才能と創

「ものを作り出すことが才能であるとしたら、ぼくはとうにその資格を喪っていると思う」のだと、手遊びに角砂糖を転がしながら彼は言った。闇いろのコーヒーが甘く濁りながら温度を無くしていく。声色は、酷く退屈そうだった。乱雑に伸ばした前髪が遮って、表情ばかり伺えなかった。何も言えないのをいいことに、こう続く。「違うね、最初から、持ち合わせてすらいなかったんだよ。」何も言えないのは無責任だと思った。それでも、何も言えなかった。わたしだって大概だ。上手く返せるほど殊勝でなかった。手遊びに、花を折った。赤色が零れる。ぽきりと僅かな反発の音と共に、或いはひとつの命を、或いはひとつのいろを、或いはひとつの才能を、わたしは手折ったのだ、「うつくしさも、きっと才能ね」。手帳もキーボードも、彼の世界は埃を被っている。花はいつか枯れて色を喪って、それとよく似ている。あなたのあの世界もまた、少しずつ色褪せているのだろう。主の無い世界は退廃の一途を辿る。それこそを美しいと思うのもまた、エゴなのか才能なのか。角砂糖を放って顔を覆った、隠すみたいに覆ったその手を美しいと思った。苦い上澄みと、甘い底面に分離していく。花を花瓶に挿す、水を注いで、これは延命。騙し騙し美しくあれとする、彩度の薄らぐばかりの花。そうやって苦しいと一緒に吐いてきた言葉が枯れてしまったのだと言った。最早苦しいばかりで、循環もなく留まるだけのそれが、限界なのだと、辛いだけなのだと声がぶれた。

この世の総てを厭うなら、芸術になるか、心を殺してしまうしかないんだよ。——だから、芸術になれないなら、ぼくは。

震えもしない肩を抱けるほど神様じゃない。枯れた花瓶に水を注いでも、鮮烈な赤は戻らない。くしゃ、と墜ちた花弁は簡単に指先で潰れた。大衆と才能。凡才と芸術。ごめん、わたしも駄目なんだ。芸術にも人形にも成れないんだよ、ねえ傍観って楽だ、芸術を怠惰に消費するのが楽しいのだ、傷を負って、抉って、色を付けて、成程綺麗に見せることが芸術だと言うのなら、その傷こそが才能なんだろうか、ねえ。花の咲いて、枯れるまでが日を見るなら、落ちてゆくだけの天才なんて目も当てられない。それでもわたしはその、傷だらけの手を、それが生み落とす言葉を、美しいと思いました。翳る命こそが、儚く美しい。へらへらと笑ったわたしにこそ、芸術も才能も、傷を負う勇気もないのだ、その類を語る資格さえも無いのだ。それは果たして、どちらが惨めなのだろう。

コーヒーのカップが空になる。染みのように残る飲み残しが、まるで未練のようだった。


【創】
1.きずができる。きずをつける。刃物でうけたきず。
 「創痍(そうい)・創傷・金創・刀創・絆創膏(ばんそうこう)」
2.物事をはじめる。はじめてつくる。
 「草創・創始・創造・創作・創建・創設・創立・創業・創案・創意・創見・独創」

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