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母の旅路に 寄り添う

「私、ここに泊まる、母さんの傍で寝るわ」
死に装束に身を包んだ母を、しんみりと見下ろす。
「えっ、俺はホテルに泊まるよ」
夫は、たじろぎ私の顔色を伺っている。
「いいわよ、かえって母さんと二人きりの方がいいわ、母さんには寂しい思いさせたから、最後は2人きりでいたいの」
夫は安堵の色を浮かべる。自分もここに泊まることを強要されるとでも思ったのだろう。
「そうか、いくらお義母さんとはいえ、死んだ人と同じ部屋で寝るのは、ちょっとね」


ここは、葬儀社の遺体安置室。
約十二畳程の和室で、家族も泊まれるような作りになっている。
母の傍らには、こじんまりとした祭壇がある。
線香の煙が細い筋となって、揺らめいていた。

夫はビジネスホテルを予約し、明朝ここに来ると言い残して出て行くと辺りは更に、しんと静まり返る。
母が息を引き取ってから、五時間程経過していた。
最初の悲しみと衝撃は、幾分去っていったかのように思われた。が、安置されている母に目を向けると、再び死の事実を突き付けられる。新たな悲しみが、ぶり返してくる。

今朝、電話の着信音で目が覚めた。ドキリ、とした。
(きっと、病院からに違いない)
恐る恐る、携帯電話を手に取る。予感は的中していた。
(ああ、とうとう、この時が来たか)
血圧が下がり続け、危険な状態だから、今すぐ来てほしいと告げられた。
「分かりました、すぐ行きます」
電話を終えるや否や体が、ぐらりと揺れる。
覚悟していたとはいえ、動揺した。

間もなく、母の命の灯が消えようとしている。
(こんな日、迎えたくなかった。できれば、もっと未来まで先延ばしになればいいのに)
この後、訪れるであろう現実に、果たして自分は耐えられるだろうか?

夫と私は職場に、母の危篤のため急遽休む旨を電話で伝えた。
夫の運転する車で母が入院している病院に向かう間、胃の辺りが鉛でも飲み込んだかのように重苦しくなり、それにずっと耐えなければならなかった。

母が入院している病院は、車で約二時間の距離にある。その土地は私の故郷でもある。
私達が着くまで、母がこの世に留まっていてほしい、そう祈り続けた。が、望みは見事に打ち砕かれた。病院まで、あと三十分という距離に差しかかった時、無情にも再び携帯電話が鳴った。
電話に出る前から私は、ほぼ絶望していた。
(できれば、電話に出たくない)
鼓動が激しくなり、胸が押しつぶされそうだった。
一時、躊躇ったあと、電話に出る。
たった今、母が息を引き取ったと、看護師さんの憂いを含んだ声が、そう伝えてきた。
電話の応対の様子に事情を察したのか、夫の顔に影が差す。そして、深い溜め息をついた。

毎回、車で帰省する度に眺めていた、車窓に見えるいつもと同じ風景は、今や全て色を失っていた。
私は虚空に視線を投げかけ、これから訪れる真の悲しみに対処できるよう、準備するより他無かった。

病院に到着し、すぐさま母のいる病室へと向かった。
涙が溢れそうになるのを何とか堪え、そっと病室に足を踏み入れ、ベットに近寄る。
やや顔を歪め、横を向いて目を閉じた母が、目に飛び込んできた。
一目見ただけで、死を実感した。眉間を寄せた仄白い皮膚は、既に血が通っていない証拠であるのが一目瞭然だ。
私は母の両肩に手を添え、
「母さん、ごめんね、ごめんね、間に合わなくてごめんね、ごめんなさい」
そう語りかけた。涙が一気に溢れた。
そして再度、ごめんね、ごめんね、と泣きながら言い続けた。
夫も目を赤くし、嗚咽が漏れそうになるのを堪えるかのように、口に手を当てた。

