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iNa_短編小説まとめ

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自分自身で書いたnoteの短編小説のまとめです。色々試しながら書いているので、文体とか内容とかトーンとかバラバラです。色々読んで見ていただけたら嬉しいです🐄🐄🐄
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#グラフィックデザイン

self service

self service

 昨日は雨が降っていたような気がする。昨日だったような気もすれば一昨日だったような気もしてくる。それとも今日なのかもしれない。底の見えない深い沼のような濃い緑色の遮光カーテンに閉じられて外の様子はわからない。あのカーテンを開ければ済むことだけれどそのためだけに腰は持ち上がらない。検索してサッと調べればすぐにわかることなのに別にそこまで知りたいわけでもないから、天気予報とは別に今日は誰がどんなことを

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eclipse

eclipse

 きっと意味のないところで鳥は鳴かない。
 そう教えてくれた人の想い出はぼんやりと、竹と樹々で陽の光を阻んで薄っすらとした公園の記憶と共にある。ただそれが幾つの時だったのかは思い出せやしないし、ましてやそんな公園があったのかすら疑わしいくらい、今ではアスファルトに靴を擦り減らし陽を遮るのは鉄筋コンクリートのビル群という大都会を歩く日々。鳥の声は聞こえるようで聞こえず、排気ガスの音が減ったとはいえ、

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枠内

枠内

 目の前にいたその女は画面とは別物だった。
 画面からそのまま飛び出た姿を何度となく思い浮かべて、特に昨日の夜はじっくりと食い入るように眺めて少し長めに慰めていただけに、期待と現実との溝は深すぎて思わずスマホの厚みを確認したけれどいつも通り薄っぺらくて軽い。
 液晶が薄かったからなのか、夜になると眩しいくらいの光源だからなのか。ほんのりと内側に赤らみがあるようでキメの細かい色白の肌に、頬のあたりが

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不浄

不浄

 ゆっくりと静かに開かれた扉からは女性が出てきた。このタイプの扉であれば多少は金属の擦れる音がしそうなものだが、木琴を綿糸のバチで優しく打つように小気味良く取っ手を捻った音しかしなかった。音を表したように軽やかでいて落ち着きのある若い女性で、彼女は爽やかな甘みのある、あれはなんという花だったか白く艶のある花びらが頭に浮かんでくるような香りと一緒に、すみませんと息を吐く程度に小さい声で狭い通路を私を

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下道と高速

下道と高速

「雪が降ったら火の元注意」という小学生が絵を描いたらしいポスターの横に「毎週あなたを待ってます。継続に裏切られるな。」と二行に言葉を積まれたスポーツクラブのビラが貼られている。歩いていても気づかれない場合もあるだろうに道路の隅に建てつけられ自然に風景と馴染んでいる雨風にさらされた白い立札には上原自治会掲示板と書かれており文字は所々が削れていた。このポスターやビラがいつ掲載されたもので、いつまでこ

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規則の海

規則の海

 身体が温まると目の前にいるわたしが見えなかった。多分見えるはずの私は毛をむしられた鶏皮のような肌の色をしていて規則性なくむやみやたらに押された小さい黒子が並んでいる。赤い絵の具の筆を水につけた時くらいにほんのりと火照って水滴がいくつかついているであろう顔はきっとそそり勃たせるような艶かしさを孕んでいると私は思う。

 今日は一週間ほど前の春の陽気は何処へやらと天気予報を伝える勘所の悪そうなキャス

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ホワイトシチュー

ホワイトシチュー

 カレーが先に出てきた。飲み物よりも何よりも先に。スプーンより先に出てきたことには逆に気づかなかった。
 曇りの森の中のような静けさと薄暗い店内に音楽は流れていなかったが二人組の客の話し声が背後から聞こえてくる。後から差し出されたスプーンを片手にまじまじとカレーを見つめると想像していた色よりだいぶ薄かった。店内の暗さが視覚をおかしくしているのか、口にしてみると柔らかく口に馴染んでいくような甘さがあ

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折られた翼

折られた翼

 道端に靴下が落ちていた。
 昼間、車通りの多くない住宅街にポツンと置かれた小さな畑の小脇に片足分だけ落ちている。誰かが避けてくれたのかところどころくすんで黒ずんだ車道外側線の白の上に、まだそれほど使い込まれておらず汚れていない無地で白色の靴下。スポーツメーカーのロゴが入っており子供サイズではなく、大人用のサイズではあるが男女どちらのものか区別はできない。
 一昔前であれば男性のものであろうとすぐ

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