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予選のプレイ内容を選手自身が解説【後編:実際の試技内容】(2023フリースタイルカヤック世界選手権)

前編では試合前に用意していた戦略について解説しました。

後編からは、いよいよ実際のプレイを解説していきます。
それでは、まず予選3本の全ての試技をピックアップした動画をご覧ください。

自分がエントリーミスをしている動画なんて、本来はわざわざ観直しません。今回は解説のために恥ずかしさをこらえてアップしております。

会心の予選1本目

僕は試合直前にパドルの握りがすごく気になります。ウェーブを一旦目視したのち、ジャッジからのスタート合図を待ちながら右→左→さらに右はもう一回と、手の平を交互に水につけてパドルを握りなおす様子が見られます。パドルの握りがしっくりくるまでエントリーを焦りません。僕にとってこうした細かい点も、試合に集中するために大切にしているところです。
さて繰り返し述べてきたように、今回のフィーチャー『グッドウェーブ』はエントリーフラッシュのリスクが非常に高いウェーブでした。中堅以上の選手の中にもエントリーフラッシュで順位を落としている選手がそこそこいます。さあ、1本目のエントリーです。いきなりエントリーでエッジをくわれて上流沈しています。ここでウェーブに残れたのは本当に運が良かったです。身体がかたくなって起きたミスというよりも、身体がよく動いていたからこそ残せたという方が正確な気がします。過度な緊張はなく、集中ができている=良質な緊張感を維持できている状態ですね。
最近は大事な試合ほど、緊張と集中のコントロールが高い水準でできるようになりました(だから公式大会が気持ち良くてやめられない)。試合馴れと、メンタル面の強さだと自負しています。どちらかというと、僕は技術面に弱さがある選手です。
沈で本人もヒヤッとしています、まだウェーブ上で自分の位置を見失ったままです(今回のウェーブは周期変化が大きいため、ポジションをロストしやすい)。しかし、沈とロールでタイムロスがあるので、決めていたルーティン通り①右スピンからはじめます(技の左右はボートの回転方向です)。
予定していた自分から見てウェーブの左寄り(画面の右側)ではなく、右側(画面で左側)でプレイがはじまってしまったため、スピン直後のボートの走りで技を打つタイミングを逃します。ただ、そのすぐ後にポジションが良い位置に行きます。自分が意図した動きではありませんが、試合中の迷いは禁物です。タイムを優先して②左エアスクリューを打ちます、技の定義よりも着水角度がよれているため点数なし。ふたたび、着水で体勢を崩し沈します。ここでは2回連続のロールでウェーブに残ります、普通はこの時点でフラッシュしていますね! 自分でもお願いしながらロールをしていました。
からくもウェーブに残ったものの、②エアスクリューがノーカウントなことを自覚しています、タイムもだいぶ使いました。それでも戦略で決めた通りスピンで落差を調整します。そして、ポジションはまたウェーブの右側へ・・・体感でタイム経過もわかっています、もう再位置取りする時間ロスは無駄が大きい。次の瞬間、頭で判断するより先に、身体が③左ブラント(予定のルーティンでは⑤)を勝手に打ちます。こちら側のショルダーでのブラントは練習で全部着水を失敗していたため、意識して先に打たないように決めていました。それを身体がオートマティックに動いたため、脳みそは「打てっ! やっぱりダメ、なんで打ったの? 着水して~」と技の途中で祈っています、コレ本当です。で、着水できたことに自分が驚くオマケつき。こういった反応が起きることも、僕は試合勘の一部だと捉えています。

