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シンシア・チャン「安倍晋三はなぜ暗殺されたのか:〈ヨーロッパ合衆国〉と〈国際連盟〉を目指して」 (2023年2月6日)

2023年2月6日
Cynthia Chung(シンシア・チャン)
Rising Tide Foundation 設立代表、カナダ ケベック州モントリオール在住、著書『The Empire on which the Black Sun Never Set』https://www.amazon.com/Empire-which-Black-Never-Anglo-American/dp/B0BLG5T32L

翻訳元 https://cynthiachung.substack.com/p/why-shinzo-abe-was-assassinated-towards
〈初出:https://thesaker.is/why-shinzo-abe-was-assassinated-towards-a-united-states-of-europe-and-a-league-of-nations

訳者より
シンシア・チャンの本論考は、世界経済の「制御された崩壊」と「管理された統合」についての記述です。安倍晋三元首相の暗殺にかかわらず日本人なら漠然と感じている、日本経済を囲む圧力、主権国家の防衛と成長が抱えた戦後のゆがみ、日本が回避を許されないような危機について詳述されています。大筋で日本にとって新しい視点が示されるというよりは、汎ヨーロッパ運動に遡る西欧中心思想の根拠と、経済学者リチャード・ヴェルナーの著書 "Princes of the Yen"に多くを負う形で、IMFの役割、アジアにおけるニューヨーク・オフショアセンター、欧州中央銀行を通した金融支配の細部を明確にしてくれています。プラバト・パトナイク「IMFがウクライナを西側諸国の属国にした理由」と合わせて、今日の世界情勢掌握の一助となるでしょう。


本文

すでに『日本は、アメリカによるアジアへの軸足移行の犠牲として自らの喉を切り裂くことを厭わないのか?』で述べてきたように、日本は世界経済の時限爆弾と化している。本稿はその続編である。

この状況は日本にとって予想外の結果ではない。過去50年間、三極委員会(訳注:日・北米・欧、1973~)によって政策見通しとして取り組まれてきたことである。ただし、この機関に限定はされない。まず、第一次世界大戦を始めた人々のウィッシュリストに国際連盟の構想があり、それは地域化した単一世界政府が帝国に奉仕するという構図を世界に受け入れさせるというものだった。さらに、イタリアとドイツにおける「国家社会主義者の」ファシズム台頭を介し、国際連盟の構想をもういちど実現しようとしたのが、世界恐慌である(経済危機がなければ不可能)。そして構想の実現を強行しようとする必死の企ての中で、第二次世界大戦は引き起こされた(詳しくはこちらこちらを参照されたい)。

常に肝心なのは、世界に国際連盟組織を獲得することであって、民主主義者を自称してきた人々はその構想を実現するために、しばしばファシストを自称する人々と同じ部屋にいた。

汎ヨーロッパ主義の父であるリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵は、1943年の自叙伝『汎ヨーロッパのための十字軍』で次のように書いている(彼はたまたま親ファシストでもあった)。

「反ファシスト達はヒトラーを憎んでいた…..しかし彼らは….ヒトラーの成功の道の敷石を固めた。なぜなら、この反ファシスト達は、1933年と1934年の間にヒトラーの最強の敵であったムッソリーニをヒトラーの最強の味方に変えることに成功したからだ。イタリアとスペインの反ファシストたちの、冷酷な政敵に対する当然の勇敢な闘いを責めるつもりはない。しかし、私は、特にフランスの民主主義政治家たちを非難する。彼らはムッソリーニをヒトラーの味方として扱い、彼はそうなったのだ。」

カレルギー、また同じような血統を持つ多くの「エリートたち」によれば、ファシストの汎ヨーロッパ支配が起こることは避けられない。カレルギーは反ファシストと民主主義者のこの「必然」に対する抵抗を明らかに軽蔑している。カレルギーからすれば、より「平和的」なファシズムへの移行に反対する反ファシストや民主主義者の抵抗が、ファシズムが暴力的な力で押しつけられねばならない状況を作り出してしまった。カレルギーの目には、これらの国々の悲劇は単に「民主的な」条件でファシズムを受け入れていれば避けられたかもしれないものであった。

リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵は、もう一つの自叙伝『思想が世界を征服する』の中で次のように書いた。

プロパガンダのための集団催眠術の使用は、危機の時に最も成功する。国家社会主義が権力を握ったとき、何百万人ものドイツ人が完全にバランスを崩していた。中流階級の家庭はプロレタリアートのレベルに落ち込み、労働者階級の家庭は仕事を失っていた。第三帝国は、立ち往生した人々、社会的地位を失った人々、そして無意味になった存在の新しい基盤を求める根無し草の人々にとって、最後の希望となった。
1923年のインフレ、1930年代初頭の不況そして失業の波という、ドイツの二つの大きな経済危機と重なって、ヒトラーの二つの革命があったことを思い起こせば、ヒトラー運動の経済的背景は明らかであろう。その間の6年間は、ドイツにとって比較的豊かな時期で、ヒトラー運動は事実上存在しなかった。」(強調は著者)

汎ヨーロッパ主義の父、EUの精神的父であるリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵は、オーストリアやイタリアのファシズム、さらにカトリックのファシズムについてもよく述べてきたが、彼の上記の引用はまた別の不気味さを帯びている。カレルギーは、ドイツに2度の極度の経済危機がなければ、ヒトラーの台頭は不可能だったことを認めている。問題はここである。これらの危機が有機的に発生したのか、それとも人為的に仕組まれたものだったのか?

