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【SF連載小説】 GHOST DANCE 9章

   

   9 スナッフゲーム


 気になるカップルを残し、冬吉は涼一郎とともにすぐにエレベーターに乗って一階に出た。
 降りたフロアはやはり大病院の、白衣あわただしく舞い、外来らしい患者ひしめく不安ただよう待合室。ここを抜け、カートに乗って芝を渡る。所々にプールやファーストフードの店舗が並び、南国の植物も形よく、ちょいとしたレジャーランドのとば口のながめであった。
 それでも、じきに目に迫るはかっての東西ベルリンを仕切った壁にも似て、構えいかめしく、こちらとあちらを厳然と区切って揺るぎない。やがて、銃で武装した衛兵の立つ検問所につけば、出るやつ入るやつ様々ながら誰もがカードの提示を求められ、特に入ってくるやつらの顔には緊張のいろが強く滲んでいる。カートを乗り捨て、涼一郎のあとにつき冬吉も自分のカードを端末にかざしてチェックを受けたあと狭く長い手摺りの枠を通って、いわく『蟻の巣』に踏み込んだ。

 不意に世界が違った。眼前に開けるは、消毒臭に代わって汗臭い熱気に満ちた繁華街の、やけに懐かしいざわめき波をつくり、残暑の蒸し暑さをいやましにして冬吉の首筋にまといつく。壁に沿った隔ての大通りは、さながら濠である。病院を大気汚染から守るためか、一台の車も通らない。さっそく斜め横断するさき、白と銀のデザイン威圧的なビルの入口から、長い行列がくねっている。訊けば、言うところの「入院」、すなわち病院に入るための御用商人や病院労働者の審査手続きが行なわれているという。屋上からは雲に隠れた太陽の代理とばかり黄金のアドバルーン鮮やかに光り、「電算機の顔をした自由主義」とスローガンけばけばしく漂った。女も抱けぬ意気地なしよりは、機械の方が頼もしいとのこころだろう。近づくにつれ、建物の壁面にも「薔薇色の未来」なるコピーをぶつけたポスターが選挙事務所なみに貼りつけられ、押しつけがましいプロパのいやみがにおっている。
 つい振り仰ぐところ、今出てきた病院は大小さまざまな角柱円柱を無造作に積み上げたけしきの、さながらキュービズムの絵画にも似た。
 涼一郎の解説によれば、心棒たる『第二螺旋病院』が《ブルー・サングラス》の保育室とあれば、表も裏も権力はおのずとここを中心に蝟集して、都市づくりのプロジェクトもかねの力のせめぎあい強引に、もろもろの企業は自社を病院にぶつけ四通八達の渡り廊下でパイプを繋ぐさき、都市はさながら遺伝子の狂った巻貝の、ぶかっこうなオブジェの混乱であった。
 いや、ぶかっこうと見るは、異邦人たる冬吉のみらしい。この病院世界こそ選ばれたエリートのための都の一等地とふんぞりかえって煌めけば、「入院」して患者になりのぼるは『蟻の巣』の庶民にとって垂涎の夢に違いない。いや、現に才あらば「入院」も夢ではない。絶滅に瀕する高価なペットたる野良猫で財をなし堂々「入院」の、臓器移植の特権を手にした無宿の老人をはじめ、カードの偽造でまんまと患者に成り済ます狡知にたけたやつまで、『蟻の巣』の巷ではそんな噂が尾鰭胸鰭をつけて泳ぎ回っているという。

