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逆噴射小説大賞2021「極私的」ピックアップ2/2

これの続きを書く。

始める前に少しだけ前置きをさせてもらう。


○おれは新参者で素人だが、あえて不遜な口調でこの記事を書いている。粗相の無いように心がけてはいるが、それでも不快に思われたらそのときは申し訳ない。

○選考基準は「続きを読みたいか」そしてそれ以上に「繰り返し読みたいか」。

寸評の分量と作品の好き具合に関係はない。どれも好きだから上げている。

前置きは以上だ。早速始める。

14.流転せしアングラード・ラ・オルテ

ピアニストがヤバい奴らにヤバい目に合わされた挙句ヤバい依頼をされる話。

逆噴射聡一朗先生曰く、パルプ小説に大事なのは「読み手の心を動かすこと」だ。クロロホルムの代わりに恐怖とか不安とか痛快さとか、そういう刺激をふんだんに含ませたハンカチを読者の鼻腔に押し当て昏倒させたのち、速やかに己のMEXICO作品世界に連行せよ。要はそういう事らしい。

「流転せしアングラード・ラ・オルテ」はその教えを忠実に実践している。最初のパラグラフで衝撃的なイベントを描写することで読者の後頭部を殴りつけたのち、読者獲物に頭を打ち振る暇も与えず謎また謎を叩きつける。そして最後に特大の、しかし想像の余地が適度に残されたいい塩梅の謎をお見舞いして一先ずの引きとする。

構成の丁寧さと文章力それ自体の高さが融合した、言わば800字のジェットコースターとも言うべき作品だ。文字を追う目が止まらない。
パルプに求められる”訴求力”の何たるかを素人のおれに教えてくれた印象深い作品であり、クオリティの高さにベキベキに心がへし折られた作品でもある。
それだけに、この作品は是非紹介したいと思っていた。もしパルプの教科書なんてものがあるとしたら、お手本の一つとして載せてもらいたいと思う。


15.632146P、パワーゲージ200%と青春を消費する。

青春格ゲー相棒バディもの。

結論から先に言うと、滅茶滅茶ワクワクする。これからすっげえジャイアントキリングが炸裂するという予感しかしない。これは是非続きが読みたい。

前の記事で紹介した「サイトーくんは透明になりたかった。」もそうだが、おれは負い目や引け目を持った主人公が好きだ。特にバトルものだとそういう主人公は映える。挑戦を通じて主人公が己の誇りを取り戻すカタルシスが味わえるからだ(もっとも、そのカタルシスを描くために書き手は色々苦労するわけだが)。
この作品の主人公も、格ゲープレイヤーとして相当なハンデを負ったが故の引け目を感じている。その描写が端的でありながら読み手に刺さる。
大変勝手ながら、以下に一部引用させていただく。


【目の前のこいつは、きっと天才で、休日はバーベキューに友人と行ったり するようなタイプだろう。
 学校が終わったらゲームするしかない俺とはエラい違いだ。】

【俺の体は、段々と筋力が衰える難病だ。
(中略)
俺の脳裏には、肝心なところで失敗する妄想が繰り返しよぎる。】

作者さんがどこまで意識されているのかは分からないが、キラキラしたものへの引け目とか一歩踏み出せない弱さとかがたっぷり行間に詰め込まれた良い文章だとおれは思った。
だからこそ、強気に満ちた”相棒”のセリフに燃える。ジャイアントキリングの予感、痛快なカタルシスが味わえるという期待に胸が躍る。もし続きが書かれたらマジで読みに行きたい。

余談だが、作中の格ゲーの元ネタが気になる。極端なキャラ性能ということは世紀末ゲーと名高いAC北斗とかだろうか。格ゲー門外漢のおまえが気にしなくてもいいと言われればそれまでの話だが。


16.アリと破滅とキリギリス

タイムパラドックスもの。
主人公とお笑いコンビを組んでいる先輩が唐突に語りだしたのは、現在と未来を往還できるギミックの存在。そのギミックを使って荒稼ぎをしてきたが、ついにそのツケが回ってきたと先輩は続けた。訝しがる主人公。しかし次の瞬間目の前で


