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女の出産観にまつわる話ー「強い女」のウラ話

「人間って単性生殖じゃないから、単独じゃ子供が産めないじゃん。誰かの遺伝子を体内に入れると、私の胎内から私の分身がにゅるにゅる出てくるの、生命の不思議って感じがしない?」

私の目の前で綺麗な女性が白ワインを片手にそう言った。ああ、私はこういう面白さを待っていたんだと思いながら大きく頷いた。彼女のグラスの中のワインはくるくると速度を増して回っていた。

「面白いね、それ」

私は彼女の目をまっすぐに見た。そうすると何度か彼女の目が瞬いた。ふさふさの睫毛がしなやかな影を作る。

「よかったー。会社とかでいうと意味わかんないって言われるから、こういうのは仲間内だけにしてる」

まあ、それはそうだろうなと思いながら、私はウーロン茶を口に含んだ。両サイドのカップルには少々申し訳ないかもしれないが、お洒落な街に勤めているくせにその街が似合いすぎない彼女のこと、私は大好きだ。

「すごいよね、母に成ろうって決めるの」

私は友人の大きく膨らんだお腹をみて、しみじみとそんなような言葉を口にした。大都会の中、夜景が見える高層階の喫茶店で話し込んでいた。夜遅くのパンケーキ。彼女は生クリームたっぷりの飲み物を飲んでいた。

「違うよ。ましろちゃん。子供は相手がいなかったら出来ないよ。私だけが決めたことじゃない」

大体何でも、そうだよねえといって可能性を否定しない友人がこの時ばかりは先に違うといったのを私は忘れないだろう。

「でも、産むかどうか最終的に決めるのはあなたじゃないの?」

「んー。そういうこともあるけど。やっぱり好きな人の子供っていうのは大きいよ」

えへへという愛らしい擬音を重ねて、彼女は笑った。私はなるほどそういうものなのかと思いながら彼女の厚い唇が開いたり閉じたりするのをしばらくずっと見ていた。

「授業で聞いたんですけど、卵子は28ぐらいで老化が始まるからとりあえず悩んだら凍結させとけばいいみたいです。で、産みたい時に出してきて産めばいいって。そうすると選択肢も増えますよね」

細い細い彼女の目ががっと開かれて、こちらを捉えた。一瞬、私はたじろいでしまった。子供はいらないと決めているのに謎の誘惑のようなものが前を通過していった。

「そうしないと日本の少子化は解決しないって話なんですけど」

「確かに」

自分事じゃなく社会情勢としてのことであれば、幾分かは話が簡単だと私は息を吐いた。

「それからね、社会に出て子供作ろうと思った時に仕事とかタイミングとか色々あるじゃないですか。私の一つ上の先輩がそこまで考えて在学中に子供産んでから、旦那に子育て任せて大学きてるんですけど、それってありだなって思うんです」

まあ、私が実行できるかはまた別問題なんですけどと言って、彼女も笑った。あっはっはと口に出して笑う人はそうそう多くはあるまい。つられて私も笑ってしまった。くたくたになったお茶漬けの中身を少しずつ口に運んだ。

昨日の夜、ふと話を思い返してみた時に、この話に出てくる私も含めた三人が「妊娠」「出産」「子育て」を女性の中で終えているなあと思ったのだ。違うのは子を身ごもっていた彼女だけ。その答えが家庭の中のリアルとして彼女の中に息づいていたのか、私を前に気を張ってそう答えたのかまでは知る由もない。

一つだけ言えるのは、全員専業主婦の母を持った人たちであるということぐらい。仕事と育児が両立しているさまを見てこなかったから想像できないみたいなところは多分おそらくある。そうして両立させようと悩むものもいれば、育児を主体にするものもいれば、私のようにいらないなあと思ってしまうものもいて、結局それぞれ悩んでいる。

結論はそれぞれ違うのだ。それでも自分の身に起こりうるなにかとして彼女たちは考えている。

みんな社会にかえれば、俗に言う「先進的で」「自立した」「強い」女性たちだというのに、私が見た彼女たちは中身の不思議で繊細なものをむき出しにしている。そう言う姿を見ると、私も悩んでいいんだなあと心が救われるところがある。多分互いにそうやって羽根を休めているに違いないと私は思うのだ。


グミを食べながら書いています。書くことを続けるためのグミ代に使わせていただきます。