左ブラント、着水を祈っている

はい、ここで完全に集中力のスイッチが入ります(残り16秒)。練習しまくった Back to back で④右ブラント。左右ブラントともにデカさは十分なのでエアボーナス。④右ブラントに続いて予定していたルーティンの順番で⑤右バックラウンドハウスへ。こういう場面で自分のルーティンを決めておくと、迷いなく動けます。そして、陸上イメトレで動きの順番を無意識下にインプットしておくと、半自動で身体が次の動作に移行するのです。このフラッシュバックしかけのバックラウンドハウスは、今年の日本選手権用にいっぱい練習した技でした。ここでも身体が半自動でクリーンボーナスを獲得してくれます(公式練習ではクリーンを打てていなかった)。
僕の場合、練習と試合の違いで面白いのは、練習では常に脳みそで考え判断しながら動くのに対して、試合中は脳みそで考えている局面と身体が自動で動く局面があり、それのつながりを最終的に判断してまとめるのが脳みその役割という感覚なのです(←集中できている時)。
⑤バックラウンドハウスの後、またスピンで動きつつ脳みそは一瞬冷静になります、残りタイムがありません。このポジションと姿勢からだと逆の左スピン、もしくはアレだな、「10点を狙ってタイム切れよりは、よーし! パンナム打っちゃえ~♪」。不完全なポジションから⑥右パンナムなので、失敗するのはわかっていました。それでも世界選手権の舞台で、自分がフリースタイルをはじめた頃から憧れてきた技パンナムを打つことは、点数以上の価値がありました。そして、ほぼ45秒いっぱい使ってフラッシュ。こんなに納得のいく演技はめったにありません。
それも公式練習の状態から思えば、出来過ぎの1本目です。

残り3秒でパンナム

①スピン右(10点)
②エアスクリュー左(ノーカウント)
2回目のスピン右をはさんで、
③ブラント左、エア(50点+30点)
④ブラント右、エア(50点+30点)
⑤バックラウンドハウス右、クリーン(20点+10点)
3回目のスピン右をはさんで。
⑥パンナム右(失敗)⇒フラッシュ

で【自己採点:200pt.】。
ジャッジの採点【得点:216.67pt.】で、差の16.67点は③のエアボーナス+30点がヒュージボーナスで+40点(10点追加)、⑤にエアボーナスの採点割れで+6.67(10点の2/3)くらいが妥当かな。と、概ね計算できる誤差の範囲内。ちなみに点数計算は試合終了後にしています。プレイ中に正確な点数計算まではしていないので、プレイ直後は自分の感覚より得点が伸びていて嬉しい誤算でした。
ところが、ところがです! この1本目にて前編で予告した動画確認時の「どう計算しても、この得点になるのかわからないぞ?」問題が発生しています・・・長くなるので、とりあえず先に2本目の解説へ。
たった45秒間の言語化に、何時間もかかりました。それくらい試合中の頭脳は普段とは別の濃密な時空を生きています。長い人生の中で、自分のためだけの、自分が全てをコントロールできている45秒間なのです

ある意味、実力通りの2本目

2本目、ライブ配信のMCでは『宮原一番街』と『九州パドラー』への感謝メッセージが紹介されていますね。ちなみに、この続きで僕の飲み仲間『いちころ』も書いてありましたが、ローマ字がもう面倒で読まなかったみたいです。余談ですが、『いちころ』は焼酎いいちこロックの省略で、イチコロで飲みつぶれる飲み方という意味がかかっています。あとスポンサー紹介は代表してサンキ重量機工(メインスポンサー)とおぐに整形外科(支援金を一番集めていただきました)を挙げておきましたが、僕のプレイタイムが短かったため紹介されませんでした・・・すみません。
2本目のエントリー、エディラインを踏み切ったタイミングと流れの周期変化が不運にも重なったために、フェリーグライドに使う小波が一瞬消えます。下流側に圧し流されボートの挙動が不安定になるのが動画でも確認できます。これがあるために、エントリーフラッシュが多く発生するのです。なんとかバランスをキープしつつエントリーを続けますが、ウェーブのバックウォッシュに到達した時点でもフロントサーフィンに移行する身体の姿勢が作れていないため、フラッシュしてしまいます。
痛恨のミスですが、残念ながら公式練習16本中でも1/4くらいはエントリーミスがあったので、確率的に実力通りとも言えます。
得点0pt.

