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ぼくたちはバズることができない(1)



駅前の ビルの二階の 居酒屋は 大抵ビールを 冷やしすぎてる

#まいにち短歌
#気に入ったらリツイート


 ツイートボタンを押し、俺から離れた文面は、タイムラインの一番上に表示される。人気バンドの配信ライブの情報や、ラーメン屋のやたらと熱いブログ記事を押しのけて、俺の投稿は十数秒の閃光を放つ。

 スマートフォンを布団に放り投げ、ハンガーからバスタオルをちぎり取る。シャワーを浴びる前に、もう一度スマートフォンを確認。

 俺のツイートは大学時代の友達の、ちゃっちいワインの写真に、早くも埋もれ始めていた。

 短歌の投稿は今年の四月から初めて、およそ三ヶ月になる。ちょうど世間がCで始まる小さなアイツに振り回されていた時期だ。家にいる時間も増え、暇を持て余した俺は、日がな一日中SNSを見て過ごしていた。

 いつものようにいかがわしい画像を保存していたある日、一つの記事が目に入った。

 noteというサービスに投稿されたそれは、有名歌人の定期マガジンだった。


庭の梅 誰より早く 咲き誇る お膳立てで 終わってたまるか

海と山 どっちに行こうか 迷うけど たぶん私は 電車で十分

吉野家で 出された麦茶が 熱かった 今年も勝ったな 死ななかったよ


 歌そのものよりも、目を引いたのは集まったスキの数だ。千や二千ではくだらない。マガジン名で検索をかけてみると、追いきれないほどの称賛ツイートが瞬く間に量産されていた。

 承認。拡散。国語の授業を上の空で聞いていた俺の心を捉えるには、十分すぎるほどの魅力があった。

 たった三一文字で、この影響力。なんというコスパの良さ。

 これなら俺にもバズが起こせるかもしれない。

 右にならえのユーザーどもにチヤホヤされて、イキそうになるかもしれない。

 そんな歌人の耳に入ったら、ぶん殴られるような理由で始めた一日一首の短歌。最高記録は二リツイート五いいねだ。

 ツイッターへの投稿を終えて、浴びるシャワーは、一日で最も楽しい時間帯だ。熱めの湯に触れていると、今この瞬間にもリツイートやいいね、リプライがつけられているのではないかと胸が騒ぎだす。呑気に歌を口ずさんでしまうこともある。

 浴室を出て服を着る前に、スマートフォンを確認し、通知がなくて落ち込むまでが一連の流れだが、今日は違うと毎日思う。

 湯気に包まれ、目を開けたまま夢を見ている。

 浴室から出て、一直線にスマートフォンへ。電源を入れたと同時に、手で画面を隠した。意味はないけれど、こうした方がスリルが味わえる。

 少しずつ手をずらしてみた画面は、バズるどころか通知もゼロ。まったくの平常運転だ。

 猫の動画を見たって、お前らの人生には何の役にも立たないだろ。どうせそいつらも、バズるから猫を飼ってるんだ。俺の短歌と同じじゃないか。

 毒づいてみたところで、通知が増えることはない。俺は自分のツイートにリツイートをした。タイミングのせいにしたかった。

 Netflixで海外ドラマを見て、コンビニエンスストアにもう一杯チューハイを買いに行く。缶を開けて流し込んでも、今日はなかなか終わらなかった。まだ二三時にもなっていない。

 三分前に見たばかりなのに、俺はまたツイッターを見てしまう。

 今度は通知が来ていた。紫色のアイコンがリツイートをしてくれていた。

 俺の胸に言葉が湧き上がる。

 「ああまたか」。

 このアカウントは、俺の叔母のものだ。正月に使っているところを覗き見して知った。ツイートは俺のリツイートと、左寄りの政治ツイートのみ。フォロワーは四三人しかいないのだから、拡散にも期待できない。

 この世で最も嬉しくない援護射撃。ストーカーにすら感じてしまう。

 親戚なのでブロックもできないのが余計厄介だ。

 Youtubeで個人がアップした一昔前のバラエティー番組を見て、日付が変わった頃、俺は布団に入った。

 照明を消して、最後にスマートフォンをもう一度確認してみる。すると、俺の目は一気に覚めた。三件目のリツイートがなされていたからだ。

 しかも、ご丁寧にリプライまでぶら下げられている。


 分かります! 舌が低温やけどするんじゃないかって思うくらい冷たいですよね! 何気ない日常の一コマを歌にできるセンス素晴らしいです! これからも楽しみにしています!


