マガジン

  • どこか遠く

    Somewhere Far Away

  • 疲れた

    ある田中の日々

最近の記事

まもなく停止します

またしても空から「バッテリーがなくなりました。まもなく停止します」と聞こえてくる。「至急、出口へ進んでください」とその声はくりかえす。だれも出口がどこにあるのかわからない。街ではいつも通りの朝がはじまる。

    • なにも見なかった

      明け方に裏の工場からエンジンの爆音が響きわたる。田中はそっと窓をあけて2階の寝室から眺める。顔に「近づくな危険」と書かれているかのような作業員の男がひとり。どうやら車を出したいらしい。狭いスペースに10台ほどびっしりと詰められた駐車場の奥から。まるでスライドパズルのように入れ出しをくりかえした果てに目当てのトラックがなんとか道路へ姿を現す。それで油断したのだろうか。我が家の敷地に置かれた植木鉢をうっかり踏みつぶしてしまう。バリバリッバリバリ。おもわず運転席の男は車をとめる。あ

      • 勘弁してくれ

        あの日の風。時が戻る。 あの日の君がとなりで微笑んでいる。 このまま二人でまたずっと生きていくのだ。 おもわず微笑みながら空にそっとささやく。 「勘弁してくれ」

        • 永遠に

          最近は昼を過ぎると眠たくなってしまう。体力がもたないのだ。田中の一日は半日に等しかった。でもさすがに平日のまだ明るいうちから寝てしまうのもなんだか申し訳ない。だからといって急ぎでやることもなかった。そもそも「申し訳ない」だなんて偉そうに。いったい、だれに詫びなければいけないのだろうか。そんな相手はもういないのである。おやすみなさい。だなんて伝えるべき相手も。ひとり静かに眠ってしまえばいい。永遠に。

        まもなく停止します

        マガジン

        • どこか遠く
          15本
        • 疲れた
          3本

        記事

          隠し味

          いつものレストランへ行くと店主が変わっていた。 「レシピは変わらないのでご安心を」 そう爽やかな笑顔で告げる新しい店主の手さばきは見事だった。前の店主はフライパンをふるたびにくしゃみばかりしていて不潔だったのだ。そのせいで辞めさせられたのかもしれない。 できあがった名物のラン・ボゴーレはとても美しく、ブリリン・ソースの具合もパーフェクトだった。これなら街の人々も安心してまた通えるだろう。 ただ、正直なところ、ほんのすこし。一味だけ、物足りないような気もする。他の店には

          隠し味

          熱烈なファン

          迷惑メールばかりの受信フォルダにめずらしく自分宛のメッセージが。どうやら作品を読んでくれたファンからのようだ。田中はさっそく返事を書く。すぐに返信が届く。「ご紹介したいプロジェクトがあるので500万円ほど先払いでほしい。とりあえず電話番号を教えてくれないか」。そんなラブコールだった。熱烈なファンである。

          熱烈なファン

          なにかしらのロボット

          野良ロボットが公園をギシギシと歩いていた。 薄汚れて苔むした身体をなんとか回転させて。 おもわず手を差しのべようと近づく。 背中に貼られた注意書きが目に入る。 野良ロボットは公園からギコギコと出ていく。 ひび割れた頭からファンファーレを鳴らして。

          なにかしらのロボット

          くもりのちポテトフライ

          パラパラパラパラパラ。 夜が雨に包まれる。 しばらく降りつづきそうな勢いだ。 きょうの天気予報をたしかめる。 くもりのマークのとなりにポテトフライがある。 目を閉じて耳を澄ます。 パラパラパラパラパラ。 たしかに油で揚げられているようにも聴こえる。 あたりに降りそそぐ無数のポテトたちが。

          くもりのちポテトフライ

          巨大な紫色のなにかと

          森の向こうから電車の音が聴こえる。その姿は見えない。串焼きをつまみに酒を呑みながら耳を澄ます。きっと車窓からは麦わら帽子の少女が森を見つめているにちがいない。そして一瞬だけ。森の向こうと目が合うのだ。串刺しにした村人たちを喰らいながら酒を呑む巨大な紫色のなにかと。彼女はすこし驚いてから微笑んで手を振る。はじめまして。さようなら。

          巨大な紫色のなにかと

          進みも戻りもしない

          長い旅の途中。 白い霧に包まれる。 ある者は進み、ある者は戻り、 みんな消えてしまった。 彼は恐怖のあまり動けない。 立ちつくしたまま悩みつづける。 結局どうすべきかはよくわからない。 その場で崩れおちるように座りこむ。 空を見上げ、風に吹かれ、 鳥と歌い、花を紡ぐ。 いつまでもひとり 幸せに暮らす。

          進みも戻りもしない

          つづく

          彼は遺言書に「おぎゃあ」と記す。 おでこには「続」の文字を刻んで。 To be continued. 乞うご期待。

          点P

          「ここはどこ。わたしはだれ」 そう問いかけながら世界をさまよい続けた点Pがなにかを悟ったように立ちどまる。 「どこはここ。だれはわたし」

          焼きマシュマロ

          空襲警報が鳴りひびく。 爆撃機から雨のように マシュマロが降りそそぐ。 人々は我先にと竹串で刺し、 いたるところで火を起こす。 まるで火の海と化した大地は こんがりと甘い香りに包まれる。

          焼きマシュマロ

          ウェーブ

          見渡すかぎりだれもいない。 まっしろな平原にポツンと置かれた 椅子にひとり。 おもむろに立ちあがり両手をあげてみる。 こんなことをしてもなにも意味はないけれど。 その姿を遠くの星から たまたま望遠鏡で見ていた彼も 椅子から立ちあがり両手をあげてみる。 それがどんな意味かは知らないけれど。 そのとなりで彼をじっと ひそかに見つめていた彼女も 恥ずかしそうにマネをする。 そのとなりで彼女へ恋するロボットも、 そのまわりで三人を眺めていたゲムランポたちも 椅子から立ちあがり

          ウェーブ

          少年は壁にボールを投げる

          きょうも少年は壁にボールを投げつづける。遠くから響くその汚れなき音を聴きながらベッドに横たわる男がまたひとり安らかに目をとじる。永遠に。よし。これで989人目。少年はあしたも壁にボールを投げる。念願の1000人をめざして。

          少年は壁にボールを投げる

          バンブリガ

          街に青い毛が激しく吹いていた。そのせいで作業場に入ってきた彼女も青い毛まみれだった。「いったいなんの毛だろう」。毛むくじゃらの青空を窓から見上げる。彼女は青い毛を払うこともなく「バンブリガ」とあたりまえのように答える。「バン……ブリガ?」。おもわず聞きかえすと彼女は「海のむこうで暮らすやさしい生きもの」とそっけなく告げる。そして思いだしたようにつぶやく。「主食はヒトだけど」。

          バンブリガ