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百卑呂シ随筆

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2024年3月の記事一覧

閉まるコンビニ

 パスタ屋従業員時代はほとんどずっと、非人道的な労働時間だったように記憶しているけれど、よくよく考えてみるとそういう時期もあったというだけで、町田に住んでいた頃などは、存外落ち着いてのんびり暮らしたように思う。

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協調、同調、吹き溜まり

 高二で鳥居先生のクラスになった。  一年時から鳥居クラスだった者を中心に、学年中のちょっと悪そうな者と、ロック好きな者を集めたような感じだった。全体、担任の要望がどこまで通るものか知らないけれど、どうも他のクラスに比べて意図的に集められた感が強かったように思う。  最初のオリエンテーションで、先生は一人一人に好きな歌手は誰かと訊いてきた。そういうのからも為人が見えてくるのだそうだ。  BOØWYが好きですと答えたら「俺も。カッコええもんのぉ」と言ってきた。  先生はあの時

水路の記憶

 母から聞いた話。  母がまだ子供だった頃、朝起きると玄関で靴や下駄が水に浮いていた。大雨で近くのドブ川が溢れたらしく、水が膝の辺りまである。  雨はもう上がってすっかり晴れていたので、外へ出てみたら、まだ幼い叔母が後からついてきた。  二人で近くのドブ川の方へ行くと、辺り一面が水に浸かっていて、どこがドブかも判然しない。見慣れた場所の見慣れない光景に、「わぁ!」と喜んで歩き回っていたら、叔母がドブにはまって溺れ始めた。  慌てて祖母を呼び、叔母は無事に救出された。ただし、汚

恐怖と誓い

 まだ独り暮らしをしていた頃、郵便受けを見るのが怖い時期があった。随分自堕落な生活だったから、予想外の請求書とかを恐れていたのだろうと今は思う。  一応、毎日見るようにはしていたけれど、どうかした拍子に空けてしまうと、そこから怖さが倍増し始める。  ある時、そうやって二週間見ずにいたら、警察から何だかハガキが来ていた。  ◯月◯日の運転について確認したい事があるから△日までに出頭しなさい、さもなければ裁判云々と書かれている。  大いにうんざりした。そうして胸中が甚だモワモワ

幕府を開いた話

 小四の時にテレビで『SHOGUN』という映画を観たのがきっかけで、歴史や時代劇にはまり始めた。  ちょうど学校の班替えで班長になったのを機会に、「俺のことは班長じゃなくて将軍と呼んでくれ」と云ったら、本当にそう呼ばれ出した。だから次の班替えまでの短い期間、自分は郷里に幕府を開いたのである。  同じ班の神島はそれが随分羨ましかったようで、次の班替えで自ら班長になって将軍を自称したけれど、誰も彼をそうは呼ばなかった。いくら自身で名乗ったって、器が伴わないではやっぱり駄目なのだろ

魔界転生の記憶

 高三の時にはよく、休憩時間に卓球部の部室で駄弁った。  自分は軽音部だったのだけれど、どういうわけか、そこにはいつも両部の三年生が集まってトランプで超高速大富豪をやったり、マンガを読んだりして過ごしていた。時には休憩時間を過ぎてもそのまま残って授業をさぼった。校庭の隅に校舎とは別で建てられていたから、そういうことに随分都合が良かったのである。  誰が持って来るのか、マンガは常に二十冊くらい置いてあった。  自分はあんまりマンガは読まなかったが、中に興味を惹かれるのが一冊あ

ジュリーとカップラーメン

 十年ばかり前、同僚と出張に行って居酒屋で晩飯を食った。  そうして一頻り飲み食いして、店を出たら隣のショットバーに「今夜はジュリーナイト!」と貼り紙されている。来た時には気付かなかったので、自分らが食事している間に貼られたものかも知れない。  ジュリーは幼稚園の時から好きで、3枚組のベストアルバム(シングル・コレクション)も持っている。大いに興味を惹かれたから、「じゃぁ、また明日」と同僚をあしらって、一人でそっちの店へ入ってみた。  店内では『酒場でDABADA』が流れて

