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紅筆伝 1-2

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   二
 

 「ねえ、お父さん。ここにいる?」
 襖の向こうから、鈴のように明るい声がした。
 僕の娘、坂島真子(さかじままこ)だ。
 すら、と開いた、襖から顔をのぞかせた真子は、黒いツインテールを揺らして、顔をのぞかせた。今朝、邪植が丁寧に結んでいたものだ。
 「あら、真子ちゃん、お久しぶりね」
 東堂がそう声をかけると、シマ子ちゃん、こんにちは。と、にこにこと笑って挨拶をしていた。
 「あのね、真子、これからみかんちゃんのところ遊び行きたい」
 真子は、僕を見つけると、爽やかにそう言った。学校から帰って来たばかりなのか、ランドセルを背負ったままだ。
 「みかんちゃん」とは、タチバナの愛称である。この家で、唯一タチバナのことを恐れず、そんな呼び方をするのは、真子くらいのものである。
 その歯並びの良い綺麗な笑顔を眺めながら、僕は苦笑を浮かべる。
 「良いけれど、八枯れを連れて行きなさい」と、言う。すると、座敷の上で、ぐーすか寝ている猫が、不機嫌そうに、一声鳴いた。
 幸い、真子は、僕に似ず、活発で明るく、純粋でまっすぐな子に育った。そして、彼女には、霊力が無い。
 代わりに、人を疑うということを知らず、タチバナと八枯れ達にいつも守られている。もちろん、僕にとっても、愛しい愛娘だ。もし、手を出そうものなら、死よりも痛い目に合わせる予定である。
 真子は、八枯れや、錦、邪植等、僕を通じて契約を交わしたもの達を視ることはできるが、基本的に奇妙なものを視ることはない。
 そのため、危機管理能力に乏しい。八枯れ曰く「登紀子の母親に似たんじゃ。性格は、父親そっくりだがな。無鉄砲な上に、能力が無いとは、まったく面倒な」と、舌打ちをしていた。
 登紀子とは僕の祖母で、少し変わった能力を持っていた。そして、祖母の父は更に強い力を持っていた。そのため、大変変わっていた上、明るく、何でも前向きに無鉄砲だったそうだが、当時の写真などは残っていない。
 しかし、何故か、若い頃の祖母と、曾祖母の写真だけは残っていたため、一度だけ、顔を見たことがあった。名前は、由紀と言う。目が見えなかったらしいが、強くて、穏やかで、優しい女性だったそうだ。
 「しかし、なんでお前、ばあさんのお母さんの写真だけ持ってるんだ?」と、一度聞いたことがあったが、八枯れは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せただけで、何も答えなかった。



      三へ続く
 


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