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少しは”大人”になれた...かな?Ver.フル

右腕には姉の爪が喰いこみ、左腕には母がしがみつく。

「お前が行っても子どもが増えるだけだっ!!」

私の両肩を抑え込む父の口から放たれた言葉。


それは、まだまだ”子供”であった私を、さらに激情させたのだった...。

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後に妻子となる母子との出逢いを果たした私は、その後の2か月ほど、何度か”静岡から大阪”へと足を運んだ。

そうしていくうちに、私は画面越しではわからなかった彼女たち”母子家庭の現状”を把握していった。


子ども(以降"りんく")は”魔の2歳児”から”悪魔の3歳児”と呼ばれるものへの進化が始まっていた。手あたり次第に物を投げまくるし、ベビー用サークルから脱走したかと思えばティッシュの箱を空にするしetc...。

”魔”という言葉を初めて当てはめた人の気持ちが理解できた。


それを一人で育てている、”子供のもと祖母”である49歳の彼女(以降"いちご")。子育てを経験したことがなかった私から見ても、手に余り過ぎていた。

結果、いちごは自律神経を乱し、体調を崩しがちになっていた。

(なんとかしなければ危ないのでは...?)

そう思い始めていた矢先のことだった。

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「"りんく"が車にひかれそうになった。」

"いちご"が電話の向こうで泣きながら私に言った。

どうやら駐車場から道路へ走り出した"りんく"を止めようとしたが追いつけず、道路に飛び出した"りんく"が車にひかれそうになったとのことだった。



その電話を受けた私は、大阪で一緒に暮らすことを決意した。


父にした土下座というストッパーを外すのは、あっけないほど簡単であった。

次の日には両親に話をしていた。

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金の入った封筒を手にして逃げ回る母を捕まえようと、暴言ともいえる言葉をまき散らしながら追いかけ、必死に止めようとする父と姉を払い除けるように暴れ続けた。

まだ中学2年生だった弟は自室に避難していた。

2時間後。
両親と姉はやっと私を取り押さえることができたのだった。

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右腕には姉の爪が喰い込み、左腕には母がしがみつく。

「お前が行っても子どもが増えるだけだっ!!」

私の両肩を抑え込む父の口から放たれた言葉。


それは、まだまだ”子供”であった私を、さらに激情させ、聞く耳を持つことはなかった。



しばらくして父は、何を言っても聞かないだろうと、諦めたのだった。


お気に入りだった黒いポロシャツは胸元が裂け、腕は姉の爪により血がにじみ出ていた。


私はそのままの状態で、新幹線に乗り込んでいった。

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あれから8年が過ぎた。

本当に色々なことがあった。

楽しいことも、頭を抱えることもあった。

幸せを感じることもあったし、悲しみで涙がとまらなくなることもあった。

充実感に満たされることもあれば、虚しさに打ちひしがれることもあった。

成長も実感できている。

だが、"まだまだ子供だなぁ"と反省するところもある。

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実家との関係も、この8年間で少しずつではあるが良くすることができた。

今年の正月には、実家の玄関口で顔を合わせる程度ではあるが、妻子を連れて帰省もできた。

次は大阪から静岡への"引っ越し"が目標だ。


父よ。
私はさ、



少しは"大人"になれた…かな?



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