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心の底にある自分のかけらを見つける物語

人のふり見て我がふり直せとはいうけれど

外出のときに商業施設などで、鏡についた水滴や、ホコリが目につくことがある。にもかかわらず、なぜか自宅だと後回しにしていたり、放置したりしている。

物語の世界に没頭して楽しむ作品と、ふと立ち止まり自分を顧みる作品があるけれど、海野つなみさんの作品は、わたしにとっていつも後者だ。蓋をしている自分の課題を外側から見るような気持ちになる。外出先で水滴やホコリが気になる感覚のように。

逃げるは恥だが役に立つ」の作者、海野つなみさんの最新作「クロエマ」も、また自分に問いかけるような内容だった。

あらすじは、古い洋館にひとりで住み、豊かな生活をおくる黒江と、同棲していた彼が別の女性と結婚することになり、勤めていた会社が倒産し、仕事も恋も居場所も失った江間。

ふたりが出会いから始まり、絡まった糸のような人間関係や、とけるような、とけないような謎に対して、沸き起こる感情に向き合いながら、時には心を癒やすために週に1回極上のパフェを食べる。対照的なふたりの視点で描かれる物語。

本作のテーマは、「役割を背負うこと、降りること」「家族は疲れるけど、一人は淋しい」「格差」を軸にしている。

海野さんの作品は、「逃げるは恥だが役に立つ」でもそうだったけれど、日常で起こる、ちょっとした違和感や、気持ちに蓋をしている部分を、整理してエンタメとして表現される。

主役の黒江さんと江間さんが、それぞれ持つ価値観や考え方は、どちらにも共感する部分が散りばめられている。

食事にこだわり、服も肌触りや気分などを重視する、自分にとっての快と不快を理解し、選択している黒江さん。

ある出来事から、黒江さんは江間さんと同居することになる。今までの生活環境や価値観が違うことは理解しつつも、生活していく上でいくつも気になることが浮かび上がってくる。気になるけれど、注意するのもストレスに感じてしまう。

「洗濯機にも服ぎゅうぎゅうに詰め込んで 汚れがちゃんと落ちてなかったし シャワー使ったあと拭かないから水垢つくし」

クロエマ1巻 43ページ

黒江さんの洗濯機やシャワーの使い方のくだりは、親近感を覚える。洗い方に限らず、ほんの少し注意を払えばいいのになあ、と家族を相手にしていても思う。

細かいことだけれど、つい伝えてしまい、伝えたら伝えたでストレスだし、言わないと気がつく人ばかりがやることになってしまい、小さなストレスが積もっていく。

江間さんは、失業する前の同棲していた頃から、残業が多く、割引になったお惣菜や、袋麺や、カット野菜を選び、週末にご飯を炊き、まとめて冷凍する。お味噌汁はフリーズドライを使うような、食事にこだわりがない生活スタイルだ。

黒江さんからは「生活に余裕がなくて、自炊できない人のパターン」と思われている。

どちらの生活スタイルが正解か不正解かではなく、江間さんは、常に誰かに遠慮して顔色をうかがい、そこに余計なエネルギーを使いすぎて消耗しているのではないだろうか。

そのため、自分自身を疎かにしてしまう。誰かに遠慮して疲弊していると自分のことは後回しにしてしまうのだろう。

彼氏に顔色をうかがいながら暮らしていても、追い出されてしまった彼女の言葉から想像すると自己肯定感は低いのかもしれない。

「立場が弱いと 嫌われないよう 不快に思われないよう 気を遣うんです」
「とはいえ 自己主張もしないと生きていけないんですよ 声の小さな人が 遠慮していると スルーされがちなんで」

クロエマ1巻 96ページ

自意識が高まるほど、他人で解消しようとする

ほかにも、他人を見下している家族に嫌悪感を感じつつ、自分にも同じような感情があることに気がつき虚しくなる元インフルエンサー、こじれた恋愛関係を築いてしまい、時間を無駄に費やしたと思いたくないために、相手に執着してしまった大学生など、「こうしなければならない」に縛られてしまっているような登場人物が続々と出てくる。

自分が感じている足りない穴や、コンプレックスを解消しようとして、誰かを求めて振り回される姿を見ていると、心の底にある自分のかけらを見せつけられるような気分になる。

他者ではなく、自分の課題

自分で感じている穴や、欠落しているところを、誰かに求めて一時は満たされるのかもしれない。

それでも時間が経つと、どこかほつれてくるように、満たされた気持ちが薄れてくる。

他者に求めるのではなく、自分の課題として、どう付き合っていくか。

自分の幸せは 結局 自分にしかわからないんだよね

クロエマ1巻 143ページ

いつも読む度に、立ち止まり自分を振り返るきっかけになる海野つなみさんの作品。また続きが気になる作品が増えた。これもひとつの幸せ。

9月中旬から募集します。


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