カレルギーは、1954年の『思想は世界を征服する』の中で、「ヒトラーの人気が主に彼がベルサイユ条約に対して行った熱狂的な闘争にかかっていたことは疑いの余地がない」と書いている。

カレルギーが身を置いていた政治生態系を見ると、上の疑問のヒントが得られるだろう。マックス・ウォーバーグ、ルイ・ロスチャイルド男爵、ハーバート・フーバー、フランク・ケロッグ国務長官、オーウェン・D・ヤング、バーナード・バルフ、ウォルター・リップマン、ハウス大佐、タスカー・ブリス将軍、ハミルトン・フィッシュ・アームストロング、トマス・ラモント、ヒューズ判事といった人物がそこには含まれていた。これらの人物は、自伝の中でカレルギーが直接アメリカでの支持基盤として名前を挙げているものだ。彼らは、カレルギーが提唱した汎ヨーロッパ主義、別名「ヨーロッパ合衆国」を断固支持し、国際連盟構想の強固な支持者であり、ヴェルサイユ条約を引き起こしたパリ講和会議(1919-20)の立役者で、ドイツを極度の経済危機の第一波に乗せたのだった。(この詳細はこちらを参照されたい)

先の論文『日本は、アメリカによるアジアへの軸足移行の犠牲として自らの喉を切り裂くことを厭わないのか?』では、 極端な構造改革を推し進めるために経済危機を引き起こすという、これこそが三極委員会の目的であることを論じた。

金融アナリストで歴史家のアレックス・クレイナー氏はこのように書いている

「三極委員会は1973年7月、ロックフェラー、ブレジンスキー、そしてアラン・グリーンスパン、ポール・ヴォルカーを含むアメリカ、ヨーロッパ、日本の銀行家、公務員、学者のグループによって共同設立された。これは、今日の西側帝国の3ブロック構造を構成する国家間の緊密な協力を促進するために設立されたものである。その「緊密な協力」は、不死身の大英帝国の執政官が策定した帝国の「3ブロック・アジェンダ」のまさに基礎となることを意図していた。」

三極委員会の形成にあたっては、アメリカにおけるイギリスの手先である外交問題評議会(Council on Foreign Relations:CFR)(別名:王立国際問題研究所の子飼い)が組織した。王立国際問題研究所は英王室の筆頭シンクタンクである。

1978年11月9日、三極委員会のメンバーであるポール・ヴォルカー(連邦準備制度理事会議長、1979~1987)は、イギリスのウォーリック大学での講演で次のように断言する。「世界経済の制御された崩壊は、1980年代の正当な目的である」。しかし、それはもはやそのような名前ではなく「管理された統合 managed integration」と呼ばれるようになるだろう [1*]。これは、ミルトン・フリードマンの「ショック療法」を作ったイデオロギーでもある。

1975年、CFRは〈1980年代プロジェクト〉と名づけた世界政策の公開研究を開始した。そのテーマは、世界経済の「統制された崩壊」であり、報告書は赤裸々にその政策が世界のほとんどの人々にもたらす飢餓、社会的混乱、死について示した。

これはまさに日本が経験してきたことであり、経済学者のリチャード・ヴェルナーはその著書 "Princes of the Yen"『円の支配者』で実証し、同名のドキュメンタリー映画も制作されている。日本経済は、極端な構造改革の必要性を正当化する経済危機を引き起こすために、でっちあげられたバブルを経験したのである。

ここでは、アメリカ、タイガー・エコノミー、ヨーロッパが同じように製造された経済危機をどのように経験し、それが今日の世界にとって何を意味するのか、ヨーロッパが「ヨーロッパ合衆国」モデルを採用した結果どうなったのか、国際連盟という単一世界政府モデルと主権国家による多極的枠組みはどう違うのかについて簡単に説明する。最後に、なぜ安倍晋三が暗殺されたのかについて述べ、本論文を締め括ろう。

コロニアリズム2.0:タイガー・エコノミーのアジア経済危機

1990年代、世界恐慌以来の深刻な不況に陥ったのは、アジアで好成績を収めた日本経済だけではなかった。1997年、東南アジアのタイガーエコノミーの通貨は、米ドルとの固定相場を維持できなくなり、1年のうちに60〜80%も暴落した。

この暴落の原因は、1993年にまでさかのぼる。この年、韓国、タイ、インドネシアといったアジアのタイガー・エコノミー圏は、積極的な資本勘定の規制緩和政策とニューヨーク・オフショア・センターであるIBFの確立によって、企業や銀行が戦後初めて海外から自由に借入を行えるようになったのである。しかし、実際には、アジアのタイガー・エコノミーは海外から資金を借りる必要はなかった。国内投資に必要な資金はすべて自国内で調達できたのである。

