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盛り上がるバスケ界ですが、さらに前に進んでいく前に。

歓喜の瞬間から少しづつ時間は経過してますが、アカツキジャパンの盛り上がりは止まるところを知らず、という感じです。テレビの録画を観ながら今日もうるうる。あらためて、男子日本代表の選手、コーチ、スタッフのみんなと応援していただいた日本国民の皆さまに感謝しかありません。

トム・ホーバスHCのチームマネジメントは本当に凄かった。スタッフ含め、このチームの一体感も凄かった。また、あのアリーナの盛り上がりは語り草になるレベルでした。振り返ればきりがないほど、感動的な場面のオンパレードでした。

しかし、この結果は、本当に素晴らしいのですが、あくまでもパリ五輪、そして、未来に続く道の途中です。喜びつつ、継続性が大事なので何が良かったのか、足りていないものは何なのか。バスケ界の中枢にいるものとして、意図したものと、偶然の産物を冷静にみていかなくてはならないと思っています。

まずは、以下の前提を肝に銘じること、感謝の気持ちと謙虚さを肝に銘じることからスタートかなと思っています。

長きにわたって、バスケ現場の最前線で努力している全国の指導者の皆さま、選手たちを支えていただいている親御さんには感謝すべきだと思います。文字通り、手弁当で物心両面の支えに、今の選手たち全員が該当しているはずです。

そして、選手たちの受け皿であるクラブ関係者、また、そのクラブをお支えいただいている地元のステークホルダーの皆さまにも感謝すべきです。Bリーグの選手たちやスタッフを支えて、目標であり、職業として活躍する場所を提供しているのはここです。

そして、8年前に、当時難攻不落といわれた2つのリーグの統合を実現した初代チェアマンの川淵三郎氏、現会長である三屋会長、黎明期、そして現在も協会やリーグを支える役職員も重要な存在です。

分裂の引き金になったbjリーグ、その前の実業団時代含め先代たちの努力があったことも必ずこの結果につながっています。

bjリーグがなかったら、今のBリーグはないと思います。あの時、本気で勝負した人たち、その動きに呼応した人たちがいたから、これだけのプロクラブが誕生しました。当時誕生した琉球ゴールデンキングスが、Bリーグを制し、今回のワールドカップの歴史的な舞台である沖縄アリーナまで誕生させたのは象徴的です。

また、Bリーグが誕生した時、まだまだ日本代表が結果を残せるような状況でない時から、今なお大きく支えていただいているソフトバンクさまを始め、多くの協会とリーグパートナーの皆様のおかげで先行投資を可能にし、今のバスケ界にたどり着くくとが出来ました。感謝どころか、このような支援無くして今は間違いなくありません。

今回は、日本テレビさまとテレビ朝日さまが、全くもって結果が出るかどうかわからない時に、放送していただく決断をして、ここまでになりました。NHKさま、他の民放各局さま、日経新聞、朝日新聞新聞社さま含め、他のメディアさまも応援いただいたおかげでこのムーブメントを作ることが出来ました。

マイナー時代が長すぎて、職場やフリーのライターの皆さまにもバスケ担当は肩身の狭い思いをさせ続けたと思います。ようやく少しは恩返しができたかもしれません。

全国各地のファン、パートナー、バスケに関わる地方協会の皆さま、自治体、メディア、審判、TO、ボランティア、数えきれないほどのステークホルダーが支えてきた結果です。これらのすべての皆さまの長年の努力が報われたのがパリ五輪出場を決めた原動力ではないでしょうか。スラムダンクの作者である井上先生も間違いなく、立役者の一人でしょう。個別をあげたら枚挙にいとまがないのですが、ものすごく多くの人、長い年月、熱い想いと努力の積み重ねで現れた結果だと確信しています。

あらためて、皆さまに感謝申し上げます。まだまだ現在進行形でこの世界に関わる身として、過去をリスペクトして、未来を創造できるよう努めていきたいとあらためて思います。誰が貢献したとか、誰のおかげとか語られたりしますが、前述した通り、キーマンが存在することは間違いありませんが、なかなか見えずらい登場人物みんながこの物語の主人公です。


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