そもそもの話、この人の作品はどれも面白い。それ故にどの作品を選ぶか大いに悩んだが、最終的に上記のタイトルを推すことに決めた。

理由としては、初読時に最も心を動かされた点に尽きる。
読み手の心を動かすことがパルプにおいて重要視されるのは「流転せしアングラード・ラ・オルテ」の項で述べたとおりだが、この作品の手法は「流転せし~」のそれとは好対照だ。前者が次から次へとフック的要素を連打するのに対し、後者は淡々と先輩が独りごちるだけの地味な描写が続く。

この一見地味な独白こそが曲者だ。何の気負いもなく切り出される独白は最初こそ無味無臭だが、話が進むにつれて不穏さが緩慢に水かさを増していく。
”緩慢に”というのがポイントだ。何も起こっていないわけではない、しかし余程注意深く読みこまないと知覚できない、そういう遅々としたスピードで危険な空気が物語に充満していく。そして読者がやっと「あれ?何かヤバそうじゃね」と気づいたその瞬間、不吉な予感は一気に具現化する。

要するに、緩急の付け方が強烈だ。初手から読み手を引きずり回すのではなく、周到な準備を経た一撃で読み手を仕留めようとする姿勢に凄みを感じる。実際、初見時のおれは何の前触れもなくバッサリ斬られたような感覚を覚えた。もはやガンスリンガーではなく剣豪の業と言っていい。
ジャンルや表現の多彩さといい基礎的な筆力の高さといい、つくづく凄腕だと恐れ入る。一体どれほどのPRACTICEを積めばこうなれるのか見当もつかない。


17.Escape The Zone

FPS(一人称視点のシューティングゲーム)もの。と見せかけて


あまり注目されていないがバチバチに面白い。もしここがニコニコ動画でおれが視聴者だったら迷いなく「もっと評価されるべき」タグをつけていたところだ。

ネタバレは避けたいので詳しく言えないが、読んでて見事に不意打ちを食らった。完全に意識の外から一撃喰らわされた。このフックのドギツさは全応募作の中でも屈指と言っていい。

引用表現や文字強調を多用している点は意欲的とも実験的とも言える。人によっては好みが分かれるかもしれない。少なくともおれは初見で違和感を覚えることはなかった。単なる派手な表現の濫用に終わることなく、作品世界の空気感の形成に一役買っていると感じた。良い意味でマンガ的な表現とも言えるだろう。
それと、作中に出てくるゲームと掛けた作品タイトルもCOOL。最初は気にならなかったが、読み返してみて上手さに気づいた。

スキの数の多寡はこの大賞の選考に何の影響も与えない。だがそれとは別次元の話で、単純にもっと多くの人に読んでもらいたい作品も存在する。
今回の応募作でそういう作品を一つ挙げろと言われたら、おれは何の迷いもなく「Escape The Zone」を推挙する。実際、この作品を紹介することが今回のピックアップ記事作成の動機の一つだった。


18.万雷の手拍子をもう一度

スラップスティックコメディ。
「三日で百万円集めれば一億円もらえる」という与太話に釣られたバカな先輩に付き合わされる主人公。先輩を止めようと試みていたが、よくよく話を聞いてみると・・・

既に述べたとおり、パルプには「読み手の心を掴むこと」が求められる。その掴みフックとして用いられるのは、恐怖や興奮やとにかくデカいモノ等々、原始脳に突き刺さるキャッチーな要素であることが多い。
そこに来て、この作品は一般市民の会話劇で勝負しに来ている。しかも舞台は現代日本だ。現実世界と異なるキャッチーな要素は欠片もない。書き手の地力だけで勝負せざるを得ないきわめてストイックな舞台設定だと言っていい。ファンタジーやホラー、銃弾やバイオレンスが跋扈するこの大賞においてはある種の縛りプレイ的な趣すら感じる。

