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7. いつかなくす恋、灯るあかり


待ち合わせた地下街のはじっこ
まだあどけなさをその瞳に残し
タクシーが列なす目抜き通り
散り散りまばら 人の波

改札のあかりにつつまれるまで、それまでに
つないだ手を自然にきれいに離せるよう
一分、二分、それ以上
立ち止まるのが常
で。

今日はもっと長くいられる日

つないでなくても二つだけの呼吸

青い矢印が北東をしめす
いつもの二人を横目に駆け出す
帰りを急ぐ人の数だけ
君の輪郭がひとつ、またひとつはっきりしてくる。

並木、長い橋、黒い川、立体交差、高速のインタ-

鮮やかさなんて無縁の四車線
一色の闇にのる細切れのひかりの中
駆け抜ける
エンジンがやわらかな時を吐き出し
距離をかぞえる

歩道橋 その先 遠く稜線が銀色にひらめく
赤信号、ブレーキランプ、背の高いトラックが左右をふさぐ

待ってるだけなら来ないあした
それなら

エンジンの回転音があがる
ミラーの奥へあれもこれもおしやって

星と月の手びき

暑さ寒さない空気吸って
すきまから草のにおい

差し込むオレンジとその影が
幾筋も規則正しく交互にひらめく
反響するノイズは潮がひくようにきえ
サイドシートにかすかな寝息

そっと髪をなでた甘さを
鋭さに変えて
この夢をはじくのをためらう

つたえたい
いつかこれもなくす恋
なんだと

願いたい
それがしあわせの
ほうであることを



あと一秒、もう一秒
そう自分に言い聞かせ
秒が分に変わる
明日との板挟みの時間に迷い込む
それをふいに断ちきって
あわただしくかけていく君

「ちょっと待ってて」
「上を見てて」

抜かれ落ちるがままの
だるま落としのだるまみたいに
呑み込めず 目を点にして
言われた通り眺めてると

二階のあかりがともって

鳥の羽ばたきのよう
さえぎられたひかりがゆらぎつづけ、影絵の世界
表情も色もいらなかった

ポケットの震え
ありがとう・おやすみ・気をつけて帰ってね

そんな言葉の手土産で
今日をとじて、あしたが見たくなった

君をおくったかえり道

住宅街を下ってすぐのヘアピンカーブ

まだ死ねない、などと、大げさ

ゆっくりいけば
どうということもないこの 『難所』 でいつも

『安全運転』

なんのひねりもないつまらない標語をひねりだし
自分を奮い立たせ
ハンドルを少しずつ継ぎ足し、戻し
ゆるやかに下っていく

くらがりに
弱気になっていたのかもしれない

心細い林道、透垣からのぞくようにチラチラと街のあかり
きょうも僕はここで一日の物語を終え
あとがきのような時間を、
眠い目と何十キロの距離をなぞり南へとひた走る

またあの道へ乗り込んでいく

だんだん だんだん
静けさに耐えかねる
だけど
FMじゃだめだ
音がほしい
言葉でも音色でもない無機質な音がほしい

窓を開ける

いつも

たのしい、うれしい、かなしい、あせり、いらだち
どんな成分、どんな配合かなんてわからないそれが
感情のるつぼから溢れる

ずっとずっとつづく長い道
風がすこし ぬくもりを戻した

帰るべき銀河を地上に見下ろす
無遠慮な仲間が
あちこちからつどってまた
ひしめきはじめる


こんな真夜中、二時も過ぎて
いったいどこへ行くというんだろう
どこへ帰るんだろう
普段ならとっくに就寝の時間に
こんなにも 『誰か』 がいる
この道を走っていることで
たえず誰かが地球を回している
そんな縮図を見る

差し込むあかりがふえる、あしたは午後からだから
いつも君と歩く目抜き通りを軽く流して帰ろう
すこしためらいがちに そしてふっきれたように左手をおろす

沿道のタクシーが緑の直線をなす飾り気のないファンタジー
いつもは身動きできないくらいの混み具合なのに今はちがう
鑑賞 間もなくあっという間 屋根つきの国道に流れ込む。

大きな五芒星のとなり
いつも君を見おくる駅がみえるよ。
見たことないくらい真っ暗だ

ポケットから振動
君からの便り
だいじょうぶだって
いいって言ってるのに
でもね

うれしいんだ

どこまでもまっすぐのびる道
見渡す空間
細かな星も、空さえも消えた先

屋根の下にぶらさがる赤い葡萄が
ドミノ倒しのように一斉に
彼方まで青く染まっていく


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