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大人と子どものはざまのお話

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10代後半から20代前半の人たちのお話です。
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記事一覧

嘘の日に

ランドセルに入りきらない大きなファイルを手に持って、少女が私の顔をのぞき込んだ。控えめに、恐る恐る。
「奈々美だけは、私の味方だよね?」
コンクリートの汚れを数えていた私は、彼女の目を見た。くっきりとした二重のまぶたの下に埋まった茶色の瞳。どこか日本人ばなれした、綺麗な綺麗な瞳。
「うん」
私はとっさに目を逸らし、小さく答えた。
「よかった」
そっと彼女の表情をうかがうと、涙をこらえて笑っていた。

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終わって気づく

私って変わってる。『不思議ちゃん』ってよく言われるし、口の悪い友だちなんかは『変人』って言ってきたりする。だから多分、変わってるんだと思う。
机の上で紙をくるくる丸めながら、そんなこと考える。
春休みの平日、しかも補習の放課後、普段なら私もさっさと帰っているけど、今日はなんとなく帰れずにいた。
教室の後ろの方では女の子が四人が話してて、前の方では男の子三人が小突きあっていた。
「杉本、なにしてんの

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ピアノの音

高校受験が終わり、何となく暇を持て余していた私は、久しぶりにピアノにふれる。しかし、すぐに違和感を感じた。
こんな音だったかな……。
好きだったJポップもゲーム音楽も、なんだかしっくりこなかった。
違和感の答えを知りたくて、階段を駆け下りた。
「お父さん、CD貸して」
「おっ?恵美もやっとクラシックの良さに気づいたか!」
「貸して?って聞いてるんだけど。ピアノのやつ」
お父さんが得

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76歳の少女

久しぶりの祖父母の家は、ひどい有様だった。そこらじゅうに人の糞便が転がっているわ、床も柱も腐っているわで、とてもじゃないけど中に人が住んでいるなんて思えなかった。なにより酷いのは匂いだ。ガスマスクするべきだと僕は半ば本気で思った。
靴のまま、まず玄関から上がったのは母だった。
「お母さん、お母さんどこ?勝手に上がるよ」
続いて僕と父も上がる。こんなことなら履き潰したスニーカーをとっておくんだった。

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ファンタジー

僕の住むこの街が、例えばそう、魔法都市だとする。僕はきっと一生懸命勉強する。英語みたいな難しい古代文字とか、数学みたいに複雑な魔法式とか魔法陣があるとしても、負けずに勉強する。7組の野中みたいな天才もいるだろうけど、僕は野中よりも上手に魔法を使えるんだ。別に例えばだからいいだろう。
それで、そのまま研究者になってすごい研究をするんだ。新しい魔法の特許をとったり賞をとったりして、お金もいっぱい集める

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五年後の

春休みもちょうど折り返しを迎えた今日。まだまだつぼみばかりの花壇を横目に、懐かしい校門をくぐり抜ける。ハツラツとした野球部の声が、やけに眩しく感じた。
その泥まみれな姿にしばらく目を細めてから玄関を上がる。どうやらスリッパの場所が変わっているようである。仕方がないから靴を置きっぱなしにしてそのまま板張りに上がる。雑にワックスがけがされている床は、ところどころ滑りやすい。
ゆっくり階段を上がって職員

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