回想から我に返る。母の傍に近寄り、座布団を敷いて座り込む。
母の髪に指を滑らせ、そっと撫でる。
「母さん、今日ここに泊まるから安心してね、最後まで、ずっと一緒にいるからね」
当然のことだが、反応のない母を見ると、やはり本当に死んでしまったんだということを、イヤでも再認識させられる。
誰の身にも、親の死は訪れるし、最終的に誰も死から逃れられないと分かっていても、この非日常の出来事を現実として受け入れるのは、甚だ困難なことだった。
ふと、ずっと感じていた疑問が頭をもたげる。
何故、母は死ななければならなかったのか?
末期癌や不治の病だったわけではないのに。
自宅で倒れた母は、即入院し、入居できる施設が見つかるまで病院で療養することになった。施設に空きがなく、入院が長引いてしまった。
その後、やっと施設が見つかり、入居の手続きをしている最中、母の容態に異変が生じた。肺に水が溜まったのだ。長引く入院生活で、ずっと寝たきりだったのがいけなかったのか?
次第に食事が摂れなくなり、点滴するしか手段がなかった。
そんなある日、病院から連絡があった。だんだん意識が朦朧となり、酸素吸入せざるを得ない状態で、もう長くはないだろうから、今のうちに一度会いに来られないですか、と。
何故、こうも急激に悪化したのか疑問を抱きつつ、私は母に会いに行った。
一目見て、愕然とした。一ヶ月前に見舞いに来た時より、衰弱が激しい。点滴だけでしか栄養が摂れていないせいか、体が一周り以上小さくなったようだ。その姿に、ぐっと悲しみが込み上げてくる。
眠っているのか、意識がなくて目を閉じているのか判然としない。
私は大きな声で、ゆっくりと母に話しかけた。
「母さん、元気になったら施設に居る父さんに会いに行こうね」
 聞こえてるのかどうか定かではないが、母は喉の奥から声を絞り出すように、
「うん、うん」
と返答した。
母の苦しそうな息づかいに、やはり医師の言う通り、もう長くはないことを痛感せずにはいられなかった。


あの時、できることなら、自宅に帰らず仕事も休んで、ずっと母の傍にいたかった。が、そういうわけにもいかず、歯痒くて悔しくてどうしようもなかった。例え、意思疎通ができなかったとしても、ずっと傍で母を見守っていたかった。

「ごめんね、母さん。私って、ホント親不孝だわ、きっと、怒ってるよね?」


母に寂しい思いをさせた私は、きっと因果応報で、自身の晩年は、更に寂しい日々になるかもしれないことを覚悟しておかなければならない。

(そうだ、母に化粧してあげないと)
葬儀社の人に、死化粧することを勧められていたのだ。

「母さん、私が化粧してあげるね」
バックから化粧ポーチを取り出し、再び母の傍に座った。顔にかけてある白い布を、そっと取り去る。
母の素顔が現れる。やや、浅黒く変化していた。
(青白いかと思ってたけど、違うのね)

「じゃあ、化粧始めるね」
まずは、クリームファンデーションを指に取り、母の顔全体に力を入れすぎないよう、優しく薄く伸ばす。
(母は、本当に死んだのだろうか? ただ、寝ているだけなのでは?)
そんな思いが駆け巡った。
次は、ペンシルで眉を書く。私と同じように、母の眉も薄い。何度もペンシルを引いて、重ね塗りする。茶色い、ほんのりとした眉が出来上がった。
そういえば、こんなふうに母に化粧を施してあげたことは、今までなかった。

「化粧するの、これで最初で最後だね、ねっ! ねっ!  母さん!」
私は語尾を強める。何か言葉を返してほしい。
「聞こえてるんでしょう? 母さん!」
無言で横たわる母を凝視する。
「何で黙ってるの? 聞こえてないの? 眠いの? 具合悪いの?」
感情が高ぶるのを止められなかった。
目頭が熱くなる。涙が滲み、溢れ、零れた。
もっと頻繁に見舞いして、母と話しておけば良かった。
見舞いを終えて帰ろうとすると、母は寂しいと言って、いつも暗い顔をしていた。
「寂しい思いさせて、ごめんね、たぶん怒ってるよね? 怒ってるから口きかないのよね?」
幾筋もの涙が頬を伝い、私はハンカチを取り出し拭った。
深い溜め息をつき、
「母さん、責めちゃってごめんね、化粧続けるね」
紅筆を口紅に当て、少しづつすくい取り、母の唇に塗り重ねていく。
「ちょっと、赤かったかな? でも、今これしか持ってないから許してね」
母の唇が朱に染まった。
最後に、パウダーをパフで取って顔に優しく押し当て、全体に広げていく。
「うん、綺麗になったよ、気に入ってくれたかな?」
私は、しげしげと母を眺めた。
こうして、母の傍に寄り添える時間は、刻々と過ぎていく。
(ずっと、ずっと、ここで母と一緒にいたい)
「母さん……。」
再び、涙が止めどなく溢れてくる。
母を見つめながら、私は泣き続けた。
(昨年、父が亡くなって、今度は母が……)
たった一人の肉親だった母が亡くなり、自分が天涯孤独になってしまったように思えた。
ひとしきり泣いた後、涙を拭い立ち上がった。
ひらめいたことが、あったのだ。

