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【連載小説⑨‐1】 春に成る/オムライス

< 前回までのあらすじ >

流果から敬の過去や、流果の気持ちを聞いた遥。それを聞いて、改めて気合いを入れて協力していこうと決意する。

春に成る/オムライス

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

第三章  軽食

オムライス(1)


「職場、副業平気か?」

けいから電話が入り、こちらの状況を伺うこともなく、開口一番に淡々と尋ねられる。あれから何度か三人で集まって話し合ったけど、電話がかかってくるのは初めてだ。

「え? 副業? 確か禁止だけど……」

「……禁止か」

瞼が落ちるように、トーンが落ちた。

「お店、忙しいの? お金はもらえないけど時々で良ければ、全然手伝うよ」

少し呆れたような溜息が返ってくる。

「……作ったドリンクを飲んだ客や瑛二えいじの反応、見ないつもりじゃないよな?」

……あ、作り終わった後も、最後まで一緒にやろうとしてくれてる?

「み、見たい! けど、いいの? 接客の経験とかないけど大丈夫?」

「金払えないんじゃ、賄いくらいしか出せないけど、それでいいならな」

良かった、ずっと冷たい感じだし、嫌々受け入れたんじゃないかって、思ってたけど、それなら、こんな提案しない、よね?

「……うん、ありがとう」

「……ハル、思ったことは言えって言ったの覚えてるか?」

声が低くなり、怒ってるようにも感じる。

「え、うん。思ったこと……? あの、この取引って、流果るかが誘ってくれたでしょ? だから、敬は渋々承諾してくれたんじゃないかって、少し心配だったんだよね。でも、こうしてバイト誘ってくれたり、色々考えてくれてるんだなって思ったら、少しホッとした」

続く無音に、故障を心配した瞬間、体から空気が抜けたような音がした。

「……バイトが嫌じゃないなら、いい……言っとくけどな、嫌だと思う奴と一緒に居れる程、器用じゃない」

色々考えながら答えたから、嫌々受けたのかもって、敬も心配したってこと?

「ふふ、私もそう。バイト、よろしくね」


違う世界に来たような気分。これから空が染まる黒色のソムリエエプロンを纏い、昼間の晴れた空に浮かぶ真っ白な雲の色のシャツを着た私の周りには、カラフルなお酒の瓶がキラキラ光っている。

「なんか、民族衣装でも着てる感じかして、テンション上がる!」

「……意味分かんねぇ」

ソムリエエプロンの紐を締めながら、温度の無い視線が、突き刺さる。まだちょっと怖いけど、この前の電話で少し緩和され、思ったことは言おうと決めた。

「け、敬からしたら日常かもしれないけど、バー店員のカッコいい制服なんて、着ることないと思ってたから、違う世界の服みたいで嬉しくて……」

そんな海外旅行気分が、弾け飛んだのは、震えたポケットの中身を覗いた時だった。

「えぇ……」

「……何だよ、どっから声出してんだ」

「流果、今日仕事で来れないって」

「そういう時だってあるだろ。アイツ、仕事忙しかったり、雨降ってたりすると、来ないこと多いから、毎日いるわけじゃねぇよ」

何ともないことのように返す姿は、目と髪以外が黒く染まっていて、夜に同化して敬までいなくなってしまいそう。

『だから遥ちゃんと協力したいって思ったんだ』そう言ってくれた流果が来れない事に不安を覚え、一つ覚えてしまうと、接客の経験がないこととか、流果がいないのに敬とやっていけるのかすら、不安になってくる。

流果が一緒に居てくれたこと、繋いでくれた事は、大きな事だったんだ。やると決めたことに、真っ直ぐ全力で突き進んで行ける敬に、この気持ちを話しても、伝わらない気がした。ソムリエエプロンの端っこを、これ以上不安が湧いて来ないように、握りしめた。

「ハル」

思ったことは言えと言っている目は、どこか少し怒っているようにも見えた。

「初めてのことに思わず浮かれちゃったけどさ……流果が来れないんだ、いつもと違うんだって思ったら、今になって初めてなのにできるのかとか、色々不安になっちゃって」

「初めてやいつもと違うことが不安なんて、誰だってそうだろ……でも、もう違う世界にいて、やるしかないなら、さっきみたいに能天気に楽しんだ方が、いいんじゃねぇの?」

そんなことを言われると思ってなくて、いつもより広げた目と合うと、顔ごと逸らされて焦点がカウンター後ろの棚に移る。

『日々楽しまないと』

棚に綺麗に整列している珈琲カップが、笑う。やっぱり、敬はマスターの息子だ。またお酒の瓶がカラフルに光り出す。

「そうだね。それにしても、お酒の種類って多いよね、好きだからって言っても大変……そういえば、どうしてお酒が好きなの?」

再び合った目と目。思ったことは言うようにと何度も言ってくれた。だから答えてくれるはず。瞼が半分下がって、空気が抜ける音。

「……ガキの頃、親父が疲れ切って帰って来るのに、酒飲むと、それが吹っ飛んだみたいに笑うから、何かすげぇもんなんだって思ったのが最初だな。実際飲めるようになって美味かったし」

「え、マスター、お酒飲むの? イメージなかった……何飲むの?」

「喫茶店やる前、サラリーマンだった時のことだけどな。平日はビールばっかだったな。けど休みには、たまにお袋と二人でカクテルとか作って、楽しそうに家で飲んでて、俺はジュースばっかだったから、早く酒飲んでみたいって思ってた」

懐かしいおもちゃ箱を見た時のように、少し笑いながら答える。

「そっか、いいね。でも、そういう理由だったら……いつかマスターと、お酒飲んでほしいな。マスターも二人の為に、仕事一生懸命だったんだし、そんなに怒らないでさ」

「何言ってんだ? 家族の為に仕事してることなんて、誰だって分かるだろ」

「え、だって、仕事ばっかだったマスターのこと、怒ってたんじゃないの?」

「怒ってねぇけど……まぁ、親父がそう言ったんなら、そういうことでいい。仮に怒ってないって分かったところで、一緒に酒を飲むのは難しい。お袋、事故で亡くなってんだけど、運転手が飲酒してたって知ってから、親父は一切、飲まなくなったから」

目を伏せたまま零す敬に、いつかのマスターが重なる。そんなの、そういうことで良わけないよ。

※「オムライス」が途中である為、絵は次回掲載します。
※「オムライス」は絵が3枚あります。

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

※見出し画像は、よしだ様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。


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