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2023年7月 読書記録 血の呪縛、毒親

プルースト『失われた時を求めて7 ソドムとゴモラ2』(井上究一郎訳・グーテンベルク21)

 村上春樹さんの小説『1Q84』の主人公を真似て、寝る前に20ページずつ読んでいる作品です。去年9月の読書記録に第1巻の感想を書いたのに、あと3巻も残っている…。
 ソドムとゴモラは聖書に出てくる都市の名前で、住民が同性愛行為を行ったために、神の怒りにふれて滅ぼされたとされます。
 同性愛者だったプルーストが、同性愛を否定するような表現を使わなければならないことに、時代の制約を感じます。登場する同性愛者も、不快な人物ばかりですし(同性愛者に限らず、不快な人物が大勢登場する作品ですが)。男性の同性愛としては、老貴族と身分の低い若い男性との関係が書かれるのですが、同性愛が犯罪だった時代には、同じ階級同士では関係を持ちにくかったのだろうか。といった疑問を解くには解説本を読むしかないのだろうけど、10巻プラス解説書なんて、さすがにそこまで時間をかけたくないなぁ。

トニ・モリスン『ソロモンの歌』(金田眞澄訳・早川epi文庫)

 モリスンは、アメリカのノーベル文学賞受賞作家です。マジックリアリズムを加味したフォークナーのような雰囲気ですが、フォークナーよりはかなり読みやすかったです。中上健次の『枯木灘』を思い出しました。生まれた土地と血脈に縛られた青年が、親や先祖の生き方を知ることで、自分自身を見つめていくという…大阪郊外に生まれ育ち、18歳でそこを離れた私には、土地や血の呪縛といったものは体感できにくいのですが、小説のテーマとしてはとても興味深いです。初期作しか読んでいない中上健次を、もっと掘り下げて読んでみたくなりました。

 青空文庫では、宮本(中條)百合子の作品を四つ読みました。
 数年前に有島武郎の『或る女』を読んだ時、Amazonのレビューで百合子の『伸子』と比べるレビューを見かけたのが、彼女の作品との出会いです。
 それまでは、夫が共産党の幹部、宮本顕治ということで、何となく敬遠していたんですね。宮本氏が活動していた時期は知らないのですが、引退状態なのに、影響力があるというのが、かえって生々しくて。
 私と同じ理由で彼女を避けていた方は少なくないと思うのですが、そんな理由で避けるのはもったいない作家です。宮本氏も亡くなられて(2007年)、彼女の小説を政治や夫の思想と切り離して読める時が来たのではないでしょうか。
 

『貧しき人々の群れ』

 今の福島県郡山市にある祖父母の家で出会った、村の人たちの暮らしを書いた作品です。当時は、都市と農村では生活水準が全く違ったようで、佐藤春夫の『田園の憂鬱』では、田舎住まいで大自然に癒されるつもりが、自分とはあまりにも違いすぎる人たちとの付き合いに疲れ果て、余計に心を病む様が書かれていました。この小説の主人公は、村の人たちの貧しさに心を痛め、自分なりにできることを探すのですが、気持ちをわかってもらえなかったり、事態を悪化させたりしてしまいます。この状況を変えるにはどうすればいいのか。自分に何ができるのか。答えはでません。
 作者の豊かな感受性と鋭い観察眼、両方を感じることができる作品でした。

『伸子』

 最初の夫との出会いから別れまでを書いた、自伝的な小説です。両親が存命中の作品なので、少しぼかされていますが、母親と百合子は強い愛憎関係にあり、息苦しい娘時代を送っていたようです。そんな生活から抜け出したいと思うあまり、主人公の伸子は、留学中に出会った十五歳年上の男性に空想的な憧れを抱いてしまい、親の反対を押し切り、彼との結婚を強行することになります。
 「親から離れるための結婚」というのは、今でもよく話に聞きますが、伸子は、思い込みだけで結婚したために、安定した生活を望む夫との間に軋轢が生じてしまいます。そうなると、母親が夫婦の問題に口を挟んできて、更に夫との仲がこじれるという、毒親育ちにありそうな展開でした。
 世間の規範に囚われず、自分らしく生きたいと願う主人公と、穏やかな生活を望む夫。「新しい女」と家父長制との争いという意味では、『或る女』と同じテーマです。男である有島武郎は、自分らしく生きたいと望んだ主人公を罰しますが、伸子は…。
 愛の始まりと終わり。結婚生活の理想と現実。女性に経済力がなかった時代には、自立した生活を願う伸子の姿は、夢物語に思えたかもしれませんが、女が一人で生きられるようになった今では、彼女の迷いや望み、過ちさえも、非常に身近なものに感じられるのではないでしょうか。
 特に女性の方には、ぜひご一読いただきたい作品です。

『播州平野』

 終戦前後の日々を書いた自伝的な小説です。
 百合子は宮本顕治と1932年に結婚するのですが、直後に夫が地下にもぐり、翌年には逮捕されてしまうため、一緒に暮らしたのは二ヶ月だけ。その後の十数年は、手紙やガラス越しの面会で意思の疎通を図るしかなかったんですね。そのためか、夫への思いが非常に強く、夫や夫の家族のために、終戦前後の混乱期を、福島→山口→兵庫(播州平野)と移動することになります。
 空襲、混み合う列車と焼け野原になった沿線の諸都市、枕崎台風…。空襲のない日々に安堵しながらも、指針を失い、うごめく人々。辛い出来事や暗い話も多く出てきますが、それ以上に、主人公の行動力と未来を信じる気持ちが心に残る作品でした。

*これだけ苦労して再会した夫なのに、六年後に百合子が亡くなった時には、既に百合子の秘書とデキていたと、現代史に詳しい知人が教えてくれました。非常に頭の良い人なのに、最初の夫といい、男を見る目はなかったようです(才女にはよくある話ですが)。

『二つの庭』

 『伸子』の続編です。両親が亡くなった後に発表された作品なので、母と伸子の愛憎関係が詳しく書かれています。
 母親は感情的で直感的、悪い人ではないのですが、すべてを自分の視点でしか見ることができません。娘を愛しているのに、娘のあら探しばかりしてしまう。うちの母親とそっくりなので、伸子に感情移入してしまいました。
 母親が雑誌に載った『伸子』を読んで、ダメ出しする話は、他の女性作家でも聞いたことがあります。昔、母に学校に提出する作文をボロクソけなされたものですが、プロの作家にダメ出しする母親に比べれば、学校の作文ぐらいはまだマシですね。
 『二つの庭』は、夏目漱石の『道草』と並ぶ傑作毒親小説だと思います。
(この小説のもう一つのテーマ、ロシア文学者の湯浅芳子との共同生活については、続編『道標』の感想と一緒にまとめる予定です。芳子は同性愛者なので、二人の関係はジェンダー的な文脈でも注目されているようです)



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