にも拘らず、面白い。
先輩と主人公のやり取りの歯切れ良いテンポ。会話と心情描写を巧みに活かすことで説明臭さを微塵も感じさせない状況説明。
そうした工夫のおかげで読み手は何の負担もなくスルスルと物語を摂取できる。「ほうほうそれでそれで」といった具合に、意識することもなくナチュラルに目が続きを追っている。

どのジャンルでも言える事だが、ハタ目には何気なく見える芸当ほど実は難しい。作者の方が相当な上級者であることは、派手さや奇異さのスパイスを一切使わずして読み手に文字を追わせるこの作品が証明している。


19.猫曾木団地ファイトクラブ

胡乱で不穏な会話劇。

死臭漂うスラム化した団地で主人公と吉田のおっさんがしゃべる。以上。
本当にただのそれだけだ。「ファイトクラブ」の名を冠してはいるが、殴り合いもバイオレンスもこの作品には登場しない。無礼を承知で言うと特に話は動いていない。読者を興奮の坩堝に叩き込むことが求められるこの大賞ではかなり不利な作品だと思う。

しかし、決して面白くないわけではない。むしろツボにハマれば抜け出せない魅力がある。
死体の腐臭漂う貧民窟の猫曾木団地。主人公の母親目当てに絡んでくる万年無職の吉田。舞台も演者も退廃的な作品世界は、一周回って喜劇的な趣すら感じさせる。
とりわけ、吉田のおっさんの胡乱さときたら只事ではない。ビジュアルも素行も最高にキマっている。どこに出しても恥ずかしい筋金入りの不審者だが、理屈抜きの凄みが滲み出ている。嫌悪感を覚えるか一種のギャグと捉えるかは読み手の自由だが、おれは笑うに笑えなかった。シリアスな浦安鉄筋家族とでも言えばいいのか、笑うより先に異様な迫力に圧倒された。

この作者の方が書き慣れているベテランである事は他の応募作を読めば容易に想像がつく。そもそも「猫曾木団地ファイトクラブ」にしても地の文の描写が良い。平易だが骨の太い、新人ニュービーにこそ書けない類の文章だ。
そういう骨太な文章力で、ただひたすらに胡乱なおっさんが描写されているのがこの作品の面白さであり凄さだと思う。「おいおい話進んでねーじゃんパルプわかってねーな」という声が聞こえようとも「それがどうした」の一言で黙らせる凄みがある。実際おれは押し黙った。

もしかすると、この凄みを出すために作者の方は敢えて物語を動かさなかったのではないか。そう思わせるほど異質で、しかし確かな実力に裏打ちされた作品だと感じた。
今大賞の全応募作の中でダントツに印象深かった作品だ。未だに脳内で反芻している。


20.逆賊令嬢ライジング

古代中国をモチーフにした歴史ファンタジーコメディ。

どう見てもるーみっくワールドです本当にありがとうございました(褒め言葉)。
いやーこれは良いなあ。こういう元気なドタバタコメディ大好き。完全に高橋留美子の作画で脳内再生される。ブン殴られた令嬢、あれ絶対ぶっ飛ばされる時に例の指ポーズキメてるから(親指・人差し指・小指を立てるアレ)。

作者さん自身もライナーノーツで言われているとおり、好みは分かれるかもしれない。これは作品の巧拙ではなく、ダイハードテイルズが求めるところの”パルプ”たり得ているのかという話だと思う。
飽くまでド素人のおれの主観だが、この界隈の作品には何かしらの毒気が求められている節があるように思える。要はこれまで言ってきたフックの話だ。多かれ少なかれ、本能や根源的な感情を刺激する作品を書くことがこのMEXICOでは求められている(飽くまで傾向の話であっておれが界隈に不満を抱いているわけではない。そもそも面白ければ何でも良いのだ)。
作者さんが言及されているのは、そういうスパイシーな刺激が求められる環境下でのコメディ、それも少年漫画的根明さで描かれたコメディがどこまで生き残れるのか、という話ではないだろうか。

その上で言わせてもらうと、「おれは」面白かった。それに尽きる。
確かにこの作品は先述した”毒気”が薄い。だが、この罪のない根明なノリは他では替えの効かないテイストだし、キャラがハジケているから読んでて面白い。おれは三国志すら未読の無教養なので歴史もの(歴史ファンタジー含む)は敬遠しがちだが、そんなおれでもこの作品はスイスイ行けた。

