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尾野まとぺ
2016年4月11日 22:17
山の中、少し湿った土の斜面を手をついて登っていく。目的の木が目の前に迫ってくるにつれ、だんだんと気分が高揚していく。やがて私は立ち止まると、上がった息を整えないままに、そうっとその幹に触れる。円やかな手触りが心をくすぐった。その桜は、ソメイヨシノなんかよりも色白で、少しばかり貧相ではあるが、緑や茶色ばかりの山の中でひときわ輝いていた。リュックを下ろすと、リリンと鈴の音が響いた。さすがに熊はい
2016年3月6日 03:22
サンダルをつっかけて、外に出る。爽やかな風が頬をくすぐった。私は、小さな懐中電灯を持って、木々の間をのんびりと下っていく。 揺れる木の葉が囁きながら、月の光を遮ってはくすくすと笑う。 木々を抜け、最後の急な坂道を小走りで降りると、少しだけあたりを確認する。そうして小さな明かりを消すと、潮の香りが余計に強く感じた。 そろそろと水面に触れる。心地よい冷たさが私の手を包み、月の光が揺れた。サンダル
2016年3月23日 03:54
夕方4時半、ベランダに出て町を見下ろす。気持ちのいいくらい、全てが茜色に染め上がっている。薄汚れたビル、カラフルな看板、キラキラ光る車の波、どれも同じように茜色をしていた。私は小さく息を吐いて、力いっぱい夕焼け空を吸い込んだ。私の身体の中が茜色で満たされる。目をつぶると、私も夕焼けの一部になれる気がして、もう一度呼吸をはじめる。茜色の空気が、肺を伝って爪先まで巡り、そして出ていく。それを何度