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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(37)



前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(36)





「で、用って何?」

 駐輪場の近くまで歩いてから、芽吹が口を開く。見下ろす視線は、二人への敵意を隠そうとしていない。

「あの、さっきはすいませんでした。脅すみたいな真似をして。こうでもしないと、話してくれないような気がしたので」

「別に。いいよ、言わないでいてくれれば。それより、俺に聞きたいことがあるんでしょ?」

 先週とは別人のような威圧感に、晴明は軽く慄いてしまう。目の前の相手が何歳も年上に思える。

 桜子は助けに入ってこない。自分から尋ねさせてほしいと、晴明があらかじめ言っているからだ。

 言葉にしなければ、捕まえた意味がない。晴明は意を決して、顔を上げた。

「じゃあ、一つだけいいですか。芽吹先輩は去年まで、アクター部の部員だったんですよね?」

「……うん、そうだけど」

 芽吹は簡潔に答えた。あっけなさに、セリフを棒読みしているような印象を晴明は受ける。

 本心を引き出したくて、さらに言葉を重ねた。

「僕には分からないですけど、何らかの理由があって休部したんですよね。でも、今は部に戻りたいんじゃないんですか?」

「一つだけじゃなかったの?」

 カウンターに虚を突かれ、晴明は閉口してしまう。畳みかけるように、芽吹は続ける。

「言っとくけど俺は、今はアクター部のことは何とも思ってないから」

 そう言って、踵を返す芽吹。今しがた受けた言葉が嘘だと分かっていても、晴明には芽吹を呼び止めることができなかった。

 離れていく背中を桜子とともに見送る。芽吹が昇降口に消えていくと、周囲が再び騒がしくなる。

 始業十分前を知らせる予鈴が鳴った。晴明は、まだ教室に行く気にはなれない。

「芽吹先輩、行っちゃったね」

「……何とも思ってないなんて、絶対嘘だよ。だとしたら部室に来ないに決まってる」

「じゃあ、どうする? 明日も待ち伏せする?」

「ああ。迷惑に思われるだろうけど、やるしかない」

「そうだね。明日も今日と同じ時間でいい?」

「うん、俺明日は寝坊しないようにするから」

「おっはよー! 二人とも!」

 突然割り込んできた耳馴染みのある声に、晴明は心臓が止まる思いがした。成が手を振りながら近づいてきている。

 まずい。もしかしたら、芽吹と話していたところを見られたかもしれない。

 身構える二人に、成が微笑んだまま聞いてくる。

「どうしたの? 二人とも。そんな固まっちゃって」

 屈託のない声は、二人を場に釘付けにする。顔には笑顔の面が張りついて、真意を読み取ることはできない。

 桜子が何でもないですと、ごまかそうとしていたが、あまり上手くいっていなかった。

 微笑んでいた成の目元が鋭くなる瞬間を、晴明は見てしまう。

「二人とも、放課後時間ある? ちょっと話したいことがあるんだけど」

 さほど身長の変わらない先輩が、急に大人びたように晴明には思えた。やはり見られていたのだろうか。やや睨むような目に、二人は首を縦に振らざるを得なくなる。

 成はそれを確認してから、昇降口へと向かっていった。

 登校してくる学生は少しずつ減り始めている。

 先に晴明が歩き出す。成の呼び出しは恐ろしかったが、逃げるわけにはいかなかった。





 放課後になって、晴明と桜子が昇降口を出ると、成が立っていた。腕を組んで仁王立ちしているのではと晴明は考えたが、成はいつも通り笑顔で二人を迎えていた。

 二人が挨拶をすると、成は「じゃあ行こっか」と告げる。どこに行くのか桜子が聞くと、中央図書館だという。

 少し離れたところにある中央図書館では、あまり上総台の学生と会うことはない。

 三人きりになりたいという、成の思惑が見て取れた。

 千葉中央駅へと向かう通学路でも、電車に乗っている間も、千葉駅から図書館へと向かう道のりも、成が渡と芽吹のことに言及することはなかった。桜子がいくつか探りを入れてはいたけれど、その度に成ははぐらかし、最終的には世間話に収束していった。

 晴明は二人の会話に参加できず、疎外感を味わう。図書館までの緩やかな上り坂が、永遠に続いているような気さえした。

 図書館に着いた三人は、ドトールコーヒーに入店し、思い思いのドリンクを注文してから、中ほどのテーブル席に座った。晴明が見回した限りでは、上総台の制服は確認できない。

