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【SF連載小説】 GHOST DANCE 5章、6章

  

   5 模範的患者


 翌日から、さっそくリハビリテーションが始まった。話によると、結果的に冬眠の運命をみるきっかけの事故はダメージ深刻な重傷とのことで、手当てなおざりのままとっとと凍結されたらしく、本格的な治療はもっぱらこの百年後に於いて行なわれたという。
 ところがさすが隔世の、進歩した医療あらたかに昔の致命傷もお茶の子さいさいのわざで、意識が戻った時にはおおかたの修理は完了、からだが動かぬと信じたは冬吉の精神的思い込みによるものと知れた。

 さるほどに、一週間が過ぎる頃には歩行も食事も正常の姿に回復して、病室には日常を彩る家具類をはじめ、ポスター型のテレビ、オーディオプレーヤー、本、雑誌、おまけにデジタルピアノまで運び込まれ、カタログで選んだ好みの服の支給も受け、洗濯物も部屋に備え付けの全自動にぶち込み、三度の食事は美也子が運び、消灯時間も取り消しとあれば、数々の検査を義務と心得るところ、単身赴任というよりは人間ドッグのための入院のふぜいであった。
 そうはいっても、冬吉は安逸をむさぼるには至らない。まず、自由。これが許されない。扉は閉じられると同時に、こちらからはテコでも動かない。からだが達者になった分、いっそ息苦しい。加えて、白衣の連中は随時入室御免、こちらのプライバシーは見事ガラス張りにして、ノックの礼を看守の靴音に見立てたとたん独身寮はすなわち独房であった。
 無論、生殺与奪の権を握られていると思えばばじたばたするだけ無駄、検査検査の合間を縫った時間を潰すは、もっぱら衣片敷くベッドとピアノ、そしてテレビという退屈この上ないデルタ地帯の中に他にらない。
 特にテレビは半ばつけっぱなしながら、ニュースで取り上げる環境や失業問題なぞ、いまさら何をとしらじらしく、雑木林の誕生や新種の魚類や昆虫の発見を大事件のごとく報道するは政治的プロパの悪臭芬々として、情報操作は旧来からの悪弊をそのまま引きずったけはいである。又、ドラマに至っては、ホラーとお涙頂戴に混じり、これは出生率の低下に係るのか、露骨なポルノ映画が健全番組のごとく大手を振るは、退廃を通り越しいっそ死臭ただようながめであった。

 一方、死臭とは縁遠い白衣におうナースの美也子。埋もれた記憶との接点を求めるはなにぶん手前勝手ながら、無聊をかこつ身としあればこれを放っておく法はない。
 じっと観察するところ、カレシはやはり貴宏らしい。こいつ、面どおりの野暮で、ベッドでの合歓のにおいをチラホラ仄めかすにして、対する美也子は冬吉の前迷惑顔にはぐらかす。これは落とせる手応えである。当方のうぬぼれか。なに、うぬぼれも又楽しい。思えば女の尻にちょっかいを出しても悪びれぬ口、恋人がいるくらいで尻込みする道理もない。
 にも拘らず、冬吉は手出しを控え、ひたすら患者と看護師の距離をおき、冗談も思わせぶりも引っ込めた。なぜか。肝心の男根が、いまだ冬眠中という事情にぶつかったからであった。なまくらでも一振りの剣なしでは、男と女の闘いはいどめない。これは、本能的兵法といえた。当分は雌伏。冬吉は甘んじて、模範的患者を演じてゆくしかなさそうであった。

    6 プロジェクト・エロス

 八月も半ばが過ぎた。相変わらず外出の自由はない。かわりにウイスキーとタバコの支給があって、検査も一段落というけはいであった。昼食後の一服。窓のスクリーンには一足早い紅葉あざやかな山容が映し出され、遠景には滝つ瀬すずやかに、漂う風にもほんのりしぶきが混じって部屋をうるおした。
 冬吉は椅子にもたれ、退屈しのぎについ手近の本を引き寄せた。「セーラー服に欲情するために」。副題こそえげつないが、著名な学者による立派な学術書らしい。とはいえ、百年前の旧人類にとっては斜めに読んで適度に笑えるコミックにすぎない。按ずるに、出生率低下の背景には、性欲の減退という大問題が控えていると読めた。テレビのお茶の間ポルノも、従って国策のにおいがした。

