夕焼けに

夕方4時半、ベランダに出て町を見下ろす。気持ちのいいくらい、全てが茜色に染め上がっている。薄汚れたビル、カラフルな看板、キラキラ光る車の波、どれも同じように茜色をしていた。
私は小さく息を吐いて、力いっぱい夕焼け空を吸い込んだ。
私の身体の中が茜色で満たされる。目をつぶると、私も夕焼けの一部になれる気がして、もう一度呼吸をはじめる。
茜色の空気が、肺を伝って爪先まで巡り、そして出ていく。それを何度か繰り返すうちに、私は茜色に染まっていた。やがて私は、私の形を保てずに、夕焼けの空気の中に溶け込んだ。そうして茜色の町の一部になっていく。
公園の子どもの声、ちょっと外れたリコーダーの音、カレーや焼き魚の匂い、数え切れない程の情景が、私と混じって一緒に溶けた。それがたまらなく心地よい。
少し冷たい風に吹かれて、私は少しだけ紫がかる。子どもの声が遠ざかり、食器の擦れる音が色んなところから流れてきた。やがて女子高生の笑い声が薄く聞こえ始めると、私はもう夕焼けではいられない。
一番星が輝く時、私は私へと帰ってくる。
ベランダの柵に手をつき、町を見下ろすと、ちらほらと家の明かりがつき始めていた。