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ブルーの先は一方通行で3

―ゆく夏と手持ち花火―

※お立ち寄り時間…5分

「これで最後ね。」

 あゆむは、そう言って線香花火を差し出した。縁側に座る、俺と橘先輩に。

「佐久間さん、ありがとう。」
「いーえ。火、付けますね。」

 相変わらず、あゆむは橘先輩と仲がいい。
そして橘先輩は、あゆむに多かれ少なかれ好意を寄せていると思う。

本当は、橘先輩と二人きりで花火大会に行く予定だった。けれども、例のごとく次々と中止、思ってた以上に寂しい、静かな、ひとりぼっちの夏になっていた。

橘先輩を連れ出す機会を失った(中止になっていなくても、誘えたかは別として)俺は、そこそこ落ち込んでいた。ただでさえ、夏休みで全く話す機会もなくなっていたから。

 この町の花火大会は、江戸時代あたりから続いていて、歴史が深い。そして、「美人がさらわれる」なんて言い伝えもあったりする。
 
おそらく、未成年が夜遅くまで出歩かないようにするための言い草なんだろうが、中々な威厳のある稲荷神社もあることから、半分大人になった今でも「重み」がある。

習わしは、案外、深く自分に染みついているものである。

「残り、2本だ…。」

あゆむが、フィルムの中を覗き込みながら、呟いた。
まあるい若草色のピアスが柔らかく揺れる。毎年見慣れた、淡い若草色の浴衣と似合っている。

結局のところ、あゆむのおかげで橘先輩と花火が出来ている。と言うのも、橘先輩が俺に会いたがったというのである。運が回ってきたのか。

「じゃあ、あゆむと橘先輩で。」
「いーよ。つかさと橘先輩でやんなよ。橘先輩、麦茶取ってきますね。」
「おいっ…。」

いきなり二人きりに、と声をかけるのを見越してか、足早にあゆむは家の奥へと消えて行った。

りりり、と鈴虫の音だけが耳の奥へ入ってくる。前期終業式の日以来、あゆむとは距離を感じる。上手く言い表せないけれど、あゆむは、俺を必要以上に避けている気がする。

原因は、皆目見当がつかない。あゆむは、大切な存在だから早めに仲直りをしたいのだが。

「勝負しようよ。」
「え…?」

凛とした声で、いきなり橘先輩が話しかけるから、思わず心臓が飛び退いてしまった。高級な陶器のように白い肌。何かを見透かすような大きな瞳。綺麗に結い上げられたうなじ。

いつでもさらわれそうなくらい美人で。

「あ、はい。」

動揺が橘先輩に伝わらないように、橘先輩が持っている線香花火に火を付ける。
今にも消え入りそうな火の蕾が芽吹き出した。こっちは、顔から火が出そうだって言うのに。

「蕾、牡丹、松葉、柳、散り菊」
「へ…?」
「線香花火の燃え方のこと。人生に例えられたりするの。」
「へえ、初めて知りました。橘先輩、博学なんですね。」

何とか話を繋げようとする。正直、胃が痛い。こんな美人の隣でひとりぼっち。内弁慶とよくあゆむから言われるが、本当にその通りだ。あゆむの馬鹿話が恋しい。

「違うよ。さっき、佐久間さんが教えてくれたの。」
「あゆむが?」
「あなたが知らない佐久間さん、私は沢山知っていると思う。」

橘先輩はそう言って、子ども一人分ほどの距離を空ける。穏やかだけど、細かい棘を感じる言い方に違和感を持った。
ふと、橘先輩の横顔を見ると、まあるい朱色のピアスが荒々しく揺れていた。

気が付かなかった。

「佐久間さん、いつも楽しそうに話をするの。」
「えっと…。」
「だから、どんな人か気になって。」
「…はい。」
「好敵手だから。」

驚くほど妖艶な、美しい横顔に見惚れて手元がぶれる。橘先輩のピアスと同じ色の火球がゆっくり鮮やかに落ちていく。橘先輩の赤い唇が言葉を紡いだ。二人だけの秘密の声で。

『負けないから。』

そう言って橘先輩は、ゆっくり口角を上げる。初めて目が合った。時が止まった。

橘先輩との夏、美人でもない俺の心臓が迂闊にもまた、さらわれた瞬間だった。

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