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無理して傷付きに向かう


無理して傷付かなくていいのに、

何でわざわざ私は悲しい思いをしなきゃいけないんだろう


そんなそもそも論に、辿り着いた。


私のおばあちゃんは今病気で、
家にいて身体は動くし喋ることも出来るけど、見るからに痩せこけていて弱っている。
見ると、「早く休んで」と言いたくなる、そんな風貌だ。
その変わり果てたおばあちゃんを見て、衝撃を隠せなかった自分はその日は帰り道一人で泣いた。もうあの頃のおばあちゃんではなかった。たった1年経たずで、こんなに人って変わってしまうんだ、って思った。

おばあちゃんの口から出る言葉は大体ネガティブになって、
「もう長くないからね」

これを聞くたびに、胸が痛むけど、
親族が訪れることがほとんどないおばあちゃんの家にとって
唯一の孫である私が訪れるだけでも、少しは支えになっていればいいな
と思って、大学4年(2年前か)の頃から電車で時々顔を出していた。


一方のおじいちゃんは、身体はおばあちゃんに比べて元気で
家事も洗濯も、買い物も自分でできるはずだけど、
なんせ亭主関白だから
こんなにボロボロのおばあちゃんにさえ、
「俺に家事をやらせるのか」とキレてかかる。
これを見るたびに私は、日本の昔の家庭って、本当にやばいなと思うし、
心底こんな男の人が旦那さんだったら裁判沙汰にして別れてやると私なら思うんだけど、
時代が違うのか、おばあちゃんも自分が動きたいらしい。こんな状況でも。
「無理しなくていいんだよ」とたくさん話したけど、
おばあちゃんは動きたがる。

きっと50年以上してきたから、おばあちゃんにとって任務みたいなもので生きがいに近い域なのかもしれない。
そう思ってから、おばあちゃんとおじいちゃんのスタイルに変に違和感を抱くことをやめようと思った。


おばあちゃんの家に訪れるたびに、
おばあちゃんとおじいちゃんのしんどそうな姿を見て、元気にしてあげたいと孫ながらに使命感を持って会いに行っていたわけだけど、

そのおじいちゃんとおばあちゃんとは、私の父親側の両親である。


私の父は、父の不倫やDVが原因で私が小学生の時にお母さんと離婚して、
そこから今も含め11年ほど会ってない。
離婚してから、父は私に養育費を1円も払ってくれなかった。
お母さん、めちゃくちゃ苦労していた。
それを見て、苦しかった。
毎晩一人でご飯を食べることも寂しかった。
引っ越しして新しい環境に馴染めなくて、神経麻痺して病気になってもう人生終わったと思った。

大学時代、一度だけ父から電話が掛かってきたことがある。
「久しぶり。良い大学に入ったらしいな、お父さんも大学を再受験しようかなと思っているんだけど、センター試験の赤本くれない?」
大学の入学費用も、お母さんが他の人から少しお金を借りて用意してくれた。あとは奨学金。あなたは今まで養育費も払わず、そんなことも棚に上げて、自分も大学に行きたいから私から助けて欲しい?
小学生以来の私への連絡が、そんな無神経な内容で、人間の根本は一生変わらないんだと学んだ。

私は小さい頃の当時のことを今でもフラッシュバックすると苦しくなるし、
なんでこんな思いしなきゃいけなかったんだろう
って不条理だなって思って遣る瀬無いことがあって自分の中で今も解消できない。


「人間は努力次第だ!」とか
心持ちと精神論とか、行動力とか、いろんな希望論が流れているけど、
生まれた環境とか、境遇って、もう避けられないもの。

大学時代、私は恵まれていた。
周りのみんなの当たり前が、キラキラしてた。

例えば
帰国子女で英語が話せて当たり前の子もたくさんいた。

私がそれを聞くと、
「え、めっちゃすごいね!かっこいー!!!」という反応をしてしまう。

でも、その人たちにとっては、
それが生まれた時に遭遇した環境で、境遇で、当たり前なんだ。

だから、
嫌味とかを言いたいわけではなく、
その人たちは努力して帰国子女とかになったわけじゃない。

それがその人にとっての当たり前スタンダード

そんな感じで、
私には「眩しい」と映るスタンダードを持つ人にたくさん出会った。
これに関して、僻んでるわけじゃない。
そりゃあ羨ましいなとか、
「おやつに冷凍庫の氷食べて生活したことある?」とか聞いてやりたくなる時も、もしかしたらあったかもしれないけど、

そんなことよりもずっとずっと、自分もそんなスタンダードに近づきたくて仕方なかった。


私の本来の環境のスタンダードは、大学行って留学できて、自分の夢を持てて・・・とか、そんなことは空に浮かぶ空論で、
多分高校卒業して這うように働いて、「あなたなんてね」とか卑下されてしまうのが私の環境の本来のスタンダード。じゃないかと思う。


だから、貧乏で母子家庭で学歴もない親族に囲まれた周りの環境が自分のスタンダードになっていくこと、違和感を感じなくなることが、
怖くて怖くて、変わりたくて変わりたくて仕方なかった。

お母さんには感謝しているけど、
申し訳ないけど同じ人生は嫌かもって小学生の時に誓った。




で、話した随分逸れてしまったけど、
父親方のおばあちゃんとおじいちゃんに見舞いに行くと、

おばあちゃんはいつも、
「きなこちゃんは、お父さんに会いたい?」って聞いてくる。

と同時に、
「お父さんも、きっときなこちゃんに会いたがっているわよ」と。

父は、おばあちゃんがこんな病気の状況なのに、年に一回も顔を出していないくらい親孝行すらしていない。ちなみに私に会いたがっている可能性も果てし無くゼロである。
そんな現実があるのに、
おばあちゃんは自分の息子に希望を持っている。

そして、私はそんなおばあちゃんの父親の話を聞くと、
あまりにも現実離れした「良い」人として語り継いでくるから、思わず吐き気がする。

そして極め付けはおじいちゃん。

おじいちゃんは、私の母を恨んでいる。
離婚したのはあなたの息子の不倫やDVなのに、お母さんに全責任があると思っていて、極悪人扱いをしてくる。あんなに当時お母さん苦労していたのに、とそんな言葉が喉元までくるけど必死で抑えて、それでも自分は口角を上げ続けて聞くことにしていた。

そして私がお見舞いに行く回数が増えてきた頃、

おじいちゃんから言われたこと

「悲しいけどなぁ、きなこちゃんはもうワシらの孫じゃないんや」

「手土産とか要らん」

お父さんとお母さんが離婚したときから、
多分、もう私は孫でもなかったらしい。

思いだせば、両親が離婚してから、私に何かしてくれたことはなかった。誕生日も。
鈍感なので、今の今まで全然気が付いてなかった。

私は、お父さんのことは心底嫌いだけど、
それでもおばあちゃんやおじいちゃんには小さい頃から可愛がってもらっていたから、恩返ししたいと思っていた。
病気になったおばあちゃんを見て、このまま放っておけないと思った。



でも、おばあちゃんやおじいちゃんと会うと、
私は辛い。

いろんなことがフラッシュバックする。


今日、私は孫ではないよと言われて
なんとなく、気が抜けた気がする。
もう無理して傷付く必要ってないよね。


おじいちゃんやおばあちゃんには申し訳ないかもしれないけど、
無理して傷つきに行くことはやめる。


当分、もう会いに行かない。





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