 やがて、二人が人波深く人熱れに包まれるところ、マックからゲーセンまでいにしえの盛り場とさして変らぬけしきながら、おびただしい露店が目を引いて、これを商うはさてはストリートチルドレンか。身なり貧しいガキどもが眼光こすからく、声を張り上げ袖を引き、なかなか逞しい生きざまであった。
 ざっと目を流せば、「芽の出る柿の種」「腋の下で孵るタマゴ」「ボーフラのわく黄金の水」……等々、どれをとってもインチキ臭い中、特に目につくは「強姦の友」なる『人工ペニス』をはじめ、媚薬の類や淫具、あくどいポルノグラフィーも溢れかえった。これはテレビのお茶の間ポルノと似た口の、当局推奨の品々とみえ、でかい面で表舞台に居並ぶにして、ガキどもの商魂むなしくとんと売れゆき捗々しくない。てっきりインポテンツはこの時代の国民病なのだろう。
 それにしてはワイセツにおいたつ風俗営業の店がそこかしこ軒を連ね、現に練り歩くいくたりか面つき好色に木戸を潜り、ビラ配りの娘っこの尻を触るオヤジに至ってはいっそエリートというべきか。訝る冬吉に対し涼一郎が答えるには、
「確かに、病院での性欲は隠然たる勲章だがね、ここにおける性欲は人類退化のあらわれなんだよ。それより、何か欲しいものがあれば買ってみてはどうかな。せっかく、カードを持っているんだ」
「どうも、食指が動かない。そう、『ゴーストダンス』のCDくらいなら」
「はっは、君も臍曲りな男だな。まあ、いいだろう」
 冬吉にして不意に思い出したわけではない。この『蟻の巣』に踏み込んでから件の曲はおちこちから流れ、あたかもこの地のBGMのふぜいであった。のみならず街の角々では老若男女を問わず曲に合わせ奇妙なフリで踊り興じる姿が散見された。ただし、そこに陽気さは微塵もない。いっそ陰惨な忘我に身をゆだね、両手を天に捧げ何かを乞い求める切々たる念仏踊りであった。つい先にCDショップはあったがあいにく品切れ。よほどのヒット曲と知れた。
 ショップを出ると同時に涼一郎が言うには、
「ところで君、なぜ『ゴーストダンス』が病院内で禁じられているか、知ってるかな」
「不老不死を是とする病院体制に、ゴーストとはいかにも不吉。そんなトコかね」
「それもある。が、もう一つ。宗教という前近代的発想を病院当局が嫌うからだ」
「宗教。貴宏君もそんなことを言っていたが……」
「そう。『ゴーストダンス』は今、この『蟻の巣』である種の熱狂的な宗教として広がっている。というのも、ここでは病院と違って人類の滅亡という強迫観念が瀰漫しているからだ。それはそうと、『ゴーストダンス』の元々の意味を知っているかね」
「いや」
「昔、アメリカのスー族の間で、白人どもの圧制に耐えかねて生まれたものらしい。神のお告げにより白人どもは死に絶え、死んだ祖先が蘇って理想の社会がやってくる。恍惚と踊り続けたもののみ、生き残って幸を得る。現に、この『蟻の巣』では蘇ることを当て込んで、先祖の伝説の売買すら行なわれている」
「伝説の売買。なんじゃ、それは……」
「そういえば、君の時代には家系の売買があったと聞く。富で力を得たやつが権力に箔をつけるため、次に欲しがるのが血というわけかね。今では代わって、もっと人間臭い。つまり、やさしさ、頑固さ、剽軽さに根ざす、ほのぼのとしたた逸話を残して死んでいった祖父や祖母、それを伝説として売買するのさ。もはや、『蟻の巣』では血なんぞ役に立たない。同じ蘇るなら、生きることを楽しくしてくれる祖先がいいに決まっている」
「幽霊の復権か。そう、幽霊といえば俺のいるEブロック、その幽霊が出没するとか」
 言ったとたん冬吉はまずいと唇を噛んだが、涼一郎は別に聞き咎めることもなく、
「はっは、幽閉の身のわりには耳がさとい。まあ、幽霊というよりゾンビが徘徊するんだ。なんでも、首を外して手で持っていたという噂もある」
 そらとぼけていた涼一郎が不意に足を止め、
「入ってみるかね」
 顎をしゃくったところは、はて、映画館か。おおかた戦争ものだろう。血腥い戦闘シーンが、どぎつい液晶看板に炸裂している。
「こんな映画はまっぴらだ」
「ここは映画館じゃない。『バーチャルリアリティー・ホール』だ」
「バーチャル?」
「仮想現実体験だよ。すでに、君の時代に基礎は出来ていたはずだ。まあ、今では二十世紀の映画館なみかも知れない。ただし、自分が主人公。筋書きも自分で作ることになる。昨今はヒトラーやブッシュの戦争ものが流行というわけだ。これも、ある種のコロシだよ。入りたくないなら、別のところに行こう」
 涼一郎の足が繁華街の裏手にそれ、さらに薄暗い路地に踏み入った。いかがわしい。麻薬や売春のにおいであった。
「どこに連れてゆく」
「『スナッフゲーム』さ。さっきもらったチラシを見てみるといい」
 そういえば先ほど擦れ違いぎわヤクザ風の男に握らされたが、会話に夢中で見もせずポケットにねじこんだはず。冬吉がさっそく取り出して開けば、
  
                                               
   切り裂けば生の臓腑が飛び散る本物の美少女、美少年が、
  あなたに惨殺されるのをお待ちしています。
   秘密厳守  絶対に、本物の本物です!  
      