バックからスマホを取り出し、祭壇の前に座った。
「母さん、お経を読んであげる」
僧侶がお経を唱えている動画を探し出し、画面に流れている般若心経の字幕を見ながら、一緒に唱えた。祭壇に置かれていた木魚も、同時に叩いてみた。そうして10分程のお経を唱え終わると、幾分悲しみが薄らいでいった。
「あまり上手じゃなかったよね? 母さん許してね。あっ、そうだ、明日、セイ子伯母さん来るって言ってたよ」
明日、母の妹が大阪から来る予定だ。
遠く離れていても、いつも母のことを気にかけていた伯母さんも、今頃悲しみに沈んでいることだろう。
母の世話をおろそかにしていた自分のせいで、伯母さんを悲しませることになってしまい、申しわけないと思った。
(伯母さん、ごめんね、私のせいで母さんが……。)

私は立ち上がり、浴室へと向かった。バスタブにお湯を落とす。明日、朝早いから、そろそろ寝ないといけない。
「母さん、お風呂入ってくるね」
バスタブに身を沈め、目を閉じた。お湯の温もりに包み込まれ、ホッとすると同時に目の奥が熱くなった。再び涙が込み上げてくる。
(あぁ、また泣いてしまった、もう、何回泣けばいいんだろう)
よく、泣くとスッキリするというけど、泣くと余計悲しみが増してる気がするのだった。

風呂から上がり部屋に戻ると、母の隣に布団を敷いた。母との間に祭壇があるため、1メートル以上の間隔が空いている。
パジャマに着替えながら、
「母さん、一緒の部屋で寝るの、私が小学生の時以来だね。あっ、そうだ、缶コーヒーあるけど、飲むよね?」
部屋に備え付けの冷蔵庫から缶コーヒーを1本取り出し、母の枕元に置いた。生前、母が好んで飲んでいた種類のコーヒーだ。
「あっ、寝る前に飲むと、眠れなくなっちゃうかな? でも、ずっと飲んでないから飲みたいよね? あっ、ちょっと待ってて」
冷蔵庫から、もう1本取り出し母の枕元に置いた。
「1本だと、足りないと思って」
私は慈しみを込めた眼差しを、母に向ける。
(本当に、飲んでくれたらいいのに)

「じゃあ、そろそろ寝ようか」
明かりを消し、布団に入る。
「母さん、お休みなさい」
目を閉じ、今日1日を振り返る。
悲しみは根底に流れているのだが、母の隣で寝ることは、私に安心感を与え、穏やかな心地にさせた。

その夜、夢を見た。
昔、実家で飼っていた犬を、私と母が散歩させていた。何やら会話をして、笑い合っていた。
(なんだ、母さん生きてたんだ。死んだと思ったのは、間違いだったんだ。そうか、良かった)
そう、夢の中で安堵していた。

翌朝、目覚めると、見慣れない白い天井が目に入った。自分が今、どこにいるのか認識するまで、多少の時間を要した。線香の香りを嗅ぎ付け、そこでやっと、昨日の一部始終が蘇った。
(母と犬を散歩させていたのは、夢だったんだ。母が生きてて良かったと思ったのに)
現実に引き戻され、酷く落胆した。
(なんで、あのような夢を見たんだろう。結局、がっかりすることになるんだから、見たくなかった)

