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予選のプレイ内容を選手自身が解説【前編:試合前の戦略】(2023フリースタイルカヤック世界選手権)

さて、コロンバスで開催された2023年のフリースタイルカヤック世界選手権も無事終了しました。
応援ありがとうございました!!
個人的にはトム・ドールの調子が良さげに見えていたのですが、K-1男子の優勝は不動のダン・ジャクソンでしたね。
K-1女子は、僕の一番の推しであるセイジ・ドネリーが見事に初優勝☆本当におめでとう!

さて、
大会前の記事を読んでライブ配信やアーカイブの試合観戦をして下さった皆さんへお礼のフィードバックとして、

帰国したらすぐに僕の予選(試合内容)の解説を書くつもりでいたのですが・・・帰ってきてすぐに確認したライブ配信のアーカイブで「どう計算しても、この得点になるのかわからないぞ?」という事態になり、筆が止まってしまいました。申し訳ないです!
そろそろ、鮮明な記憶もあいまいになってくる頃なので、不明な部分も含めてそのまま書いてみよう。という次第です。

まずは今大会の背景(会場面)

開催場所となったコロンバスのフィーチャー(競技するスポット)、通称『グッドウェーブ』は 川の水位・水量がダムコントロールできる利点があり、世界選手権の会場として選ばれました。ところが、今年は記録的な渇水に見舞われたためにダムの貯水量が不足し、大会のためのダム放水時間を短くする対応が取られました。具体的には、公式練習時間以外には放水が無かったことと、今大会のみのルール変更です。
これらは全ての選手にとって同じ条件なので競技の平等性は損なわれませんが、実際には海外選手にとって不利な競技環境となります。
まず、公式練習以外で放水が無いということは、選手の練習(フィーチャーに慣れる時間)が極端に少なくなるので、開催国の選手、特にローカル選手が有利になります
次にルールの変更点が2つです。1つ目が、一組5名で通常行われる試合が、一組10名での試合になりました。これは、試合時間が遅延しないための策として、選手の試技時間が45秒に満たないで演技が終了した場合に、すぐに次の選手の演技に移ることで進行をスムーズにする目的があります(通常は前の選手の試技時間が完了するまで次の選手はエントリーしません、これは各選手の試技間の待機時間(休憩)をなるべく同じにするためのルールです)。そうなると組ごとに選手の待機時間にバラつきが発生するため、少なくとも休憩が短くなる方向での不利が発生しないように一組10名とした、ということです。この変更点はそれほど各選手に影響はありません。あえてデメリットを言えば、ライブ配信で選手のプロフィール紹介をされる時間が短くなる点でしょうか。

2つ目のルール変更点は予選の試技回数の減少です。ルール上、フィーチャーには2つの区分があります。Attainable (フラッシュしても試技時間内にリエントリーできる可能性がある)のフィーチャーと、Non attainable(フラッシュした際に、リエントリーが不可能)なフィーチャーです。予選の試技本数は Attainable で2本2採用、Non attainable が4本2採用です。『グッドウェーブ』は Non attainable なので本来は4回演技のチャンスがあり、その内の良い演技2本の得点が合計されます。これが、今大会は3本2採用になりました。これは予選にかかる総時間を短縮するための苦肉の策であることは理解できます。ただし、Non attainable はそもそもエントリーでフラッシュのリスクが高いフィーチャーだと言えます。演技できるチャンスが減るということは、これも確率的にローカルの選手に有利に働きます
とはいえ、これらのルール変更は事前にミーティングで共有されています。競技という場では、全員が同じルールに従って競い合うのが前提です。こういったルールの変更も含めて、競技はシビアな世界なのです。ですから、僕自身も競技の実施としては全面的に納得しています。それよりも、「お金と時間を費やしてせっかく遠い海外の川まで来たのですから、本当は1本でも多く演技したかったな」という心情的に残念だった部分が大きいですね。

今大会の背景(個人面)

