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紅筆伝 1-3

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第一章 一話へ

 
     三
 
 真子は、さっそくランドセルを置いて、錦のいる池へと向かった。ねえ、にしき、あのね、みかんちゃんの所へ飛んで行ってほしいの。と、池に向かって、機嫌よさそうに声をかけている。
 あの錦をタクシー扱いできるのも真子だけだ。僕は、娘のその天真爛漫な様子を眺めながら、「ほら、ばか鬼。さっさと起きて、真子の後について行け」と、背中を軽く踏みつけた。
 八枯れは、ぐう、と丸まった背中を踏まれながら、低い声で鳴いた。「貴様、調子に乗るなよ」と、睨み上げてきたが、僕は肩をすくめて、顎で池の方を示した。
 「なんで、わしがあんな小娘のお守りをせにゃならんのだ」と、全身から不服そうな声を上げて、伸びをした。
 「仕方がないだろう。真子には力が無いんだ」
 「だから何だ。わしには関係ない」
 「あんな幼い子供を一人、タチバナの店によこす訳にはいかんだろ。お前がちゃんと守れ」
 楽しそうに、錦と話している真子を眺めながらそう言うと、八枯れは、呆れたように、ふん、と鼻を鳴らした。
 「貴様の子供だろうが。自分で守れ」
 「僕はこれから仕事なんだよ。お前がいれば安心だ」
 「育児放棄で、児童相談所に連れて行くぞ」
 「どこでそんなことを覚えるんだ、お前」
 赤也は首をかしげて、八枯れの顔を覗き込んだ。それと同時に、池の方から真子の明るい声が、八枯れを呼ぶ。ねえ、はやく八枯れも来てね、みかんちゃんと仲良しなんだから。
 そう言われ、「ふざけるな。あんな赤也を女にしたような化け物、冗談じゃないぞ」と、顔を上げた。見ると、すでに錦の背中にまたがって、おいで、おいで、と手を振る真子の姿がある。
 呆れてため息をつくと、八枯れは諦めたのか、錦の尾っぽに乗った。
 「先に言っておくが、わしは絶対、何もせんからな」
 不服そうにそうつぶやいたが、真子は聞く耳を持たず、いってきます。と、僕に向かって手を振っていた。


   四へ続く


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