個人的には納得できる3本目

この場面で、前編で解説した戦略が活きてきます。予選通過(20位以上)を目指すには、この3本目でプッシュするしか選択はありません。1本目:攻め、2本目:攻め、3本目:攻め、でプランしていたので、3本目で攻めることに迷いが生まれませんでした。結果として、2本目のエントリーミスの直後でも緊張感が途切れることがありませんでした。
もし仮に2本目:安定、をプランしていたとしたら、3本目のこの場面で攻めるか手堅くいくかを決める必要が出てきていました。失敗直後に攻めを選択するのは勇気がいることです。
僕が試合直後にFBで書いた感想でも、プレイには納得できていると書いたのは、ここで攻める気持ちを維持できていたからです!
3本目のエントリー、ちゃんと集中できています。その証拠にエントリーは3本の中で一番安定しています、パドリングも少なくエントリー完了していますね。そこからルーティン通りに①右スピン、②左エアスクリュー⇒失敗となります。エアスクリューは高得点ですから、当然失敗のリスクもある技です。もし気持ちが折れていたら、思い切りエアスクリューをしかけることさえ出来なかったかもしれません。もしそうなら、きっと後悔が残ったことでしょう。攻めた結果だから、くやしいけれど、納得ができたのです
おそらく、このあたりの感情面は、選手本人と観戦側では少し差があると思います。プレイだけを観れば失敗に見えますが、選手としてはあくまで戦略通り。3本目も実力がそのまま結果に出た、ということなのです。競技というのは、どれだけ妄想しても実力以上のことは発揮できませんが、実力を正しく把握してのイメトレで実力の限界ギリギリまで発揮できることもあります。競技は実力の世界、それが1本目~3本目のプレイにそれぞれ現れていました。
得点10pt.

総括

順位と予選通過ボーダーライン

3本2採用で合計得点226.67pt.、成績は40位/54名中で予選敗退。
2本目でもう少し良いプレイができていれば、3本目はできるだけ手数を優先にして順位がもう少し上がったのかもしれませんね。でも、これまで僕が2回出場した過去の世界選手権では、フィーチャーがホールだったために予選通過を目指すプレイが出来てこなかった、順位を少しでも上げるためだけのプレイ内容だったのです。それが今大会は、フィーチャーが得意なウェーブで、予選通過を視野に入れた戦略でプレイできた! 予選通過のボーダーラインが681.7pt.でしたので、216.67pt.×2本でも通過はムリだったわけですが、216.67pt.にエアスクリューが採点されていれば356.67pt.でそれの×2本と考えれば、(タラレバが言いたいのではなく)少なくとも戦略としては間違っていなかったということです。ブランク後でも今大会の出場を決心したのは、ウェーブの会場で自分の実力をどうしても試したかったのが理由の一つです。結果は残念だったけれども、同じ予選敗退でも今大会は中身が全然違います
2017年世界選手権、出艇順1番で会場の不手際から準備が整わずMCもBGMもない、大型ビジョンモニターの電源も入っていない状態での演技。フリースタイルの晴れ舞台として全く何も納得できなかった・・・
2019年世界選手権、得意としないホールでも、2本2採用で1本は手応えのある演技ができた。と同時に、年齢的にも世界の中での自分の実力の限界も実感した。あきらめるタイミングを内心でさがしはじめたかもしれない。
2021年世界選手権延期⇒2022年世界選手権。コロナ禍の状況、資金不足、会場がまたホールなので出場を辞退。今思い返すと、正直あきらめていた。
今年2023年世界選手権、念願のウェーブで予選突破を狙った演技ができた。これがどれだけ、これからの自分にとって大きな節目になることか? その本当の意味、それだけは(未来の)僕にしかわからないのです。

3本目のフラッシュ後、納得が伝わるポーズが観られた

本文でも書いた通り、僕は公式試合だからこそ生まれる緊張感と集中力の魔法の虜になっています。これからどういったスタンスで競技と向き合っていくか、まだ僕自身も計りかねていますが、競技はもうしばらくやめられそうにありません。今後、どんな展開になるかお楽しみに。
これからも応援をよろしくお願いします!!
(なんとなく僕の引退を期待していた国内選手の皆さん、自力で倒して代表を奪い取って下さい。)

オマケ、1本目得点の謎?