《Princes of theYen》のドキュメンタリーはこう述べる:

「実際、資本の流れを自由化する圧力は外部からのものでした。1990年代初頭から、IMF、世界貿易機関、米国財務省は、国内企業が海外から借りることを許可するよう、これらの国々に働きかけてきました。彼らは、自由な市場と自由な資本移動が経済成長を促進することを新古典派経済学が証明したと主張しました。

資本勘定が規制緩和されると、中央銀行は、米ドルで借りるよりも自国の通貨で借りる方が高くつくことで、国内企業が海外から借りる魅力的なインセンティブを作り始めました。

中央銀行は公式声明で、借り手が当初借りていたよりも多くの自国通貨で返済することを心配する必要がないように、米ドルとの固定為替レートを維持することを強調しました。銀行は融資を増やすよう命じられました。しかし、企業は代わりに海外から借りるインセンティブを与えられていたため、生産者の経済部門からの融資需要は減少しました。そのため、銀行はリスクの高い借り手への融資を増やすことに頼らなければなりませんでした。

中央銀行が通貨を米ドルに固定することに合意したため、輸入は縮小し始めました。経済の競争力は低下したものの、国際収支統計では輸出として計上される外国発行の貸付により、経常収支は維持されました。投機筋がタイバーツ、韓国ウォン、インドネシアルピーを売り始めたとき、それぞれの中央銀行は外貨準備をほぼすべて使い果たすまでペッグ制を維持しようと無駄な努力をしたのですが、これによって、外国の貸し手は過大評価された為替レートで資金を引き出すのに十分な機会を得ました。

中央銀行は、各国が外貨準備を使い果たした場合、デフォルトを回避するためにIMFを呼ばなければならないことを知っていました。そして一旦IMFが入れば、中央銀行はこのワシントンに本拠を置く機関が何を要求するかを知っていました。このような場合のIMFの要求は、過去30年間同じだからです。中央銀行を独立させるのです。(そしてIMFの命令に従わせる)

7月16日、タイの財務大臣は飛行機で東京に向かい、日本に救済を求めました。当時、日本には 2,130 億米ドルの外貨準備高があり、IMF の総財源を上回っていました。彼らは喜んで協力するつもりだったが、ワシントンは日本のイニシアチブを止めました。新興アジア危機の解決は、IMFを通じてワシントンからもたらされなければならなかったからです。

2カ月にわたる投機的な攻撃の後、タイ政府はバーツを変動相場制にしました。

IMF はこれまでに、窮地に陥ったタイ、インドネシア、韓国に約 1,200 億ドルの支援を約束しています。危機に見舞われた国々に到着するとすぐに、IMFチームは中央銀行内にオフィスを設置し、そこから降伏条件に相当するものを決定しました。IMFは、中央銀行と銀行の信用創造の抑制、大規模な法改正、金利の急上昇など、一連の政策を要求しました。金利が上昇すると、リスクの高い借り手は貸し倒れを起こすようになりました。

タイ、韓国、インドネシアでは、多額の不良債権を抱えた銀行が破綻しました。健全な企業でさえ、信用収縮の影響に苦しみました。企業倒産は急増し、失業率は1930年代以来の最高水準にまで上昇しました。」

IMFは、自分たちの政策がどのような結果をもたらすかをよく理解していた。韓国の場合、金利が5%ポイント上がったら、韓国企業が何社倒産するかという、詳細だが非公開の研究まで準備されていた。IMFと韓国との最初の合意では、金利をちょうど5%ポイント上げることが要求されていた。

リチャード・ヴェルナーはインタビューで次のように述べている。「IMFの政策は明らかに、アジア諸国の経済回復を目的としていません。IMFの政策は、アジア諸国の経済的、政治的、社会的なシステムを変えるという、全く異なる課題を追求しているのです。実際それは韓国やタイのような関係国のリフレーション(通貨再膨張)を妨げています」。

インタビュアー「興味深いですね。つまり、危機を悪化させているのは、IMFに隠された意図があると言いたいのですか?」

リチャード・ヴェルナーはこう答えた。「このアジェンダが隠されているわけではありません。IMFはアジア諸国に対して、外国の利害関係者が銀行から土地まで何でも買えるように法律を改正するよう、はっきりと要求していますから。実際、銀行システムの資本増強は、IMFの取引では、全く必要のない外貨を使うことによってのみ可能なのです。これらの国に中央銀行がある限り、お金を印刷して銀行システムの資本増強を行うことができるのですから、そのために外国のお金は必要ないのです。つまり、その目的は明らかに、外国の利益のためにアジアを開放することなのです。」

IMFは、経営難に陥った銀行を救済するのではなく、閉鎖して不良資産として、米国の大手投資銀行に安く売却するよう要求した。ほとんどの場合、IMFが指示した「趣意書」には、銀行を外国の投資家に売却しなければならないことが明示されていた