 青空をアイコンにした、ミカヅキという名前の、いかにも意識の高い経営者に傾倒していそうなアカウント。だけれど、俺は心の中でガッツポーズをしていた。

 バズには全く足りないが、見つけてもらえた嬉しさが、アイコンをタップさせる。

 フォロワー数は九七人。俺以下で少し落胆してしまう。きっとここで打ち止めだろう。バズにはほど遠い。

 インプレッションは、せいぜい一二〇といったところだろうか。

 それでも、俺に興味を示した人間がどんなツイートをしているのか知りたくて、俺はタイムラインを少しさかのぼってみる。

 すると、その相手はnoteで短歌を投稿していた。


一回り 大きいサイズを 買う君は だらしがないね 私もだけど

この映画 五回は見たよ 金ローで 最後のセリフ 当てていいかな

花束を 渡したことが あるんだね 毎年毎年 尊敬しちゃうな


 毎日更新しているようだったが、俺と同じくスキはほとんどつけられていない。当然コメントもあるはずがない。

 俺は「風景が目に浮かぶようで良かったです」と、無難なコメントをスキと一緒につけた。

 二〇パーセントは本心、残りの八〇パーセントは打算だ。せっかく感想を書いたのだから、俺にも感想をよこせという打算だ。

 見返りを求めて何が悪い。SNSでは日常茶飯事。フォローの多くは計算づく。

 リアルでなくても、世知辛いものは世知辛い。

 目をつぶってみても、ブルーライトのせいで、なかなか眠りに落ちることができなかった。三〇分は経ったと思って、スマートフォンを見てみたらまだ一〇分しか経っていない。

 何の気なしに通知を開くと、ダイレクトメッセージが来ていた。


noteにスキ、フォローはおろかコメントまでしてくださってありがとうございます!
はじめてなので天にも舞い上がる気持ちです!
私もケンさんの短歌好きです!
これからもよろしくお願いします!


 定型句を並び立てたようなメッセージだったが、俺の心をくすぐるには十分だった。

もしかしたら、このミカヅキは将来バズるかもしれない。有名になるかもしれない。

 そうすれば、俺は前々から知っていたぜと優越感に浸れる。ぼんくらなユーザーどもを見下すことができる。

 俺は乾いた指でいいねを送った。会話を終わらせるためのいいねを使ったのは、去年アカウントを作って以来、これで二度目だった。

 ツイッターには、案外シャイな人間が多い。自分の顔や住所を明かしても平気なくせに。

 朝になるまでに俺は二回目を覚ました。その度にスマートフォンを見てみたけれど、通知は一件も来ておらず、最終的なインプレッションは一〇〇にさえ到達しなかった。

 俺のツイートは今日も失敗に終わっていた。




惣菜が パスタでかさ増し されていた せこい親だな 顔が見たいよ

#まいにち短歌
#気に入ったらリツイート


 今日も今日とて二リツイート。まるで俺を無視するゲームがなされているかのように、ツイートが伸びることはない。もっと生け垣の葉をつまむように、気軽に拡散してくれてもいいものを。

 俺の名前が広まる機会は、一か月が経っても一度もなかった。

 俺もミカヅキも毎日欠かさず投稿している。だけれど、誰も俺たちに気がついてはいない。

 見る目がないな、センスがないなという思いは、毎晩のようにチューハイで飲み込んでいる。

 俺はnoteもはじめていた。一週間の短歌をおまけの一首つきで投稿している。ツイッターだけでは不十分だと感じていたからだ。

 ダッシュボードを更新。PVは一〇台前半。ハッシュタグも七個つけて、スキをしてくれたアカウントは、ナンパ野郎だろうと競艇の予想屋だろうと、手当たり次第にフォローしているというのに。