さてであります。試合の得点が自己採点より低くなる場合は多々ありますが、今回は自己採点よりも16.67点高いという嬉しい方向での誤差があります。1本目の自己採点は冒頭で解説した通りだったわけですが・・・ライブ配信のアーカイブを確認すると?

国内外を問わず、公式戦の正式なジャッジ内容は選手には開示されません。そんなことをしたら採点競技の性質上、あちらからも、こちらからも、いろんな不満があがってくることでしょうから。選手はジャッジの示した得点から、自分のどの技が採点されたかを計算&予測して、予選以降の試合のルーティンや、今後の練習課題として活用します。
ところが、昨年度の国際大会からジャッジの得点がリアルタイムで表示されるシステムが導入されることとなり、選手はよりどの技が採点されたかを計算しやすくなったのです。そのはずなのです・・・
では、僕の予選一本目、配信映像とジャッジシステムで多少のズレはあるとしても、エアスクリュー(ノーカウントから)左ブラント以前の時点の得点に注目して下さい。

奇妙な?時間帯で

スピンでポジションを取りにいく場面で、ん? すでに40点
スピン10点→エアスクリュー失敗→同方向スピン中である。何かが30点採点されています。が、心当たりが全くありません、困った。
30点の技はエントリームーブ(L1)、カートウィールがあります。エントリー時の上流沈&ロールがエントリムーブで採点されたのであれば、30点→スピン後に40点と推移するはずなのでこれはナシ。では、10点加算の後にエアスクリュー失敗後の連続2回ロールがカートウィール? 動画を何度観直してもそうは見えません。
残る可能性は3人ジャッジの採点割れ。2人採点だとしたら45点の技の2/3(そんな技ナシ)。1人採点なら完成度が低い90点の技で1/3。90点の技はドンキーフリップ(エアスクリューの下位技)、これか!?
仮にこれを30点の正体とした場合、今度は後半の採点の辻褄が合わなくなります。後半30点少なくなる可能性は、左右どちらかのブラントのエアボーナスなしがあります。しかし、リアルタイムジャッジは80点(50+30点)ずつ加算されているので左右どちらもエアブラントです。その後のクリーンバックラウンドハウス、しっかりメイクできているので、本来はここで30点(20+10点)加算のはず・・・16.67点?
フラッシュバックしかけの技は採点されにくい場合があるので0点なら理解できるのですが、分子が.67なのでジャッジ割れの2/3採用である。25点の技はクリーンラウンドハウス、さすがに技の前後をジャッジ2名で間違えるわけがなく。するとこれは、10点と、10点の2/3採用。バックラウンドハウスはノーカウントでスピンとクリーンのジャッジ割れ、いやいや、この回転方向のスピンはすでにジャッジ済。採点済のスピンにクリーンボーナス10点とエアボーナス10点2/3なのか? スピンでエアボーナス?
正解がわからないので問題の場面を再度検証すると、2回目のスピンがすでにエアバックラウンドハウス(20+10点)に見えなくもない。すると後半のクリーンバックラウンドハウスのクリーンボーナスだけ追加10点と、けっきょくあとの6.67点は何?
ここまでくると読んでいても意味が不明になると思われますが、自己採点をしている僕にとってもこの得点が意味不明だった、ということなのです。はっきり申し上げておきますと、選手ですから競技中のジャッジ対しては一片の不満もありません。とにかく、リアルタイムジャッジシステムとこの30点と6.67点の謎が、この解説の執筆開始を遅らす原因となったのでした。


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