大会期間を通しての感想は別途まとめを書くつもりですので、ここでは競技に関わる部分だけをピックアップします。
前年のワールドカップ出場を辞退したことが、やはり大きなビハインドとなりました。国際大会には世界選手権とワールドカップがあります。簡単に説明すると、2年ごとに開催される世界選手権が世界一を決める大会です。世界選手権は1戦で勝敗・成績が決まります。世界選手権の前年にワールドカップが開催されますが、ワールドカップは2戦以上が開催され、総合順位(ランキング)で争います。大会のランクとしては世界選手権が最高峰です(それぞれの選手にとっての各大会への想いや価値とは無関係ですが)。そして、ワールドカップ数戦の内の1戦の会場が、必ず次の世界選手権の候補地で行われます。これはその会場で開催が可能かをICFが最終審査するプレ大会の意味があります。そこで、世界選手権で成績を残したい選手は、フィーチャーの経験を積むためにワールドカップにも必ず出場しておくのです。特に今年は、フィーチャーで練習できる時間が少なくなったために、前年にフィーチャーに乗った経験がない選手たちは致命的でした。
加えて、競技の出艇順が前年度のランキングが低い順からになりました。細かい事を言えば、ダム放水からの時間帯によってフィーチャーの形状が多少変化します(もちろん、強い選手はそんなの関係ないですが、演技に影響があるくらいには違う)。競技の平等性の面で言えば、出艇順はランダムにするのがより平等です。それに対して、ランキング順の出艇は競技のエンターテイメント性が高まります。いきなり前半の方で強い選手が出てしまうと、弱い選手(ここではあえての表現です、『弱い』選手へのリスペクトが低いという意図はありません)はリアルタイムの順位表に一度も名前が挙がりません。弱い選手から順に演技をしていけば、後になるにつれて順位が変動していくので、選手にとっても、観戦する側にとっても楽しめる要素になります。
ただし、フィーチャーの形状変化以外にも、出艇順は戦略に影響します。前半の選手は予選通過の合計得点ボーダーラインがわかりません(予想するしかない)、そのためにどうしても高得点を狙いにいく戦略になります。後半になれば、だいたいのボーダーラインが見えてきますので、それに合わせた戦略でリスク調整が可能です。戦略の自由度では後半の選手が有利です。とはいえ、強い選手にアドバンテージがあるのは競技としても健全なことで、この点に問題はありません。ここで述べたいのは、前年ランキングのない僕は出艇順が前半になるので、リスクを背負って全力で攻める戦略一択しかない、という事実が単にあったという点です
これらは、前年のワールドカップを辞退したという、僕自身の選択に責任があるのですから仕方のないことです。競技は一年で競うものではありません、これも競技の世界ゆえの厳しさであり、だからこそ僕は競技が好きなのです。

試合前の戦略

ということで僕の出廷順は全体の3番目、つまり一組目でした。そして実際には、1番目の選手が棄権したので繰り上がって2番目の出艇順になりました。さすがに、1番目だけは無駄に緊張するので、2番目で良かった~!
というのも2017年の初めての世界選手権において、僕は前年ランキング5位だったにも関わらず、当時は出艇順ランダム(表向きはね。競技の裏側はいろいろある、それも競技の現実)だったので、まさかの光栄?にも一組目1番出艇に当たってしまい、めっちゃ緊張した経験があったのでした。
今大会に話を戻します。出艇順が早いので、もう戦略はシンプルに僕自身の最高得点狙い。試合前々日までは、

1本目:攻め(高得点狙い)
2本目:安定(手数狙い)
3本目:攻め(高得点狙い)

で考えていたのですが、
前日にメンタルが強い方向にふっ切れて、

1本目:攻め
2本目:攻め
3本目:攻め
(2本目が上手くいけば、安定)

という戦略に決めました。これが素晴らしい決断だったと感じます(結果として、このおかげで後悔せずにすんだ)。
なお公式練習中に、一番安定しているはずの得意なバックスタブが全くメイク(しかけすらも)できなかったので、ルーティンからバックスタブを外しました。これが僕にとってどれだけ怖い選択だったか・・・しかし、自身の現状を正確に把握することも競技の強さには必要です。この選択も、よく間違えなかったなと自負しています。というわけで、もうリスク背負いまくりのルーティンを組むしかありませんでした。

(技の左右はボートの回転方向)
①スピン右(ポジション取り兼ねる)
②エアスクリュー左(持ち技で一番高得点)
③ブラント右(エアボーナス狙い)
④バックラウンドハウス右(クリーンボーナス狙い)
⑤ブラント左(公式練習で着水が全部失敗、ここから運まかせ)
⑥パンナム右(たぶんここまで続かないけど、試合で記念に打ってみたい)
⑦どっちかのバックスタブ(パンナムが万が一残ったら、無理やり打つ)
⑧逆のバックスタブ(ここまでくると適当にしか考えてない)

自分の中で決めていた点は、ポジションが取れない時は迷わず何度でもスピンで落差を作ることでした(2回目の同じ技は点数が付かないけど)。というのも、サーフィンでポジション取りをしている他の選手の中で、一旦ボートの動きが止まるとなかなか技が出せなくなる様子を見ていたからです。今大会のウェーブはトップをとらなくても、波の中段から技がしかけられます。とにかくスピンで水の流れの抵抗を受けて、動き続けることを意識しました
ウェーブとしては自分から見て左(上の写真の奥側)のフェースを主に使ってプレイすると決めていました。右側の方(写真の手前)が落差はとりやすいのですが、左側が技の着水で安定することを優先しました。
試技時間内にはバック系の技のポジション取りが出来ないと分析していたので、④バックラウンドハウスもフロントサーフィンからフラッシュバックしかけ(180スピンからのバック技)で準備。こうして、いちおう45秒のルーティンは用意しましたが、メイク率の低いパンナムの後にバックスタブがあるので、バックスタブはほぼ捨てている状態です。それも、公式練習では2つ以上の技を揃えることさえ出来ていない仕上がりだったので、ビデオチェックの着水ポジションから技の順番を繋げた架空のルーティン(笑うしかない)で挑みました。

以上が試合前に現地で用意した戦略の内容です。
では、実際の試合内容ではどうだったか? 奇妙な得点の真相とは?
後編に続く。


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