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[エッセイお仕事小説]銀座東洋物語。

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ホテルは幸せな仕事。二十代半ばで転職し続けたどり着いたホテルは働く人も泊まる人も幸せなホテルだった。著者が経験した仕事をエッセンスに、小説風にまとめました。昭和の仕事の仕方はこん…
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2024年4月の記事一覧

銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の⑤

銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の⑤

 「吉田くんがね・・・」

 ホテルは幸せな仕事だ。お客様の笑顔のために働く。これほど清くて楽しい仕事はないだろう。残念なのは、その精神を間違った方向でゲストに利用されてしまうこと。

 清雅様に部屋の鍵を渡さない作戦の後、部屋の中にあるはずの未払いの帽子を身につけているところを撮影されていたため、マネージャーが部屋をチェックした。すると、何も聞かされていなかったスタッフが直接奥様から連絡をもらい

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銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の④

銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の④

 マネージャー会議にゲストの名前が上がることが増えた。普段ならホテルの業務をハンドリングする宿泊、料飲、ベルのセクションのトップだけが出席する場だったが、経理担当が顔を出すようになった。半年が経ち定期的ではないものの数回支払いが実行されたこともあって、催促するところまではいっていなかった。その頃はまだ上層部は、やんごとなき一族がホテルに住んでいる、そのことにステータスを感じていたのだ。

 外の店

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銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の③

銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の③

 想像してみてほしい。主たる世界の都市の華やかな表通りのそばに一流と呼ばれるホテルがある。そのホテルは、国賓を迎えたり、国際的スターが宿泊したり、我が家のように滞在中使う。途中、各地を飛び回ることがあっても滞在中のハブとして確保され、その間荷物を保管したり郵便物や品物の送り先になったりする。

 銀座東洋は日本一のショッピング通に面していた。河童橋や浅草といった江戸指物や調理道具の問屋街にも近かっ

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銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の②

銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の②

(まだの方は①に戻ってお読みください)
 話が外れた。
 銀座東洋のブランドルームには決まりがあった。思い出話はさておき、そのため清雅様というゲストのリクエストに応えることはできず、代わりに一つ下の階層にある全く同じ間取りの部屋を用意し納得してもらうしかなかった。
 部屋を替わったその日、大量の荷物が運ばれてきた。銀座通りから入ってきた車はホテル一階の切り込んだような入り口に入ると対角線上の奥で、

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銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の①

銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の①

 「鍵を換えるしかないんですよ」
 そういう声がして振り返ると、バックヤードにたった一つしかないエレベーターの列の後ろにハウスキーピングマスター、邦康さんがいた。彼はバレーボールのプロになるかホテルマンになるか迷った経験を持つ人である。ソフトなハンサムだが、タッパがある姿は威圧感がある。しなやかな筋肉を包んだグレーのスーツのユニフォームの腕がピンと張り詰めているから、いざとなったら泥棒や強盗に向か

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