         ※

 不意に、扉があいた。無礼者め、ノックぐらいはしやがれ。憤って冬吉が振り向くところ、思わずほほえみの、主はすっかり忘れていたささやきであった。
 ささやきはズルそうな笑みをくすぶらせつつ近ずいてくるなり、
「冬吉君、おめでとう。元気そうね。すっかり男前になって」
「どうだ。見直したか」
「それより、いいコト教えてあげる。もうじき外にでられるかも」
「誰か言ってたのか」
「稲垣せんせ。立ち聞き、盗み聞きはあたしの趣味よ」
「悪い趣味だ」
「お説教なら、帰る」
 ムッと膨れるささやきに、
「怒るな。ポテトチップスでよきゃ、食っていかないか」
「いらない。それよりねえ……」
 じらす口ぶりに語尾を引きのばしつつ、手にしている白いカードを捧げ持つと、
「ねえ、冬吉君。一足お先に、病院の見学させてあげてもいいのよ」
「ほう。いいことを言うねえ。そいつで扉をあけたってわけか」
「そうよ。これ、『ホワイトカード』って言うの。これさえあればなんでもできるの。たとえばねえ……」
 まだるっこい説明ながら、要するにこのカードは医者を中心とするエリート階層専用のものらしく、病院内を自由に踏み渡る手形兼もろもろのカードの役目も持っていると見た。
「しかし、ガキのお前がなんでそんな御大層なカードを持ってる」
「ガキとはなによ」
「はっは、すぐむくれる」
「あたし、帰る」
「待てよ。何かコンタンがあって来たんだろう」
 ささやきはすぐに機嫌を直すと、手にぶらさげていたトートバッグから白衣と黒縁の眼鏡を掴み出すなり、
「じゃあ、早くこれを着て、あたしを遊びに連れてってよ」
 どうやら、仮の保護者を押しつけられたようであった。しかし、冬吉にとっては渡りに船。白衣と眼鏡の変装よろしく、ささやきをともなってさっそく部屋を出た。扉には「1707」と刻印され、確かに「今村冬吉」と名札がある。おまけに、「面会謝絶」のプレートがいかめしい。

 出た廊下はやはり病院の、左右に病室の扉が並び、パジャマ姿の老人、車椅子の患者、医者や看護師の立ち働く様は諸々の検査の折に目にしたままのながめである。
 ところが、途中のエレベーターにて下降、そこを降りたとたん、はて、ここが病院か。人の流れしげく、各種店舗ひしめき、つい先にはモノレールが控えた。これに乗せられれば、行き先はちゃっかり『マジック・ランド』とのことであった。
モノレールは猛スピードで走る。高層ビルの谷間を渡り腹をえぐり、宙返りいさましい昇龍のいきおいながら振動微弱にして、あたりに目を配る間もなく気づけば前方に馬鹿でかいガラス張りのドームが迫った。『マジック・ランド』である。モノレールをあとに、やはりガラス張りのカプセル型エレベーターを降りたところ、『マジック・ランド』とは、すなわち巨大な遊園地と知れた。