アジアでは、経営不振に陥った金融機関を存続させるために政府が組織的に救済することは許されなかった。しかし、その1年後、アメリカで同じような危機が発生したとき、まったく同じ金融機関が異なった対応をした。

《Princes of the Yen》 のドキュメンタリーはこう述べる。

「コネチカット州に本拠を置くヘッジファンドの ロングターム・キャピタル・マネジメントは、富裕層のみの個人投資家と機関投資家を顧客に持ち、50億ドルの顧客資本を25倍以上にレバレッジし、世界の銀行から1000億ドル以上を借り入れていました。その損失が融資した銀行を蝕み、米国の金融システムと経済を危険にさらす体系的な銀行危機の可能性が出てきたとき、連邦準備制度理事会は、デフォルトを回避するために、ウォール街と国際銀行に資金を提供させ、カルテル的救済を組織したのです。

米国は、自国内では同じルールを実施するつもりがないのに、なぜ自由市場の名の下に外国に要求するのでしょうか?

日本やアジアの危機の例は、経済的所有権の再分配を促進し、法的、構造的、政治的変化を実現するために、危機がどのように操作されうるかを示しています。」

アジアの銀行が救済されることを禁じられたのは、アジア経済を外国に買い取らせるためだ。IMFが帝国の植民地目標を保証している今、誰がイギリスの東インド会社を必要としたのか。

IMFと三極委員会の "それほど隠されていない "アジェンダ


IMFは明らかに西側の銀行によるアジアの買収に照準を合わせているが、その勢力圏内にあるヨーロッパとアメリカにとって「課題(アジェンダ)」は何だったのだろうか。帝国の略奪物から利益を得られるのだろうか?

これに対する短い答えは、もう明らかだろうが、「ノー」である。

アメリカとヨーロッパででっちあげられた危機は、より小さな集団に権力をさらに集中させるためのものであり、これらの地域にたまたま住む人々、あるいは土地の主題というべきものには何ももたらさない。

ヨーロッパは特に、「ヨーロッパ合衆国」のビジョンに固執したために、自らを傷めつけることになった。ユーロ圏の国々は自国通貨を持つ権利を放棄し、この権限をすべての中央銀行の中で最も強力で秘密主義の欧州中央銀行 (ECB) に渡してしまった。

このようなシステムの下では、ヨーロッパのどの国も自国の経済をコントロールすることができず、ECBの決定に完全にさらされるのだ。

リチャード・ヴェルナーは次のように述べた。「ECB は金利よりも信用創造にもっと焦点を当てるべきです。ECBは過去の失敗から学ぶべきことがたくさんあります。なぜなら、基本的に信用創造を十分に注意深く観察していなかったと思うからです。スペインやアイルランドでは、ECBの監視下で大規模な信用拡大が行われましたが、金利はもちろんユーロ圏で同じですが、信用循環の量は大きく異なります。ユーロ圏全体の金利は一つですが、2002年にECBはブンデスバンク(ドイツの中央銀行)に史上最大の規模まで信用創造を削減するよう命じ、アイルランド中央銀行には明日が来ないかのようにお金をたくさん刷るように命じました。どうなると思いますか? 同じ金利です。同じ成長でしょうか? いいえ、ドイツでは景気後退、アイルランドでは好景気です。どの変数がそれを教えてくれますか? 信用創造です。」

2004年からECBの監視下で、アイルランド、ギリシャ、ポルトガル、スペインの銀行信用の伸びは年率20%以上増加し、不動産価格は急騰した。銀行の信用が落ちると、不動産価格は暴落し、デベロッパーは倒産し、アイルランド、ポルトガル、スペイン、ギリシャの銀行システムは破綻した。

《Princes of the Yen》のドキュメンタリーはまたこのように述べる。

「ECBはバブルを防ぐことができたし、その後の銀行危機や経済危機を終わらせることもできたはずでした。しかし、各主権国家から欧州連合への財政および予算権限の移管など、主要な政治的譲歩がなされるまで、それを拒否しました.。

スペインとギリシャでは、若者の失業率が50%に達し、多くの若者が海外に就職することを余儀なくされています。ECBの意思決定機関の審議は秘密です。例えば民主的な議論や討論を通じてECBに影響を与えようとする試みは、マーストリヒト条約により禁じられているのです

ECBは国際的機関であり、個々の国の法律や管轄権の外にあります。上級職員は外交官パスポートを所持しており、欧州中央銀行内のファイルや文書は、いかなる警察や検察も、捜査や押収を行うことはできません
欧州委員会は、統一国家のような装飾を施した「ヨーロッパ合衆国」を建設することを目的とした非選出グループであり、個々の政府を弱体化し欧州の民主議会の影響力を弱めることに関心を持っています。マーストリヒト条約で頼りにされた中央銀行の独立性の根拠は、他ならぬ欧州委員会自身が依頼した一つの研究に由来することが判明しました。」

