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【短編小説】キャベツは不敵に笑う

私の高校には変な噂がある。

『キャベツさん』


頭がキャベツだから、キャベツさん。
安直な名前である。
卒業式限定で現れるとされている怪異だ。

もし捕まえることができたら、なんでも1つ願いを叶えてくれるらしい。だけど、時間制限が設けられているみたいで、すぐに消えてしまうそうだ。それに、壁を通り抜けたり、体の大きさを自由に変えることができるようで厄介らしい。

***


卒業式当日。
キャベツさんの話を聞いたのが昨日のことのように感じる。卒業式は何事もなく終わり、今は自分の教室でクラスのみんなと写真を撮っている。そんな時だった。

――黒スーツを着たキャベツ頭が現れたのは。


悲鳴やら歓喜やらで教室中が騒がしくなる。セミのようにうるさい。私も叫んでおいてなんだが。
驚きを隠せないでいる私たちをよそに、キャベツさんはスキップで廊下に出る。

ヤバい、どっかに行っちゃう。
そう思うや否や、私は走り出していた。クラスメイトも考えていることが同じなのか、キャベツさんの後を追う。違うクラスからも続々と出てきて、今や廊下はロードレース状態だ。みんな、我先にと前へ前へと走るが、一向にキャベツさんとの距離が縮まらない。時々、キャベツさんが走るのを緩めてくれるけれど、服の裾にすらかすらない。陸上部だった短距離のエースでさえも追いつけないほどの俊足。正攻法で捕らえることは難しそうだ。しかし、打開策を考えてる余裕はない。それにだ。残り時間があとどれくらいなのかもわからない。

……無理だ。
思わず口に出してしまいそうなる。グッと言葉を飲み込み、私は諦めずに前を向く。周りの同級生に負けないように、追い越されないように、必死で走る。

私には絶対叶えてほしい願い事はない。叶ったらいいな程度の望みだ。だけど、捕まえただけで願いを叶えてもらえるなら、なにがなんでも食らいついていたい。

そんな浅はかな考えがいけなかったのだろうか。小さなことまで見透かされてしまいそうな、鋭い視線と交わった。キャベツさんに目はない。だけどそう感じた。
なんだろう……。とてつもなく、嫌な予感がする。

それは――――的中した。


耳をつんざく奇声じみた笑い声が、キャベツさんから私たちにぶつけられたのだ。
手で耳をふさぎその場にうずくまる。
冷や汗と震えが止まらない。自分の細く荒い呼吸と、今にも破裂しそうな心臓の鼓動がひどく大きく聞こえる。
鼓膜が破れたのではないか、殺されてしまうのではないか。死がすぐ目の前まで迫ってきているような感覚。私は身がすくむ身体を両腕で弱々しく抱きしめ、事が早く落ち着くの強く願った。


ふと、奇妙な音が耳に入ってきた。
音の正体を確かめようと、恐る恐るゆっくりと顔を上げる。

…………え。

それは、自身の頭であるキャベツをピーラーで削っている音だった。

あまりにの思いがけない出来事に、私は呆気にとられる。千切りされたキャベツは瑞々しさがないのか、枯れ葉のように床へ落ちる。唖然とその光景を見ていると、キャベツさんは口角を吊り上げた。
ラストスパートとでも言うかのように、ピーラーから立つ音が激しくなり、勢いがどんどん増す。そして、霧のように消えた。ピーラーが役目を果たしたのだ。落ちた細長いキャベツも、いつの間にかなくなっていた。


「……あれ? なんで私こんなところにいるんだろ?」

なんか耳の奥が痛いし、全速力で走ったあとみたいに呼吸が乱れてるし。

――それに、卒業式が終わってからの記憶がない

まるで、記憶が切り取られてしまったかのようだ。

パチ


不意に指を鳴らすような音が聞こえた。
瞬間、はっきりしない記憶がクリアになる。

あっ、そうだ。鬼ごっこをしていたんだっけ。卒業する記念に先生たちにお願いして、なんとか許可を貰って今まで遊んでたんだった。なんで忘れてたのかはわからないけど、どうしてか気にする必要はないと思った。
それに、みんな揃って息絶え絶えで、なんか面白くてどうでもよくなった。汗まみれになるまでなにしてんだと、少し呆れてしまったが。
せめて体操服を着てやればよかった。校門に向かいながら、私は1人反省するのだった。

***


『今年の卒業生はハズレだったな~』

校舎の屋上から誰に言うでもなく、ボクは愚痴をこぼしていた。今しがた校門を出たばかりの卒業生に落胆していたのだ。さっきからため息ばかり出てしまう。

あの子を選んだのが良くなかったのかもしれない。ボクが植えつけたはずの重要なことが、頭から抜け落ちていたからだ。彼女の瞳からそのことを読み取ったボクは、あまりの嘆かわしさに、思わず攻撃的になってしまった。キャパオーバーだったのは仕方がないけれど、ちゃんと覚えておいてほしかった。

ボクは無償で願いを叶えない。

切れ味抜群の最新のピーラーを持ってこないとっ!!


そこが1番大事なことなのに! もう!
まぁ……もういいっか。
まだ仕事が残ってることだし。

『ねぇ、ボクが気づかないとでも思った?    ずっとボクらのことを見てたよね?』

満面の笑みでボクは話しかける。

――今、これを読んでる君らにだ。


『画面から離れようが、見るのをやめようが無駄だよぉ~。大丈夫っ。今年の卒業生みたく、ボクのことを忘れるだけだからさ』

パチッ







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