 
「ぶっそうだな」
「当たり前。僕たちはこれから、人を殺しにゆくんだ」
「コロシだと」
「そう。人類至高の快楽。ただし、この快楽は、権力者にしか許されていなかった。すなわち、いくさ。一掴み権力者が、国民という奴隷を使って演じせしめた殺人ゲーム。累々たる屍の山に、やつらの腎水は溢れ魔羅は天を突く。支配者の特権。しかし、今ではコロシは個人に開放されている。商談をまとめるためにコロシを斡旋する。半ば常識だ。君の時代の売春と思えばいい。はっは、そう気色ばむな。何も、殺したくなかったら殺す必要もない。廓通いの心意気、いっそ女を買いにゆくと思えば気も楽だろう。料金も十分の一ですむ。ほら、そこだ」
 古びた雑居ビルの裏手の、なんとも表示のない鉄の扉を引くとすぐに階段、二人して降り切ると再び扉があって、中に踏み込むところ椅子が五、六脚無造作に並ぶ小部屋に出た。正面に窓口があって、涼一郎がブザーを鳴らすと、じきに現れたのは見事に禿げ上がった五十がらみの腕ふつつかなやけにでかいやつで、涼一郎を認めるなり腰低く、
「これはこれは、おぼっちゃま。お待ち申しておりました」
「注文の品、出来てるかな」
「はいはい、もちろんでございます」
「まさか、僕に内緒で客を取らせたりはしなかったろうな」
「めっそうもない。あれは、おぼっちゃまの特注品。水揚げはおぼっちゃまが……」
「なら、いい。実は連れがある。彼はコロシには興味がないそうだ。古典的な好色漢らしい。適当に見繕ってくれ」
 冬吉は、つい口を挟んで、
「古典的好色漢とはなんだ」
「はっは、正直に言ったまでだよ。君、目覚めたその日に、美也子君の尻を触ったそうじゃないか」
「いけねえ。バレてたか」
「お里が知れると、怒っていたぞ」
 その間、窓口の巨漢は雨がっぱのようなものとゴム手袋を涼一郎に手渡してから、
「で、凶器は? ピストル、ナイフ、ロープ……あっ、毒殺っていうのも新しく始めました」
 じっと考え込む涼一郎の顔にキチガイじみた色がさし、息荒く、指先をピリピリと震わせていたのが、きっぱりと、
「ナイフだ」
 窓口の巨漢はすみやかに狂暴なコンバットナイフを取り出し雨がっぱの上に置くと、今度は冬吉の方に首をひねり、
「お客さんは……あっ、お客さんはただのスケベエでしたね」
「野郎、なんてえ言い種だ」
「いえいえ、むしろお褒めしているつもりで……」
 涼一郎はそんなやり取りを無視してカウンターの上のブ厚なカタログに目を落としていたが、とあるページを指差し、
「おやじ、この黄色いドレスを着せておいてくれ」
「へえ、かしこまりました」
 窓口の巨漢は、さっそく鉄製のずっしりとした鍵を二人の前に突き出した。鍵には木札がついていて、それぞれ四号室、五号室としるされてある。
「さあ、行こう」
 涼一郎にいざなわれ小部屋の右手の扉を抜けると再び下り階段、降り切ったところから紫色の絨毯を敷き詰めた狭い廊下がまっすぐ伸び、左側にはいくつもの鉄扉が並び、右側の黒い壁には責め絵、無惨絵の数々が飾られてある。
 四号室の前で涼一郎は立ち止まると、
「君は隣の部屋だ。それなりの美女が来るだろう。煮て食おうと焼いて食おうと、好きにするがいい」
 言い残すと、涼一郎は鍵を使い、すみやかに扉に消えた。
 冬吉も歩を進め、五号室の扉に鍵を押し込んだ。コロシなぞと物騒なことを言っても、所詮、幾分SMがかった売春宿だろう。別に尻込みするでもない。SMはさておき、その手の遊びには慣れていた口なのか、さっそく扉をあけるとすぐに脱衣室。さだめて、ソープランドの趣向だろう。正面の曇りガラスの戸を引けば、八畳ほどのタイル張りの浴場が現れた。それにしてはバスタブがない。代わりにベッドが一つ。奥には赤いビニールのカーテン、右手の壁は鏡張りで、シャワーこそ使えるが、他にはプラスチックの椅子が二脚、天井にはスプリンクラーにも似た装置が見えるばかりである。なんとも素っ気ない。冬吉が首をひねっていると、赤いビニールのカーテンが開いて、
「お待たせいたしました」
 見ると、薄いものを着た女がウイスキーを載せたワゴンを押して立った。二十歳そこそこだろう。褐色の髪ゆたかにして頤に割れ目のある細面の、混血の美形である。スタイルも申し分ない。好みとは違うが、これを抱かぬ法はない。冬吉が軽く目配せを送ると女は媚を含んでほほえみ、ベッドに足を組んで腰掛けた。