「ヨーロッパ合衆国」のファシズム的ルーツ

1930年2月15日、チャーチルは《サタデーイブニング》誌に「ヨーロッパ合衆国」と題する記事を発表し、次のように書いている[1]。

「汎ヨーロッパの思想の復活は、クーデンホーフ=カレルギー伯爵とほぼ同じです。国際連盟は、米国がおのれの広大で増大する利益を考慮して軽率にも脱退したため、形式的にはともかく事実上は、主としてヨーロッパの機関とならざるを得なかったものです。クーデンホーフ=カレルギー伯爵は、ヨーロッパの力、利益、感情をひとつの枝に集中させ、それが成長した場合、幹自体になり、明らかな優位性を獲得することを提案しました。ヨーロッパは、その分裂がなければどれほど強大か、考えてみてください。カレルギー伯爵が提案するように、またすでに大きな事実となっているように、ロシアをアジアに後退させればよいのです。彼の計画では除外された大英帝国は、自らの世界的な理想を実現しましょう、しかし、ヨーロッパの塊は、いったん統合され、いったん連邦化または部分的に連邦化され、いったん大陸的なヨーロッパ自己認識を持ち、アフリカやアジアの所有地やプランテーションとともに、比類のない有機体を構成するでしょう。」(強調は筆者)

リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵は『思想は世界を征服する』の中でこのように述べた。

「ヨーロッパ人の意識は十字軍の時代に初めて現れたのだということに、私は驚いた。ローマ帝国の崩壊後、十字軍はヨーロッパの連帯を最も精力的に表現したものであった。しばらくの間、王、君主、都市の間の確執は、共通の大義のために沈められた… ようやく1834年、マッツィーニは、ナショナリズムと民主主義を基礎に新しい統一ヨーロッパを建設するため、既存のすべての革命運動を調整するための運動、ヤング・ヨーロッパを設立した」。(強調は筆者)

汎ヨーロッパ運動は、オーストリア学派のモン・ペルラン協会の「リベラルな革命家」と奇妙な結びつきを持っていた :
上段: リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵と彼の1923年のマニフェスト、オットー・フォン・ハプスブルク大公、下段: ナチの地政学者カール・ハウスホーファー、ムッソリーニ、ヒャルマル・シャハト、ウォルター・リップマン、投資家のマックス・ウォーバーグ

興味深いことに、カレルギーは、「ナショナリズムと民主主義を基礎とする統一ヨーロッパ」に向けた最も近代的な組織者であるとみなしたジュゼッペ・マッツィーニを、イタリアにおけるファシズムの先駆者であるとも考えていたと書いている。カレルギーは次のように述べる。[2]

「当時のイタリアのファシズムは、議会主義や民主主義とはまだ決別していなかった。イタリアの新政権は連立政権であり、立憲君主制の原則を尊重してそれに新たな活力と権威を与えるように装っていただけだった。新政府は、若者の英雄的本能、犠牲の精神と理想主義に訴えかけていた。宗教的価値観と古代ローマの輝かしい伝統に対する尊敬を回復しようとした。そして、マッツィーニをファシズムの先駆者として称えた。」(強調は筆者)

十字軍のテーマは、カレルギーが汎ヨーロッパを目指す上で中心となるものであり、彼は汎ヨーロッパの大義のために旗に十字軍のシンボルを取り入れたりもした。

左上 : テンプル騎士団の十字架を特徴とする クーデンホーフ=カレルギーによってデザインされた汎ヨーロッパ連合の 1923 年のオリジナルの旗。 右上: 汎ヨーロッパ旗の修正版 (日付不明)、
左下: 今日の EU で見られる最終版のデザイン

1943年の自叙伝の中で、カレルギーは汎ヨーロッパの十字軍というテーマをさらに拡大した次のような文章を残している[3]。

「私は、この運動のシンボルとして、黄金の太陽の上に赤い十字架を重ねたものを選んだ。赤十字は、中世の十字軍の旗であり、ヨーロッパの超国家的な兄弟愛のシンボルとして最も古くから知られているようだ。また、最近では、国際的な救済活動のシンボルとしても認識されている。太陽は、ヨーロッパ文化が世界を照らすのに貢献したことを表すために選ばれた。このように、ヘレニズムとキリスト教、キリストの十字架とアポロンの太陽は、ヨーロッパ文明の双つの不滅の柱となって並んでいるのである。(強調は筆者)

この「ヨーロッパ合衆国」構想、カレルギー氏の「汎ヨーロッパ」構想は、巧妙かつ不誠実な言葉遊びであった。アメリカはもともと、大英帝国に従属する13の植民地という形で存在していた。しかし、大英帝国からの独立を目指し、アメリカが主権国家としてまとまったとき、建国の父たちはハミルトン銀行を中心に新共和国をまとめあげた。この政治経済の革新は、返済不能の債務を連邦政府の信用システムに変換し、連邦政府の保護主義を導入して地域の産業の成長を促進し、一般的な福祉を向上させる投資に銀行を誘導するものであった。