 てっきりお父さんの役所なさけなくジャリの天国を引き回されるさき、運動不足たたって息も切れる思いに冬吉がようやく一休みに腰を落ち着けたは園内の山小屋ふうのカフェであった。
 アイスクリームを注文し、ささやきから預かっている『ホワイトカード』を弄びつつ一服していると、つい横手に声があがって、
「家族サービスですか。大変ですね」
 見ると、熊とも猫ともつかぬ大きなぬいぐるみを抱えた男がニヤニヤ笑っている。小柄のやせぎすで、腫れ瞼の、前歯の二本がやけに目立つ悪ガキをそのまま大人にしたようなやつである。胸元に光るヴァギナを模したシルバーアクセがいかにも野暮ったい。年の頃は、冬吉より二つ三つ下に見えた。
 男はささやきを指差して、
「おこさん?」
「いや」
「デートよ」
 ささやきのこまっちゃくれた言い種に男はおどけた笑顔で応じ、冬吉の隣に勝手に腰を下ろすとアイスコーヒーを注文してから、
「あっ、僕は《プロジェクト・エロス》の池田といいます。実は、娘に頼まれましてね」
 どうやら、ぬいぐるみのことらしい。冬吉がつい《プロジェクト・プシケ》の名を出すと、男は鼻の下を指先でこすり、わざとらしく肩を寄せつつ、
「プシケの新入りですか。なら、一つ教えて下さいよ。なんでも噂によると、百年前の凍結人間を使っているとか……」
 池田と名告る男は《プロジェクト・プシケ》の研究を半ば馬鹿にしながらも、幾分は成果が気になるのかそれとなく打診してきたが、もとより冬吉に答える術はない。
 いずれにしてもこいつ貴宏の友人らしく、新入りの冬吉を何も知らぬ田舎者とでも値踏みしたか、教えを垂れるという口ぶりでの情報によれば、かの稲垣博士は貴宏ともども去年まで《プロジェクト・エロス》に参加していたというが、今年になってから独立、涼一郎を新たに加え、《プロジェクト・プシケ》を組んだとのことであった。
「どうです。もしお暇なら、参考までにうちのプロジェクト、覗きに来ませんか。ついでに、手を貸してもらいたいこともあるんですよ」
 思いがけぬ見学の誘いに冬吉が勿体をつけて同意すれば、ささやきも不承不承手を引かれ、さっそく地下駐車場に止められた男の車に同乗した。車は、排ガスのない電気カーのようであった。
 『マジック・ランド』をあとにすると同時に、男は後方を顎でしゃくり、
「やはり、あそこに研究室を持たなきゃうそですよ」
 見れば遊園地のドームの背後に、ゆうに百階はありそうな超高層の建造物が、あたりを睥睨してゆるぎなく、両側に脇士を従えて台座より立ち上がった不動明王さながらにそびえている。
 男の独り言めいた科白から推察すれば『第二螺旋病院』のシンボルの……いや、当の病院とは何か、すなわち都市と一体になった融合空間をあまねくそう呼ぶならいのようであった。
「それはそうと、貴宏のやつと美也子ちゃんとの仲はどうです?」
「さあね」
「去年の暮れ、貴宏と飲んだ時はまだモノにしてないとのことでしたが、近々ぶち込んでやると息まいてたもんで、その後会ってないし、どうなったかなあと思いましてね。実は、僕も一度彼女を口説いたことがあるんですけど、やっぱりレイプの後遺症ってのは尾を引くんですかねえ」
「レイプだと!」
「ええ。彼女、十九より昔の記憶がないってコト、知ってますか」
「それは聞いた」
「噂なんですれど、どうやら少女期のレイプがトラウマになってるらしいですよ。お陰で、ひどい性交恐怖症。僕の睨むところ、潜在的には結構あれの好きな女と思うんですが、ペッティングまでは許すくせに、なかなかぶち込ませない。僕にでもぶち込まれていれば、過去の傷なんていっぺんで治してやったんだがなあ……」
 気に入らない。こいつ、よほど一物に自信でもあるのか。美也子を侮辱するにもほどがある。冬吉がつい睨みかけると、
「それより、おたく、美也子ちゃんが前の院長の養女だってこと知ってます?」
「いや、初耳だ」
 話によると、前院長は「不老不死」に関する権威ながら、十年ほど前、研究のさなかに忽然と失踪したものと知れた。けだし、『第二螺旋病院』の院長としあれば権力は大きい。生きて帰還の暁には、その養女を妻にしたやつに福はおのずと約束される。当の男も、又貴宏にして、そんな下心があるけはいであった。
「でも考えてみれば、法律的には失踪七年で死人も同然ですがねえ。それにしても、おたくも無口だなあ。あっ、もしかして、涼一郎君と同じ分子生物学を専攻した口じゃないですか。一癖あるんだよなあ……」
 専門的な質問でもぶつけられては厄介である。冬吉もしかたなく積極的に水を向け、
「ところで、おぬしのプロジェクトの方はどんなものかね。なにせ山出しの新参者なもんで、てんきり情報がない」
「見事、たそがれですよ」
 男の話の要点を繋ぎ合わせれば、《プロジエクト・エロス》とはおおむね次のような人を食った計画であった。
 出生率の低下にあえぐこの時代、予測どおり男女を問わず性欲の衰えは深刻をきわめ、結果、「愛の復権」を求める声があがったという。愛の最も極端なかたちが「心中」である。過去のデータを繙き解析するさき、情死者の多くは常に激しい性愛で結ばれていたという結論を得たらしい。《プロジェクト・エロス》では無作為に被験者を募集するところ、かっての心中事件、あるいは心中文学のシチュエーションを人為的に作ったカップルの脳にインプットし、その結果生じる性欲昂進のメカニズムを生理精神の両面から分析するというものであった。