 平日の一八時という時間帯のわりには、店内は空いていた。

「ごめんね。二人ともテスト勉強があるのに、こんなとこまで呼び出しちゃって」

 意外にも成は謝罪から話を切り出した。問い詰められると思っていたのに、予想外の低姿勢に二人は少しだけ戸惑う。

 桜子が「そんなことないですって」と返した。晴明も頷く。

 他に二人が取れる反応はなく、まるで成に誘導されたみたいだ。

「うん、ありがとう。なんか尋問するようであまり気が進まないんだけど、今朝何してたのか、ちょっと教えてもらっていい?」

 始まった。ワンクッション置いてはいるが、成の目の奥は笑っていない。どこか悲しそうな表情は、晴明にとっては仮入部最終日以来、しばらく見ていないものだった。

 ごまかしても意味がないと思ったのか、桜子がゆっくりと告げる。

「芽吹先輩と会ってました」

 成は、声をあげることもなく、ただ頷いた。やはり今朝の自分たちは見られていたのだろう。

 成はつとめて冷静に振る舞おうとしている。だけれど、小さく揺れる体が、はっきりと心情を物語っていた。

「そう。で、何か話したの?」

「いえ、芽吹先輩が以前アクター部にいたということを、確かめただけで終わってしまいました」

 言い切る桜子。しかし、成は信じられなかったのか二回、本当かどうか尋ねてきた。その度に桜子は嫌な顔一つ答えていたし、晴明も事実だと伝えるために、目を逸らしたい思いをなんとか堪えた。

 ドリンクに浮いた氷が、溶けはじめている。

「分かった。本当にそれだけって信じるよ。でもさ、どうして急に芽吹に話しかけようと思ったわけ?」

 イージーリスニングが流れる店内に、三人以外の話し声はない。漂う静寂が、何気ない成の言葉にも緊張感を持たせていた。

 桜子は口をつぐむ。ここは晴明が話すシーンだろう。

 時間が経つほど言いづらくなる気がして、晴明は迷いをねじ伏せて口を開いた。

「南風原先輩だって分かってるんじゃないんですか。先週の月曜に芽吹先輩が部室の前まで来たことは。実はあのときだけじゃないらしくて。佐貫先輩たちの教室の前も行っていたらしいんです。それって、アクター部をまだ忘れていないってことですよね。だから戻ってくるよう、頼んでみようとしたんですけど……」

 せっかく決意したはずなのに、語尾は消え行ってしまう。勇敢になることができない自分を、晴明は恥ずかしく思った。

 成は最初はためらっていたが、すぐにカフェラテを口にし、戸惑いごと飲み込んだ。

 再び向けられた目の奥に、後悔が沈殿している印象を晴明は受けた。

「あしらわれてしまった、と。まあしょうがないよね。たぶん芽吹だって、まだ気持ちの整理がついてないんだと思う」

「芽吹先輩だって、ということは成先輩もということですか?」

 桜子はかすかに生じた違和感も見逃さない。成の眉はひそめられる。

「フミ、鋭いね」

 そう言って成は笑っていたけれど、晴明には苦い笑みに見えた。桜子が怯むことなく決定打を押す。

「成先輩、そろそろ話してくれませんか? 去年、何があったのか。どうして芽吹先輩は休部したのか」

「やっぱ知りたい? フミたちには関係ないと思うんだけど」

「関係なくありません。私たちは部に入って、もう三ヶ月も経つんですよ。正式なアクター部の部員なんですよ。話だけでも教えてくれたっていいじゃないですか」

 「成先輩、お願いします!」と、桜子は顔の前で手を合わせた。まるで神仏に祈るかのように。

 晴明も同じ行動をとる。二年生三人が前に進むためだと思うと、躊躇なく頼み込むことができた。今は成が話してくれるかどうかが全てだ。

 成は、深いため息をつく。

「分かったよ。私が知ってることは全部話すから、二人とも手を下ろして」

 祈りが通じたのだと、晴明は安堵する。手を下ろすと、桜子の横顔がかすかに微笑んでいるように見えた。

 成が二人にドリンクを飲むよう勧めてくる。二人は言葉通りにそれぞれのドリンクを口に運んだ。

 口に広がるコーヒーの苦みが晴明には、成の話の内容を予見しているように思われる。

「ちょっと長くなるけど、それでもいい?」

 念を押す成に、二人は頷いて答えた。

 窓の外はいつの間にか、夕日でオレンジ色に染まり始めていた。



続く


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