おれは逆噴射聡一朗先生でもなければ歴戦のパルプスリンガーでもないド素人だ。どの作品が選考を突破して大賞に至るかなんて結局わからない。
おれにわかるのは「おれが面白いと思ったか」「おれの作品が誰かに面白いと思ってもらえたか」その二つだけだ。それ以外のものさしは扱いきれない。
おれはこの作品の根明なノリが大好きだ。他では読めない良いものだと思った。よって推す。


21.ウロボロスの滾(たぎ)り

(恐らく)時間遡行タイムリープもの。
路上で風船を配る着ぐるみ、その中身は仇を待ち伏せる復讐者。睨んだとおり現れた仇に拳銃のトリガーを引き絞るが――

これもあまり注目されていないが良作だ。シンプルに面白い。
実のところ、おれは凝った設定や文体が苦手だ。単純にあほとも言う。そういう意味では、凝りに凝った作品が群れ集うこの大賞との相性は悪いのかもしれない。
その点この作品は良い。おれのようなあほでも抵抗なく読み進められる。個人的に”読みやすさ”はかなり重要視しているファクターなだけに、こういう取っつきやすい作品はありがたい。
物語のドライヴ感も刺激的だ。特に後半の格闘シーンと幕の引き方が良い。適度な解像度で描写される一連の格闘を読み進めて、おおーやれやれー!と思わせたところで終わるのがニクい。こう来られると続きが読みたくなるなあ。

何より、タイトルセンスが格好良い。ハードボイルドとタイムリープ要素が上手くミクスチャーされていてイカす。タイトルをひと目見た時、”滾り”の部分だけで「あっハードボイルドだ。多分おれの好みの系統だ」と思ったが案の定だった。

仕事でくたびれたあほなリーマン(つまりおれの事だ)でも気兼ねなく楽しめる一作だ。こういうのもっとくれ。


22.おれは殴リーマン

商談が御破算になったときのために詰めていた用心棒が暴れる話。

全編小気味の良いバイオレンス。何も考える必要がない。さっき「こういうのもっとくれ」とか言ったけど、言ったそばから本当に見つかるとは思わなかった。

格闘描写のスピード感が心地良い。特に、懐から拳銃を取り出そうとした雑魚の頭を掴んでガラステーブルに叩きつけるくだりがお気に入りだ。映像が流れるように目に浮かぶあたり確かな筆力を感じる。その後の展開も敵のボス登場→主人公も本気を出すという王道を押さえていて良い。何の衒いも無いストロングスタイルのB級作品だ。まさにこういうのが読みたかった。
正直に言うと、いっそ王道パターンを無視してでも格闘シーンを続けてもらいたかったとも思う。展開に魅力がないとかのケチ付けではなく、それだけ格闘描写が魅力的だったという話だ。延々とそこだけ観ていたいと思わせるクオリティだった。

ちなみに作者さんのライナーノーツによると「これ要はケンガンアシュラじゃね!?」との事だが、面白かったしいいんじゃないですかね。いや本当に。

23.BUG

生後3ヶ月の娘を抱えた若い母親に迫るサスペンス。

実を言うと、この作者さんについては別の作品を挙げようと最初は考えていた。しかし改めて応募作三作を読み返してみて、これが一番良い(飽くまでおれの好みだが)と気づいたため「BUG」を推すことにした。

この人の作品は全部面白い。その前提を踏まえた上で言うが、キャッチーな他二作品に比べて「BUG」の方は地味な印象が拭えない。紙幅の大部分は主人公の描写に割かれており、フック的要素は最後の最後に出てくる程度に留められている。今大賞に適しているか否かという点だけで言えば明らかに他二作の方が優れていると思われる。
それでも何故おれが「BUG」の方を推したかというと、その主人公の描写が良かったからだ。我が子が寝静まった間にマンションの外周を何周もしては「我が子は可愛い」と自分に言い聞かせる主人公。一人きりで育児にかからざるを得ないことに倦み疲れた様子、ささやかだが無視できない病み具合が行間から手にとるように伝わってくる。