 車はじきに、大きな蒲鉾型の建物の前に止まった。車を降り、入口でカードによるチェックを受けたのち、エレベーターに乗る。車の中では一言も喋らずむくれていたささやきも、諦め顔に従った。
 エレベーターを降り人気のない廊下を渡り、とある扉に招き入れられると、そこは一方がはめ殺しのガラス張りになった細長い部屋で、見下ろすところはてっきりスタジオの、幾十にも区画されたセットが照明に照って俯瞰できた。
 部屋にはずらり並んだモニターがあって、それぞれのセットに配置されたカップルを映し出している。近松の世話浄瑠璃から社会面をにぎわした情痴事件まで、ひとわたり心中をテーマにした名場面が一堂に集結しているあんばいであった。
 男はモニターを覗き込むなま若いやつと何やら言葉を交わし、これが一礼してすぐに退出したあと、二人をソファーにいざない、冬吉にはコーヒー、ささやきにはジュースを勧めてから、やれやれというそぶりに両手を広げて、
「御覧のとおり、僕は今日の真夜中までモニターとにらめっこなんですよ」
 それから一通りモニターをチェックし、日誌に書き込みをしていたのが、
「そうだ。ちょっと、こちらへ……」
 ささやきを残し、男が冬吉を誘ったのはモニタールームに続く小さな事務室であった。机の上の書類こそ整然と片付いていたが、パソコンは埃をかぶり、灰皿の吸殻みだれて、空のビール壜が数本、談笑の名残のけしきにのほほんと突っ立っている。
 男はさっそく抽斗の奥から水玉模様のディスクを取り出してデッキにかけると、
「貴宏のやつがここをやめる時の置土産ですよ。まさか、ビデオが回っているとは知らなかったんでしょうけどね。この間、整理してたら、たまたま出てきまして。なんか今見ると、このプロジェクトの行く末を暗示してるみたいだ……」
 モニターには、粗末なベッドを据えた学生の下宿を思わせるセットが浮かんでいる。カメラは、ベッドの手前上方に取り付けられてあるらしい。男が早送りのボタンを押す。出し抜け黒のTシャツに細かいチェックのパンツルックの女と、サファリジャケットをはおった男が現われ、ベッドの周りを猛スピードでおどり、並んで腰掛けた。
 速度が正常に落ち着く前から、それが美也子と貴宏と知れた。二、三年は以前のものだろう、ショートヘアの効果もあって美也子はずっと初々しく、からだつきにもふっくら少女がかおっている。ビデオの音は消されてある。二人は時に笑い、小突きあい、不意に真顔になり、察すれば何やら芝居の一場面を遊び半分に演じているけしきであった。
 男が再度映像を早送りする。二人の所作急に慌ただしく、立って座ってぐるりと回り、うちつけ美也子がベッドにのけざまに倒れ、続いて貴宏のからだが飛び込むように重なり、スピードが正常に戻ったとき遊びはいつの間にか本番の、口吸い濃厚にして、貴宏の指も美也子の着衣をかきわけ女の仕掛けをまさぐった。
 男はそんな美也子の顔を指差すと、
「ほら、あれは感じてる顔ですよ。バージンでもあるまいし。あそこまでじらして、ぶち込ませない法はないでしょう」
 野郎、何をぬかす。拳を固めた次の瞬間、映像の方が先に冬吉の顎を痛烈にとらえた。そう。うっとりと目を閉じる美也子を前に、貴宏がさり気なくポケットから取り出したは反りたくましい象牙色のペニスに違いない。まさか、張形。背筋が凍りかけたとたん、画面の美也子もそれに気づいたか、約束が違うとばかり貴宏を押しのけ、ベッドを降り、乱れた着衣を慌てて整えるとさっさと画面から消えた。あとには、張形を人差し指にはめ、気まずい溜息なさけない貴宏の姿だけが残り続けた。
 男を窺うと、薄笑い高慢につい漏れる科白には、
「この、インポ野郎」
 冬吉は反射的に男を睨みつけた。無論、拳の用意もある。美也子への侮辱。出し抜けの嫉妬。目下インポテンツは当方も同じという引け目。それにも増して、美也子の身に起こった災いに対する謂れなき罪責感。すべてをひっくるめた憤りが、突き上げたからであった。
