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風の吹くままに

4
正常で在り得ない奇跡を待つのと、狂っちまって死ぬまでここに居るのと、あんただったらどっちを選ぶ?4話完結。
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風の吹くままに

風の吹くままに

<1>

―no title―

そこは狭い世界だった。
あってないような規則を守り、予定調和な無意味な常識を取り去って、誰よりも自分が正しいと思っている。祈りの言葉なんて忘れてしまった僕たちは、今日も意味なんてない無意味な時間をやり過ごさないとならなかった。この暮らしが当然のものにならないように。当たり前の暮らしだなんて思わないように。正気を保たなくてはならなかった。
僕が喫煙所でタバコを吸いな

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<2>

―岡田さん―

「引き篭もってちゃ駄目だなぁ、中村さん。」
僕がホールの新聞を見ようとしていたときに、後ろに座っていた岡田さんが話しかけてきた。僕は岡田さんの隣に座った。今朝、長谷川さんが言っていたことを思い出して、
「岡田さん、この前の長谷川さんとのケンカ…。」
と言いかけると岡田さんは僕の言葉を片手で遮った。
「長谷川さんは駄目だ、あれは全くもっておかしい。訳の分からないことを言うば

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<3>

―田口さん―

「今日で19年目だ。」
夕食後に喫煙所でタバコを吸う僕の隣で、田口さんが煙を吐きながらため息混じりに言った。
「そうなんですか?」
僕がそう聞くと田口さんはもう一度大きなため息をついた。
「19年もここにいるとなぁ、全く訳が分からなくなっちまう。入ったときはまだ俺も36歳だった。まさかこの歳になるまでこんなところにぶち込まれているとは思わなかったよ。中村さん、あんた歳いく

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<4>

―ノゾミさん―

「中村さん。」
夕食の時間が終わり部屋に戻ろうとしていたとき、後ろから名前を呼ばれた。振り向くとノゾミさんが遠慮がちに微笑んでいた。
「あぁ、ノゾミさん。どうかしましたか?」
「いえ…実はちょっと。」
僕はとりあえず、傍にある長椅子に腰掛けた。ノゾミさんは静かに隣に座った。
「私、退院決まったんです。明後日。」
「そうなんですか?良かったじゃないですか。病状が良くなった

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