おれは作者さんの全作品をまだ読んでいない。せいぜい今回の応募作三作と前回の最終選考作品くらいしか読めていない。そのため憶測でしかモノを言えないが、一人称で描かれた派手でキャッチーな他二作品よりも、淡々と不穏さを描いた三人称の「BUG」こそが作者さんの本分なのではないかと感じた。作者さんの物書きとしての高い実力、のままの文章力がより活かされているという印象を受けた。
今大賞の向き不向きとかに関係なく、一定以上の実力者になるとそもそも何を書いても面白い。恐らくこの作者さんもその類型だと思われる。これまでこの方が投稿された作品を近いうちに読みに行きたいと思う。

余談だが、サムネのイラストがどれも良い。特にオノ・ナツメのような底の見えない眼が好きだ。前回紹介した白蔵主さんといい、自前で魅力的な絵を描ける人を羨ましく思う。


24.『垂乳根(タラ・チネ)』

樹齢400年の大銀杏を切るの切らないので行政と鎮守のおっさんが揉める話。しかも第三勢力まで介入してきそうな勢い。

舞台は現代日本、登場人物は一般人。なのにトンチキ極まりない。
兎にも角にも岩田(大銀杏の守護を一族代々の使命としてきたおっさん)の狂いっぷりが良い。当の本人はシリアスもシリアス、命を懸けた覚悟完了を果たしているのだが、出で立ちも言動も素行も全部ヤバい。己の信念に一点の曇りも持たないが故にアンタッチャブルな存在と化している。「ニンジャスレイヤー」のフジキドとかヤクザ天狗とかにも通じる話だが、極まった覚悟こそ常人と狂人を分かつ壁なのだと再認識させられた。

また、異化効果の演出が巧みだ。具体的に言うと小道具の使い方が一々秀逸だ。
「感染防止の不織布マスク」「国道を挟んだドン・キホーテで購入したCAPTAIN STAG のラウンジチェア」「三角コーンとトラロープ」等々の小道具が挟まれるたび、読み手はこれが紛れもない現代日本の話だと理解させられる。理解するごとにトンチキさが倍々ゲームで跳ね上がり、そのたび読み手は頭を抱えさせられる。
最後に出てきた”第三勢力”の存在でトンチキさがピークを迎えたのも良かった。こいつらが参戦することに何の必然性も見いだせないが、当の本人達は何の迷いも抱いていない。何が何やらわからんが少なくとも岩田の同類という事だけは伝わった。

内容はカオスだが可読性が高く、テンポの良さも相まって誰でも楽しめる快作だ。他の方のピックアップでも言われているが三谷幸喜監督で映画化してほしい。


25.最速箒伝説 Black Bamboo

湾岸道路を走り屋(=ホウキに乗った魔女)が攻めるレースもの。

いやーこれめっちゃ好き。理屈抜きにシビれる。
走り屋ものの金字塔「頭文字D」が示したように、時代遅れの旧車オールドタイプが最新鋭の機種を蹴散らしていくのはいつの時代も変わらぬロマンだ。走り屋ものの醍醐味であるその要素を正面から描いている時点でこの作品は素晴らしい。
レースそれ自体の描写もドライヴ感の塊だ。ヘアピンカーブに差し掛かって以降、地の文と魔女のサリの思考が改行無しで交互に描かれている事でドライヴ感が更にブーストされている。悪く言えば荒削りだが、その荒削りさと引き換えに読み手を振り落とすほどの獰猛なスピード感を獲得している。そのスピーディーさこそがレースものに求められる最重要のファクターである以上、この書き方で間違いないと断言できる。

レースの区切りをそのまま幕引きとした事で話がまとまってしまった感も拭えないが、そんな事はどうでもいい。
バチバチに速い旧車と稀有なセンスを持つ乗り手が繰り出すキレッキレのドライビング。おれがレースものに求めるファクターを余すことなく描き切ってくれた。それだけで最高だ。120点だ。
読めて良かった。万歳。