 男の顔にもうろたえが滲み、口調おどおどと言うことに、
「いや、誤解しないで下さいよ。僕、何もインポテンツを馬鹿にしてるんじゃないんです。どだい、この時代のインポなんて虫歯みたいなもんでしょう……」
 しどろもどろの言い訳によれば、虫歯に金冠の着想よろしく、性欲増進機能を持つ『人工ペニス』を装着しての、男女もろとも快楽を咀嚼するは今の世の常識という。貴宏がポケットから取り出した卑猥なやつのことだろう。元来は老人専用の補助器具として開発されたそうだが、昨今では国民的に普及し、いにしえのコンドーム並に自動販売機でも入手できるとのことであった。
 弁解を兼ねた男の解説を聞き終えると同時に、
「おい。そのディスク、俺がもらう。文句はねえな。え?」
 意識的に凄んだのに、
「ええ、どうせ処分するつもりでしたから。どうぞ、どうぞ」
 男は気弱に答えると即座にディスクを差し出し、冬吉から顔をそむけるようにしてモニタールームに戻ると、しいて落ち着いた口ぶりで言うことに、
「実はね、うちのプロジエクトもあまりうまくいってないんです。見てくださいよ。被験者の連中、思ったほどにもセックスをしない。だもんで、僕、近々『臓器移植科』の方に移ろうと思ってるんですよ。ちょっと、女房のコネがありましてね。ただ、僕としても少しは世話になったわけだし、立つ鳥ガキを残すの根性で、このところこっそりプロジェクトの今後の予算のために協力してるんです。すべては結果で判断されますからね。今夜は少なくとも、二、三人にはタネを仕込まなくちゃ。どうです。もしよろしかったら、協力してもらえませんか」
 とんだ帳尻合わせに呆れていると、男は威しつけられたことへの腹いせか、ささやきの方に目を落とし、
「ああ、そうですか。よくある話です。ペドフィリアね」
 それでも言い過ぎたと思ったのか、不意に思い出したというそぶりを取り繕って、
「そういえば、おたくのプロジエクト、確かEブロックでしたね。本当なんですか、幽霊が出るって……」
 科学の時代におかしなことを訊くやつだと思ったが、冬吉は敢えて調子を合わせ、
「出るよ。ほら、おめえの後ろ!」
 こいつ、本気でたまげたこなしに振り返り顔面も蒼白になったのが、冗談と知るとムッと顔を引き締め、モニターの一つを指差すと、
「今、そこに降りてゆきます。見てて下さいよ」
 言い残すと、ガラス張りの脇の扉を開け、急ぎ足で階下のスタジオに続く階段を降りていった。
 言われたモニターには鄙びた旅籠を思わせるセットが組まれ、いかなる仮想人生を入力されたものか、きもの姿の男女が向かい合って黙々と食事にいそしんでいる。
 じきに、モニターに男の姿が現われるや、食事中の女を引き倒し、裾をはぐるとさっそくコトに及び始めた。女は気抜け人形の、拒むけしきもなく、対するかたわれも我関せず焉と食事を続けている。男の愛撫には微塵のやさしさもない。かといって、自慢するほどの一物か。唯一の矜持らしいこれ見よがしの背筋運動は、励むほどに滑稽さを通りこし、いっそあわれを誘うお勤めであった。
 あほくさい。冬吉が立ち上がろうとすると……や、ささやきのやつ、目を丸く身を乗り出してこれを凝視しているではないか。ポルノを観賞するにはまだ早いだろう。つい手を引けど、腰おもく相変わらず釘づけのまま口走るには、
「冬吉君、あれ、あれ……」
 とんだ好奇心の、男女のからだのからくりに質問が及べども、さあ何と答えるべきか、
「胸がでっぱってきたら、おのずと判ること」
 冬吉はぶっきらぼうに言い放ち、ささやきを引っ張るようにして《プロジェクト・エロス》をあとにした。

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