こうしてアメリカは、一つの通貨と国立銀行を形成し、貿易を促進することで、新しく誕生した国家の経済的主権を維持することができたのである。

このハミルトン主義の経済組織は、今度はドイツの経済学者フリードリッヒ・リストの『政治経済学の国民的体系』に影響を与え、ツォルフェラインにつながった。当時のドイツもアメリカのように地域ごとに分かれており(それまでドイツは国家として成立していなかった)、ツォルフェラインによって、ドイツは歴史上初めて主権国家としての地位を確立し始めたのである。フリードリッヒ・リストはハミルトン経済体制に直接言及しており、ドイツにインスピレーションを与えた。このシステムは、中華民国の父である孫文の『人民の三原則』にも影響を与えたが、これはリンカーン/ヘンリー・C・キャリーの経済プログラムに直接言及したもので、それ自体、アレキサンダー・ハミルトンの経済原則を引き継いだものであった。これはまた、アメリカの親リンカーンの経済学者が日本に滞在し、明治維新で始まった産業成長プログラムを組織するのに貢献するという形でよみがえったのだ。

これが、多極化の枠組みが続けている、主権国家の防衛と成長である。もちろん地域協力がある。鉄道のような多数の国が関わる大きなインフラプロジェクトには地域協力が必要だ。しかし、地域協力は国際連盟のビジョンと混同してはならない。実際に政治的、経済的に何が提案されているかという点で、両者の違いは容易に見分けがつく。近い将来、より直接的にこのテーマを取り上げる論文を書くつもりだが、今のところ、この件については、これを参照していただきたい

国際連盟、汎ヨーロッパ、ヨーロッパ合衆国などの構想の場合、まったく逆のものだ。それは、主権国家の枠組みから権力を奪い、国家を帝国のシステムに従属する属国へと変貌させることである。つまり、「ヨーロッパ合衆国」とは、元の13のアメリカ植民地の援用であり不誠実で誤解を招くものであった。なぜなら、欧州連合(中央集権的政治権力)、欧州中央銀行(中央集権的経済権力)、NATO(中央集権的軍事権力)を通じて、ヨーロッパの国々は、国家経済主権をさらに推進する代わりに、主権を取り除き、中央集権的統制に服従することが期待されたからである。ヨーロッパ内のどの国も、このような締め付けの中では、自分たちの政治的、経済的、軍事的な運命をコントロールすることはできない。

国際連盟の構想が実現するためには、主権国家は解体されなければならない。この話については、拙著『黒い太陽が沈まない帝国』が詳しい。

アメリカとヨーロッパの経済危機が教えてくれたのは、納税者がその代償を払わされるようになるということである。一般市民の権利や福祉がますます関係ないものとみなされるようになり、かつては主権者のものだった経済がごく少数の人々に力を与えるためにますます中央集権的に乗っ取られるということだ。

安倍晋三はなぜ暗殺されたのか

日本の安倍晋三元首相は2022年7月8日に暗殺され、暗殺された時点で日本の首相の座を離れていたが(2006年から2007年、2012年から2020年9月16日まで在任)、日本史上最も長く首相を務め、日本国内の政策形成に大きな影響を与え続けていた。

安倍首相が暗殺されたというニュースは、世界中で両極端の非常に強い感情をもって受け止められた。ある人は彼の死に恐怖を感じ、彼が日本のためにしたことをほとんど聖人のように称賛した。また、日本の帝国時代の暗黒面を復活させようとしたり、第二次世界大戦中の日本のファシストへの敬意を公にしたことから、彼から良いことが起こるはずがなかったと考え、彼の死を有頂天に祝う人々もいた。このニュースがまだ新鮮で、混乱がピークに達していた頃、安倍首相の死を画策したのは中国だと非難する人さえ多く、そのような行為から得をするのは明らかに中国だと考える人もいた。

確かに安倍首相は、日本を帝国主義的な帝国に戻すという非常に危険で破壊的な使命を持っていた。彼は日本政府の危険な民営化を推し進め、富裕層と中流市民の間の格差を拡げた腐敗したインサイダーであった。しかし、彼の死を絶対的な勝利として祝うのもまた、あまりに単純な話である。安倍首相の暗殺から7カ月が経過してはっきりとわかるように、日本は、より平和的になり東側パートナーとの対話の準備が整ったのではなく、むしろ好戦的になり、ますます戦争に熱狂する西側の要求への協力に固執するようになったのである。また、安倍首相が生きていたころはまだ進んでいたロシアや中国との経済的・政治的協力を拡張する動きも大きく断ち切られた。

ペロシが台湾にサーカスツアーを行う数週間前に安倍首相が暗殺されたことも興味深い。ペロシの挑発は軍事的対決には至らなかったが、その意図がなかったとは言えず、中国とアメリカの軍事的対決という点では、まったく違った展開の可能性があった。

読者は、2014年に日本が憲法を解釈変更あるいは「再解釈」し、自衛隊に多くの権限を与え、自衛隊に宣戦布告された場合に「他の同盟国を守る」ことを可能にしていたことをおぼえているだろうか。もちろん、米国はこの動きを全面的に支持したのである。