26.宙、つめたく冷えて

宇宙船内での死闘。スペースオペラならぬスペースノワール。

最初に言うと、おれはこの作者さんのファンだ。スキを押した押さないに関係なくこれまでの作品は全部読ませてもらっている。贔屓で申し訳ないが、以降はその前提で話をする。

まず、必要最低限の単語で紡がれる研ぎ澄まされた文体がたまらなくカッコ良い。カラカラに乾いたこの文体とバイオレンスの相性は最高だ。烈しい暴力が吹き荒れていながらウェットさの欠片もない、ただただ無機質で冷徹な味わいは一度ハマると癖になる。今回の作品でもそのオンリーワンの持ち味は遺憾なく発揮されている。

もっとも、その文体ゆえにこの人の作品は難解だ。おれのようなあほだと一読してもまず全貌は理解できない。
もう少し具体的に言う。はじめてこの作品を読んだとき、おれは初っ端のパラグラフで躓いた。格闘シーンなのはわかるが二読三読しても舞台設定が理解できない。五読目にして「ゆっくり跳ね返ってくる」相手に違和感を覚え、そこでタイトルを見てやっと宇宙船内での格闘だと理解できた。つくづく読解力が弱すぎる。

実を言うと、これを書いている今まさに「宙、つめたく冷えて」を読み返している。それも十回以上、しかも流し読みでなく丹念にだ。
そこまでやってもなお主人公の動機がわからない。地球かどこかの基地に帰還しようとしている主人公とそれを止めようとする宇宙船のクルー達という構図はわかる。問題は、何故主人公が他のクルー達を殺してでも帰還しようとしているのか、それ以上に何故クルー達が必死で主人公を押し留めようとしているのかだ。何度読んでもそこが理解できないのがもどかしい。
主人公(あるいは他のクルー達含めて)宇宙由来のウィルスのキャリアになってしまったか、もしくはエイリアン的クリーチャーにでも成り果ててしまったのか。おれが想像できるのはせいぜいそれ位のものだが、それですら合っているとは思えない。少なくともおれの目には何のヒントも見当たらない。

これはダメ出し的な話ではない。冷徹なドライヴ感と可読性の低さが表裏一体となった今作品の、ひいては文体の特徴について述べているだけだ。
おれはあほだがこの文体の冷徹さとドライヴ感に惹かれて読んでいる。失礼な話だが雰囲気だけで読んでも面白い。そして、物語の意味が理解できるとその面白さは三倍から五倍に跳ね上がる。それがこの人の作品だ。

とりあえず、全部理解できるまでは読み返そうと思う。
それと、この文体の元ネタであるジェイムズ・エルロイにも近々手を出そうと思っている。代表作の「LA4部作」はやる夫スレでしか知らなかったから読むのが楽しみだ。


おわりに

前々からピックアップ記事を書きたいとは思っていた。だが実際やってみて、人様の書いた作品を勝手に選んで好き勝手に語る傲慢さに心が折れそうになった。
それと同時に、ダイハードテイルズが常々言っている「選ばれなくても気にするな。選考という行為には運も絡むし人為的バグだって発生する。選ばれなくても作品と作者の価値は何も損なわれていない」という言葉は慰めでも何でもなく事実だということを身を以て学んだ。

実際、ここに挙げたくても挙げきれなかった作品はかなりある。今回ピックアップした弾丸は26発だが、最初は50発ほどピックアップするつもりだった。時間と紙幅の都合、そしておれの語彙力の至らなさゆえに泣く泣く書けなかった作品がいくらでもある事は言っておきたい。

ピックアップされた作者様に置かれましては、苦情とかあったらお知らせください。できるだけ速やかに対応します。

以上で終わりにします。
作者の皆様方、力作を読ませていただきありがとうございました。
ここに並べるのは気後れしますが、一応自分の応募作も載せておきます。



SF。ボイジャーを撃て。

お仕事もの。ガラは悪いが本格派。

ギャング。ベイブ。雷。ドライヴ。

ライナーノーツ。全部ここに書いてる。


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