連れ添われて祖父は病院へと向かいました。両親に夕方までには帰ると言われておりましたので、私はそれまでに祖父の部屋から写真を見つける必要がありました。しかし、今になって考えてみればオカルトの類が嫌いだった祖父の部屋になぜ心霊写真などがあると思ったのか不思議でなりません。焦りがそうさせたのかもしれませんが、あのときは、得体の知れない何かが私を引いていたのかもしれません。なぜかと申しますと、祖父の押し入れからは心霊写真が見つかったからです。

 祖父の部屋は六畳の和室で、小さな文台と布団が畳んである以外何もありません。寂しい部屋だなと思いつつ、襖に手をかけて開けますと、古いカメラが数台と蓋付きの網カゴを見つけました。私はすぐにこれだと思い、網カゴの蓋を外しました。中には四角に膨らんだ風呂敷が収めてあり、その中身が写真であるということに疑いを持ちませんでした。風呂敷の結び目を解くと、パラパラと写真が数枚こぼれ落ちました。拾い上げてみると、私が赤ん坊の頃の写真でした。

 私を抱く母親が真ん中、その右に父親、そして両親を挟むようにして祖父と祖母が写っています。一見するとただの家族写真ですが、私を抱く母の腕が、二本ではなく四本にも六本にも見えるのです。無数の腕が私をがんじがらめにしているようにも見えました。いくら赤ん坊の頃で記憶が無いとは言っても、写っているのは自分ですから、なんとも言えない嫌な気分を覚えたものです。

 さらにもう一枚を見てみると、母が私を背負って農作業をしているところの写真でした。後ろには自宅が写っておりましたので、おそらく敷地内にある畑で撮影したものでしょう。クワで畑を耕す母に私が背負われているのですが、そこにも無数の腕が写っておりました。母の背中から腕が生えているような形で、やはり私にからみついているのです。もちろんこの写真を撮られたときの記憶もございません。しかし、そのような写真を二枚、それも自分に対して得体の知れないものがひっついているところを見るのは気分が良いものではありません。寒気を感じたのも、このときが生まれてはじめてでありました。

 他にも写真がありましたが、あまり見る気にはなれませんでした。私は拾った写真を重ねて風呂敷を閉めようとしましたが、少しだけ見えた写真はやはり私が写っているものでございました。見たくないとは思っていても、気になってしまうと見てしまうものです。最初に見た写真よりも少しだけ大きくなっておりましたので、おそらく三歳くらいの時期に撮られたものでしょうか。地面にしゃがみ込み、砂遊びをしているのですが、その砂の中から伸びるように無数の腕が私に絡みついている写真でした。まるで伸びてきた腕が地面の中に引っ張り込もうとしているように見えて、いよいよ気分が悪くなる気がしました。私は写真を元の位置に重ねると、風呂敷を無造作に結んで網カゴの中へと戻しました。

 何とも嫌な気持ちで網カゴの蓋を戻しますと、かすかに聞こえる音に気がついたのです。こんな写真を見た後でしたから、最初は驚きました。しかし耳を済ませて聞いてみると、カリカリだかカサカサだかいう音でしたので、ああ、またネズミが出たんだな、と思いました。それと同時に嫌な予感がしました。もしかすると私が押入れの襖を開けていたばかりに、いつの間にかネズミが入り込んでしまったのではないかと思ったのです。今にして思えば、ネズミは壁という壁に穴を空けるので襖を閉めたところで侵入を防ぐことはできないのでしょうが、当時の私にはそれが分かりません。入り込んだネズミが祖父の荷物を齧ってしまえば、部屋に私が入ったことが知られてしまうと思ったのです。私はせめて押し入れからだけでもネズミを追い出そうと思いました。

 手前にあった網カゴをどかし、奥のカメラもどかしたところで気が付きました。押入れの一番奥に、真っ黒な長持があったのです。長持といいましても、それは長方形ではなく正方形をしておりました。私は木材に詳しくはありませんので、種類まではわかりませんが、それでもその長持がとても頑丈な素材で作られていることが見て取れました。この中には先程の写真よりも、もっと恐ろしいものが入っているのではないか。なんとなくそんな気配を感じ、到底開けてみようとは思えませんでした。私はまんじりともせず長持を眺めていると、同じ音がまた聞こえてきました。どうやらこの長持の向こう側に潜んでいるのだと思い、私は長持の蓋に身体をあずけて向こう側を覗こうとしました。

 その瞬間、長持の中でガタンという音が聞こえたのです。

 私はあまりにも驚きすぎて、全く身動きがとれませんでした。そしてそのまま、長持の蓋に上半身を乗せ、しばらく固まっておりますと、再び中からガタンという音がしたのです。もしやネズミがこの中に、と考えましたが、この頑丈そうな長持に果たして穴など空けることができるのか、とも考えました。しかし、音はやはり中から聞こえるのです。

 カサカサ、カリカリ、ガタン。

 僅かではありますが、私が乗っているその蓋の裏側に振動と音を感じました。引っ掻くような、固いものが当たるようなそのような振動が、蓋を通して私の上半身に伝わってくるのです。この長持にはいったい何が入っているのか、私には検討もつきませんでした。私達に黙ってなにか動物でも飼っているのではないか。しかし、この暗い押し入れの奥、しかも長持の中で飼うなど考えられません。気難しい祖父ではありましたが、動物に対しては優しかったのでございます。じゃあしかし、この音は、この振動はなんでありましょうか。いくら考えても納得のいく答えは見つかりそうにもありませんでした。

 私はしばらくじっとして、音が収まるのを待っておりました。しかし、収まるどころか音は少しずつ大きくなっていることに気が付きました。上半身に伝わる振動も、その発生する間隔が少しずつずれており、まるで複数の何かが蓋の裏を引っ掻いているようでありました。こうなるとむしろ動きたくないという気持ちのほうが強くなってきました。動いてしまうことで、私の存在がバレてしまうような、そんな気がしたのです。

 音は相変わらず聞こえます。そして時折、蓋を下から上に押しているような、かすかに私の身体が持ち上がるような、そんな感覚も覚えました。私といえば、もうとにかく動くことを止めていました。呼吸もなるべく静かに、存在そのものを悟られぬようにひっそりと耐えておりました。

 すると、これが良かったのかどうかは分かりませんが、徐々に静かになっていったのです。蓋の裏から伝わる振動も少なくなっていき、最後は何も感じなくなりました。私はそっと長持から身体を離すと、どかしておいたカメラや網カゴを元に戻しました。そこでようやく一息がつけたと思いました。

 しかし、そう思ったのもつかの間、玄関のガラス戸が開く音がして、母親の「ただいま」という声が聞こえたのです。これは大変だと、私は慌てて「おかえりなさい」と返事をし、押入れの襖をバンと閉めたのです。その瞬間、押し入れの奥の方でガタンと、ひときわ大きな音がしました。私は怖くなって、確認もせずに部屋を出ました。祖父の部屋に入ったのはそれが最後です。

 祖父が退院してきたときは、長持のことで咎められると怯えていましたが、結局何事もありませんでした。数年後祖父は他界し、そのときに祖父の荷物も処分しました。当然、長持も出てきたので両親が中を調べましたが、特に変わったものは入っておりませんでした。木製の札のようなものが数枚出てきただけで、後は何もありません。ただ、蓋の裏を爪か何かで引っ掻いたような跡があったのは、今でもはっきりと覚えております。

この記事が参加している募集

#私の作品紹介

96,611件

#ホラー小説が好き

1,089件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?