シャープペンシルとブルース・リー

 中学校の正門前に、文房具を売る店があった。文房具を売っているのだから文房具店と云っても良さそうなものだが、古い家の土間で申し訳程度にノートやペンを売っているような按配で、あんまり胸を張って「文房具店」と云うような感じでもなかった。  それでも正門前にそういう店があるのは大いに便利で、ノートを切らしたり消しゴムが減ったりすると登校時にここで買って行った。  一度、友達がノートを買うのに付き合って入り、何となくシャープペンシルを買ったのを覚えている。クリアレッドの軸がきれいだっ

家紋、財布、爪

 先日、所用があって河野君の席へ行ったら、机の上の財布が目についた。何だか家紋のような模様が印刷されている。きっと高級な物なのだろう。ただ、随分ぶ厚い。この様子では、ポケットには入らない。  こんな大きな物をどうして持ち歩くのかと訊いてみたら、河野君は「何、カバンに入れておくだけですよ」と言う。全体このおっさんは何を言い出すのか、というような様子である。 「では君は、いつもカバンを持ち歩くのかね?」 「ちょっとコンビニに入るぐらいだったら、財布だけ持って行きますね」 「どうや

二度と会えない老夫婦

 大学三年目のある晩、学校の近くで木寺と飲んでいるうちに終電が出てしまった。  二人とも歩いて帰れる距離ではないが、近くに下宿している友人が幾人かある。誰かの部屋に転がり込んで飲み直そうということで話がまとまった。  それで心当たりの者を訪ねたのだけれど、折悪しく誰もいない。呼び鈴を鳴らしても反応がない。  三軒廻ってみんなこの調子で、段々興が冷めてきた。 「どうするね? どうも巡り合わせが悪いようだ」 「何、あとは島崎のところへ行ってみるさ。それで駄目なら、辻のところまで

毛羽、スター・ウォーズ

 仕事に着て行く黒いジャケットが、近頃すぐに毛羽だらけになる。  普段は職場の行き帰りにしか着ないので困らないが、外で商談したり店回りをする時に毛羽だらけでは、いかにも格好が悪い。だから100均で買ったエチケットブラシをポケットに忍ばせておいて、気付いた時にはシュッシュッとやることにした。これで一応きれいにはなる。  ただ、問題はその頻度で、どうも一度着て脱ぐと、もう毛羽にまみれているらしい。起毛素材だからそうなりやすいのはわかるけれど、着る度にこれではいささか度を越している

謎の人の記憶

 アサイさんは、自分が物心付いた頃には既に祖父の家に出入りしていた。  いつ行っても大抵いたからてっきり親戚なのだと思っていたが、どういう親戚かと母に訊いたら、違う、親戚ではないと返ってきた。  祖父が高校教師をしており、アサイさんはその教え子なのだと云う。  祖父は終戦後、親を亡くしたり家庭に問題のあるような教え子の世話をしたと聞いていたので、その中の一人なのかと問うたら、それも違うらしい。  よくわからないけれど、口ぶりがあんまりいい感情を持っている様子ではなかったから、

縁の地、グレート・ムタ

 小学生の頃、地図帳で近畿地方の頁を開くと、いつもパッと目につくのが吹田と枚方だつた。  後年、その内の吹田に住むことになった。一度離れてからも吹田は心の拠り所で、数年後に再び舞い戻った。何だか因縁めいたものを感じていたけれど、同様に目についていた枚方へは特に何の縁もないまま今に至っている。だから吹田の縁も、別段地図帳とは関係ない、ただの偶然に違いないと思う。  先日、娘が学校で使う地図帳がコタツの上に置きっ放しだったから、そんなことを思い出しながら開いてみた。  こちらの

麺と疑惑

 大学入学で大阪へ移住して以来、モダン焼きばかり食っていたら、段々「そば肉玉」というのも実は別の名前があるのにこっちが勝手にそう云っていたのを、店の人が意を汲んで対応してくれていたのではないか知らと思えてきた。  段々不安になったから、夏休みに帰省した際に、高校時代に行っていた店へ入って確かめることにした。  高架下に一軒ぽつんと建っている店で、何だか薄暗い。店内はカウンター席が数席あるきりで、おばちゃんが一人で焼いている。そんな店である。  高校の近くではあるのだけれど、近