この憲法「再解釈」によって、日本は事実上NATOの一員となったのである。

2022年12月、日本は新たな国家安全保障戦略を発表した。この新戦略は、防衛費を倍増させる。日本はまた、米国のトマホーク巡航ミサイルの購入や独自の兵器システムの開発など、反撃能力への投資を計画している。

安倍首相は、日本が帝国としての「栄光」の時代に戻るという壮大なビジョンを持っており、それこそが国際連盟のビジョンにとって問題だ。もし日本が他の大帝国と同等、あるいはそれ以上になると考えるなら、それは結局、膝を屈するつもりはないことを意味する。つまり、安倍首相は日本を被支配地の長として売り渡す気はなかったが、それこそを欧米の絶対的命令が日本に本質的に求めているのである。この欧米の絶対的命令の下に、日本が受け入れるよう仕向けられていた運命は、経済的に崩壊し、絶望に沈み、ますます軍国主義的に、過激になり、中国やロシアとの戦争に神風を吹かせて日本文明を破滅させるということだ。安倍首相は、そのような日本の厳しいビジョンに沿うつもりはなかったようだ。

エマニュエル・パストリッチが『安倍晋三大公の暗殺』と題する洞察に満ちた論文を書いた。単にタイトルを読むだけですべてを物語っている。[この論文は『グローバリストがルビコンを渡った時:安倍晋三の暗殺』というタイトルにもなっている]

パストリッチは次のように書いている。

「(安倍は)...打ちのめされたとき、すでに日本の歴史上最も長く首相を務めており、3度目の首相就任を計画していた。

言うまでもなく、世界経済フォーラムの背後にある勢力は、国民国家の中で抵抗を組織することができる。たとえグローバルなアジェンダに適合していても、安倍のような国家指導者を欲しない。

...ロシアの場合、安倍首相は2019年にロシアと複雑な平和条約の交渉に成功し、関係を正常化し、北方領土(ロシア語で千島列島)に関する紛争を解決することができた。彼は、ワシントンが東京へ制裁圧力を強める中でも、日本企業のエネルギー契約を確保し、ロシアへの投資機会を見出すことができたのである。

ロシア政府が日本政府の他の全ての代表者の入国を禁止した後、安倍首相は入国を禁止されなかったと、ジャーナリストの田中宇は指摘する。

安倍は中国とも真剣に関わり、長期的な制度上の関係を固め、自由貿易協定交渉を進め、第15回協議(2019年4月9~12日)で突破口を開いた。安倍首相は中国の有力政治家とすぐに連絡を取ることができ、彼のレトリックは厳しい反中国的なものであったが、彼らからは、信頼でき、予測可能な人物であると考えられていた。

安倍首相暗殺に至るプロセスの引き金となったと思われる決定的な出来事は、マドリードでのNATOサミット(6月28日〜30日)であった。

このNATOサミットは、舞台裏の隠れたプレーヤーたちが、新しい世界秩序の法則を定めた契機だった。NATOは急速に、ヨーロッパを防衛するための同盟を越えて、世界経済フォーラムや世界中の億万長者や銀行家と協力し、別の時代のイギリス東インド会社のように機能する「世界軍隊」として、説明のつかない軍事力に進化する道を歩むのである。

NATO首脳会議に日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの首脳を招待するという決定は、このNATOの変貌の決定的な部分であった。

これら4カ国は、諜報インテリジェンス共有(大規模なハイテク多国籍企業へのアウトソーシング)、先進兵器システムの使用(ロッキード・マーチンなどの多国籍企業の担当者に管理されなければならない)、合同演習(抑圧的な意思決定プロセスの前例を作る)など、国民国家内の指揮系統を弱めるその他の「共同」アプローチを含む、前例のないレベルのセキュリティ統合に加わるよう招待されたのである。

7月1日に東京に戻った岸田が最初に会ったのは、間違いなく安倍首相である。岸田は、バイデン政権が日本に要求した無理難題の条件を安倍に説明した。

ところで、ホワイトハウスは今や完全に、ビクトリア・ヌーランド(政治担当国務次官)やブッシュ一族に鍛えられたグローバリストの道具に成っている。

日本に対してなされた要求は、本質的に自殺行為のようなものであった。日本はロシアへの経済制裁を強化し、ロシアとの戦争の可能性に備え、中国との戦争に備えることになっていた。日本の軍事、諜報、外交の機能は、NATO周辺の饗宴に集まる新興の民間請負業者の塊に移されることになっていた。

安倍首相が死の直前の1週間に何をしたかはわからない。おそらく、ワシントンD.C.、北京、モスクワ、そしてエルサレム、ベルリン、ロンドンにあるすべてのリソースを駆使して、高度な政治的駆け引きを展開し、日本がバイデンを全面的に支持し、日本は裏口で中国やロシアとの緊張緩和を模索しているという印象を世界に与える多層的な対応を考えたのだろう。」