どんよりとした気分で、しばし布団の中で、ぐずぐずしていた。
「そうだ、伯母さん来るから起きないと」
私は半身を起こし、母の方を向いた。
「母さん、おはよう」
手早く布団を畳み、所定の場所に仕舞う。
母の傍に行き、
「コーヒー飲んだ? 美味しかった? 今日、セイ子伯母さん、駅に迎えに行くからね」

急いで洗顔、着替えを済ませ、夫が来るのを待っていた。

やがて夫が到着し、車で近くの駅に向かった。
待合室に入ると程なく、電車がホームに滑りこんでくる。
降りてくる乗客を、1人1人確かめる。改札を通り過ぎたのは、約10人くらいだったが、その中に伯母さんの姿はなかった。
乗り遅れたのだろうか?
ホームに目を転じると、1人の女性が改札に向かって来るのが見えた。背中を丸め、疲労感のようなものが漂い、伯母さんよりかなり高齢に感じた。
(なんだ、やっぱり乗り遅れたんだわ、そうなら電話してくれたら良かったのに)
そう思った矢先、私は自分の名前を呼ばれて、ハッとした。
目の前に、さっき見た最後の乗客の女性がいた。伯母さんじゃないと思っていたが、どうやら伯母さんのようだ。
最後に伯母さんに会ったのは、約6年前だ。それくらいの歳月が過ぎれば、誰でも老けるのは当然だろう。でも、老けて見える原因は歳月のせいだけではなく、慕っていた姉の死によるものかもしれない。
喪失感に打ちのめされ、憔悴したことが外見に現れ、実年齢より上に見えたのだろう。
「伯母さん、遠いところ、ありがとう。じゃあ、車待たせてるから、行こうか」

葬儀社に戻り、遺体安置室に入る。
伯母さんは、すぐさま母の傍に駆け寄る。
「姉さん、セイ子だよ、セイ子が来たよ」
大きな声で呼びかけ、掛け布団をめくった。
母の肩に手を置き、
「セイ子だよ、分かる? セイ子が来たんだよ! セイ子だよ、セイ子だよ!」
伯母さんは、ますます大きな声を発し、母の顔や腕にも触れていった。
伯母さんの声音に次第に悲哀が込もっていくのを感じ、私はいたたまれなくなり、泣きそうになった。
「セイ子だよ! セイ子だよ! こんなに痩せちゃって」
もしかしたら伯母さんも、母と2人きりになりたいのではないかと思い、
「伯母さん、ちょっと食べるもの、買ってくるね」
そう声をかけ、夫と部屋を出る。

買い物を終え、再び葬儀社に戻った。
伯母さんは虚ろな目をして、テーブルの前に座っていた。私と同じように、母にいろいろ話しかけたのだろう。
「ちょっと早いけど、お昼ごはん買ってきたよ」
私は弁当やパン、お菓子をテーブルの上に置いた。
「食欲ないから、お菓子でいいわ」
伯母さんはお菓子に手を伸ばした。
「さっき、姉さんの全身を見たよ。足も、ずいぶん痩せて細かったよ」
「うん、そうだね。ごめんね、伯母さん。私が、母さんをちゃんと世話しなかったから、こうなったんだわ」
「まあ、長生きしてほしかったけど、高齢でもあったし、仕方ないよ。」
伯母さんは、しんみりと自分を納得させるかのように言った。

午後になり、納棺の儀を執り行った。

この後、火葬されると、昨夜のように母に寄り添い話しかけることは、もうできない。
(でも、2人きりで過ごせて満足したし、母さんも喜んでるかな)

斉場に向かう時刻になった。
葬儀社の社員達が、母の棺桶を霊柩車へと運んだ。
私も霊柩車に乗り込み、棺桶の傍のシートに座った。
夫と伯母さんは、夫の車で霊柩車の後ろを付いてくることになっている。

今までは、母の顔も見れたし、触れることもできた。でも火葬後は……。
この後、真の別れがやってくる。母の肉体が無くなるとは、考えたくもない。悲しみと喪失感は、今より更に増すだろう。それに耐えることができるよう、心の準備をしないといけない。

私は、ゆっくりと息を吸い、それ以上にゆっくりと息を吐いていった。


















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