 はじめて投稿した記事はここ一週間で5PVだが、スキは六つついている。

 ボケっとテレビを見ながら晩酌をしていると、スマートフォンがデフォルトの着信音を鳴らした。チューハイを置いて手に取ると、noteからのメールが来ていた。

 ミカヅキが俺をサークルに追加したらしい。サークル名はnote短歌倶楽部。俺も含めて八人ほどしかいないサークルだ。

 ざっとメンバーを見たところフォロワー数は一番多い人間で、一〇五人といったところ。全員合わせても、週刊漫画雑誌の値段にすらならなかった。

 雑魚が集まっているだけ。


不完全 燃焼みたいな 年収で 等分される 私の日々は

帰宅部に 全国大会 あったなら おそらく俺は ベスト4入り

自信がない ことに自信を 持っている 十二時には寝る ペットは飼わない


 いくつかメンバーの短歌を読んでみたけれど、俺と同じで箸にも棒にもかからないような歌ばかりだった。

 リアクションも身内以外からはほとんどない。あっても腐りきった褒め言葉だけ。きっとフリーペーパーで配布しても、誰も手に取らないだろう。

 あってもなくても同じ。参加してもメリットがあるとは思えない。

 だけれど、一匹狼を気取るのは嫌だったので、俺はミカヅキに連れられるがまま、サークルに参加した。

 とりあえず、全員の固定されたnoteにスキを押して、アカウントをフォロー。

 どこかで聞いたような名言や、パースの狂った絵がリアクションとして設定されていて、何の礼にもなっていないと感じた。

 それぞれのnoteにつけられたスキ数はきっかり人数分。半ばノルマ化している。

 ならば、俺のnoteにもスキをしてくれるのではないか。

 一〇分ほど間を置いて、今週分の七首プラス一首をnoteに投稿してみる。

 いつもなら一日経っても何の反応もないことがザラなのに、この日は五分経たないうちに二つのスキがついていた。ミカヅキと主宰らしきアカウントだ。

 さらに、シャワーを浴びて戻ると、スキの数は五つにまで伸びていた。かつてない事態に、俺の心は高く舞い上がる。

 スキをつけたのは、全員サークルの人間だったが、もしかしたら今度こそバズるのではという期待が、頭の中を駆け巡った。ダッシュボードも、とんでもない数になっていることだろう。

 アルコールが程よく回っていたこともあって、気分を良くした俺はツイッターで、noteのタイトルをエゴサーチした。

 だが、すぐに後悔した。表示されたのは、俺のアカウントの告知ツイート一件のみ。下には空白が広がっている。

 全員、プロフィール欄にツイッターアカウントを載せていたというのに、現実はこれだ。

 彼らの目的は歌集を出版することはおろか、バズることですらない。

 ただ狭い井戸の中で、なれ合い、褒め合い、慰め合いがしたいだけなのだ。

 そんなことしても一円にも、一リツイートにもならないというのに。

 招待された手前、サークルから退出することはなかったが、俺は早くもメンバーに期待を抱くのはやめた。同じところをグルグルと回って、朽ち果てていけばいい。

 俺はスマートフォンを枕元に投げ捨てて、ベッドから起き上がった。

 まだ髪を乾かしていないし、歯も磨いていない。ドライヤーからの風が頭皮を優しくなでる。

 鏡に映った自分は、震えあがるほどに冷たい目をしていた。





家庭科が 得意科目 だった奴 同窓会を 歓迎してそう

#まいにち短歌
#気に入ったらリツイート


 思いついたときは手ごたえのあった、今日の短歌も二リツイート一いいねで終わった。つまりは、まったくバズらなかった。

 だけれど、そんなことはどうでもいい。今日の俺は仕事中からずっと心が落ち着かなかった。駅を出る足も自然と速くなっていた。

 さっきから一時間ずっとスマートフォンを手放せないでいる。今日は年に一度の、note短歌大賞の発表があるのだ。

 募集は先月で締め切られていて、テーマは「二〇二〇年」。大賞には賞金一〇万円が贈呈される。まさに濡れ手で粟だ。

 選考委員には、俺が短歌を始めるきっかけとなった歌人も名を連ねていた。お墨付きをもらえればバズること間違いなし。

 応募しないという選択肢は俺にはなく、募集が始まった次の日には、さっそく新作の短歌を三首投稿していた。


リモートで 飲み会すると 誰かしら 飼ってる猫を 自慢するよな

品薄の マスクを求めて 彷徨った ゾンビだったな 記憶が薄い

ワクチンを 交渉道具に 使う国 地球が滅ぶ 音が聞こえる


 どれも手ごたえがあったし、特に三つ目は我ながら皮肉が効いている。

 日が経つにつれて、千件、二千件と応募総数が増えても、俺の自信は揺らぐことはなかった。

 応募作のいくつか目を通したが、俺以上のものはなく、やられたという思いもしなかった。逆にこの程度かと安心できた。

 気づけば時刻は午後八時を回っている。チューハイはすでに二杯目だ。トイレに行こうと腰を上げる。

 すると、スマートフォンが振動した。ミカヅキからのダイレクトメッセージで、俺は結果が発表されたことを知る。

 飛びつくようにページを開くと、大賞の文字の下には、こんな三一文字が掲載されていた。


はじまりの 一年だから 今日くらい 明日のことを 語り合おうよ


 小学生かよ。最初に抱いた感想だった。こんな小学校の廊下に貼られているような綺麗事が大賞? 選考委員の感性が窺い知れる。

 受賞者のマイページに飛ぶと、俺の毒性はますます強まる。

 フォロワー六〇人しかいねぇじゃねぇか。俺と大して変わらない。だったら俺だって受賞に値するだろ。

 揃いも揃って節穴かよ。

 更新ボタンを押すと、受賞者は一瞬のうちにフォロワーが二人増えていて、俺はスマートフォンをベッドに投げ捨てた。畳まれていない服ばかりが置かれて、ろくに役目をはたしていないベッドへと。

 朝起きてツイッターを確認すると、ミカヅキからまたダイレクトメッセージが来ていた。おおむね「今回は残念でしたね、また来年がんばりましょう」という内容だった。

 俺はハートもつけずに、電源を落とすと、そのまま二度寝をした。

 土曜日はどれだけ寝てもいい。憲法にもそう書いてあるはずだから。


続く


次回:ぼくたちはバズることができない(2)

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