ここで正直に言おうか。この時点で誰もが見ることができるホットな混乱はかなり明白なはずだからだ。IMF、NATO、世界経済フォーラムの悲惨な政策を推し進める立場にある人々は、部屋の中にいる頭脳ではない。就任2ヶ月も経たないうちに、リズ・トラス前英国首相がロシア領とウクライナ領の区別もつかず、ロストフ州やヴォロネジ州をロシアと認めることはないと答えたという恥ずかしさは、ほとんど毎日のように起こっている多くの例のひとつに過ぎないのだ。こうしたことは、非常識な政策のための完璧な道具である。まさにこの理由から、彼らは最終的にどのような結果に向かって推し進めているのか理解していない。彼らは全く無知であり、したがって、切り取られた段ボール箱のように消耗品である。

現実の状況として、どの国もこの対立を生き残ることはできないだろう。

それは、西側ブロックと東側ブロックの対立についてではない。それは、すべての国を破滅させ、一つの帝国を形成することであり、言い方を変えれば、一つの世界政府の形成についてである。繰り返すが、これは第一次世界大戦以来、非常に小さなグループの夢であった国際連盟のビジョンである。

国際連盟は、西欧の民主主義や自由主義、西欧の価値観に関するものなどではない。それは帝国システムの復活に関するのであり、ずっと、第一次世界大戦がそうであり、第二次世界大戦がそうであり、第三次世界大戦がそうである。

興味深いことに、私たちは再びドイツと日本が、地球を再び本格的な世界大戦に突入させる準備の整ったトリップワイヤーの横に位置しているのを見ている。そして、ドイツと日本という2つの国の運命はどうなるのか。ドイツと日本の自動人形の「リーダーシップ」は、第二次大戦中の考え違い同様、自分たちが「エリート」集団の一員であり、世界を火の海にした後でも生き延びられると、愚かにも考えている。彼らは、受け入れられることを必死に願っているこの「エリート」集団にとって、自分たちの国民や自分たちの文明がいかに消耗品であるかを改めて知ることになるだろう。

安倍首相が暗殺されて以来、ひとつだけ確かなことがある。日本は、再び歴史のまずい側に立つことを脅かされる非常に危険な道を、より急速に進んでいる。問題は、ドイツと日本が同じ過ちを繰り返すほど愚かなのか、ということである。


著者の連絡先: cynthiachung.substack.com

脚注:
1*. ヴォルカーはこの講演で「管理された崩壊」の継続的な使用を避け、むしろ「管理された統合」と呼ぶことを奨励したが、この二つは事実上同じであり、同じ目標、すなわち国際連盟につながる。ヴォルカーは次のように述べている。「私にとって、危機のないシステムを見つけるという使命は、満足できるものではありませんでした。時間が経過しても、その判断は変わりません。オープンシステムには、外部の制約がそこにあります。長い間無視すれば、危機が発生します。しかし、危機は治療にもなり得ます。危機は対応することを余儀なくさせるからです......その限定的な合意の問題は、実質的にシステムを引き受けるリスクを負うほど強い参加者がいないとすれば、各国のさまざまな目的を調整することが本質的に難しいことをたっぷりと警告しました。振り返ってみると、先進国が新しい為替レートのグリッドに合意したことは、注目に値する成果であると思われます。さらに、危機のさなかに、新しい通貨制度における兌換義務の形式と性質について未解決の論争を解決するという要請はありませんでした。新しい金利が市場で攻撃された場合、ドルを無期限に変動させるという選択肢ももはや考えられないステップではないと思われました。少なくとも、固定相場制のあり方について根本的な合意が得られないまま、固定相場制を機能させようとすることに、先進諸国は疲れ果てています。」
結局のところ、これは「制御された崩壊」理論のように聞こえる。さらに続けて、「私は、世界的な規模で、変動相場制という大きな枠組みの中で前進する以外に現実的な選択肢はないという強いコンセンサスから離れることはない。そしてその制度は、今見えている限り、『統合を管理する』にあたって最も有望な枠組みです」と述べている。変動制は、まさに国際連盟の目標である国民国家の経済的主権を事実上取り除いた。つまり、ヴォルカーは危機が必要だったことを認めているが(もちろん、彼はそれを作り出された危機とは呼んでいない。なぜなら、それは当然のことながら犯罪と見なされるからだ)、ヴォルカーが言ったように、世界規模で変動制を押し進めるためには危機が必要だったのだ。危機のさなかなので、誰も新しい通貨制度の立ち上げについて議論しようとはせず、変動制によって、「管理された統合」に必要な手段を手に入れることができた。管理された統合とは何か? 国際連盟である。



1. Coudenhove-Kalergi, Richard. (1943) Crusade for Pan-Europe: Autobiography of a Man and a Movement. G.P. Putnam’s Sons, New York, pp. 198-200.
2. Coudenhove-Kalergi, Richard. (1943) Crusade for Pan-Europe: Autobiography of a Man and a Movement. G.P. Putnam’s Sons, New York, p. 78.
3.Coudenhove-Kalergi, Richard. (1954) An Idea Conquers the World. Purcell & Sons Ltd., Great Britain, p. 98. 


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