「さあ、いらして。あの手この手、いかようにもお勤めいたしますわ」
 誘われるまま冬吉が近づくと、女は待ち焦がれたふぜいにベッドにのけぞり肩を落とした。性急なやつめ。つい本能に身を委ねかけたとたん、冬吉の脳裏を黄色いドレスがよぎった。今日初めて目にした私服姿の美也子。ドレスは、悋気の色に燃えているようであった。
「さあ、いどんできて」
 割り込む声に、
「待て。俺が抱きたいのはおぬしではなさそうだ」
「はい、失礼いたしました」
 女は素直に答え、からだと目をともに閉じた。殊勝である。黄色のドレス初々しい美也子の幻の前、娼婦一箇ネズミの屍骸にも似て、もはやこれを抱く気にはなれない。女も身動き一つせず、ちゃっかり寝入ったかに見えた。
 野暮を承知の所在なさに冬吉はウイスキーを一口、つと立ってあたりを見回すと、ふと壁に貼られたパネルが目に止まった。近づいてざっと読めば、これは明らかにコロシの手引きである。刺殺、射殺、絞殺、撲殺……まさにゲームの要領で、生殺しからとどめの刺し方まで詳細に列記されてある。さては、いろごとに関する符牒なのか。女を起こして問い質すのもきまりが悪い。野暮も極まったところ、好奇心はコロシよりノゾキの、ナイフを手にした隣の部屋の涼一郎にあった。タイルに耳を押し当てても、物音はしない。しとやかなネズミの屍骸いいことに冬吉は脱衣室に出、化粧板の壁に改めて耳を押しつけてみた。とたんに、甲高い取って付けたような女の笑い声が響き、続いて、
「もう、涼一郎さんったら、どうしてさっきからずっと黙ってるのよ。じらさないで、早くいい気持ちにして……」
 ついぞ耳にしたことのない鼻にかかった嬌声ながら、美也子の声に間違いない。まさか、この魔窟が白衣の身のアルバイト先というか。しばし聞き取れぬささめごとのあと、突然美也子の声がひきつって、
「やめて! なんの真似」
 ついで、涼一郎の半ば泣き声が、
「死ね、美也子。死ね。死ね!」
 同時に美也子の絶叫。うめき声。椅子を蹴散らす音。人の倒れる重い響き。前後の見境も忘れ冬吉は部屋を飛び出すや、四号室の扉を引く。内側からの鍵で開かない。叩き、叫ぶしか術はなく、
「開けろ。やい、涼一郎。美也子さんに何をした。野郎。開けろ!」
 すぐに飛んできたのは窓口の巨漢で、
「ちょっと静かにしてください。他のお客様の迷惑になります」
「迷惑もヘチマもあるか。コロシだ。コロシ」
「当たり前ですよ。コロシを楽しんでいただくのが、うちの商売……」
「馬鹿野郎。誰をバラそうと勝手だが、相手が問題だ。相手は美也子さんだ。病院のナースだ」
 巨漢の顔に幾分のうろたえの色が浮かび、責任をなすりつける同意を取ったあと、合鍵を使って扉は開かれた。真っ先に飛び込み曇りガラスの戸を引いたとたん……ああ、冬吉は思わず立ちすくんだ。
 やはり、コロシは本物か。犯行直後の血しぶきで彩られた部屋の中央で美也子は黄色のドレスの胸を朱に染め、もすそ乱してのけざまに、素裸に雨がっば不気味な涼一郎にその身を委ねている。美也子のうつろに見開かれた目に焦点なく、もはや尋常の状態でないことは一目で知れた。外道め。思わず踊りかかる冬吉ながら、背後よりの巨漢すばやくその動きを封じ、ブ厚な掌は声をも封殺した。
「まったく、はた迷惑な。うちの信用にも係わりますよ。単にお楽しみになってるだけじゃありませんか」
 涼一郎はすでに忘我の境地か、背後の騒ぎなどどこ吹く風の、息の根止めた女肉の凌辱をいかなる行というか、犠牲者の名を呟くは唱名にも似て、しだいに激しくなる法悦の儀式に、弛緩した美也子のからだは人形のように揺れるばかりであった。
 やがて涼一郎、邪悪の行を終えゆっくりと立ち上がり、やおら振り向いた顔つきの、狂気を演じた直後とも覚えず、むしろ悟りすました僧侶に似た。それでも、こちらを認めてわずかに戸惑いのいろを見せたのが、しいて和やかな微笑を湛えて近ずいてくるなり、
「君、彼を離してあげろ」
 巨漢はおろおろと、
「本当に申し訳ございません、おぼっちゃま。病院のナースがどうのと言うもので、つい……」
「いいんだ。もう下がってくれ」
 巨漢の怪力から開放され、冬吉が気も動転に美也子の下に走り寄って腰を屈めれば……はて、これは美也子ではない。無意識の視線で探った左の頬の、美也子には二つ並んだ小さなホクロがあったはず。確信であった。いったん否定してみると、目の前の血みどろの黄色いドレスは、いっそ見ず知らずの娘の屍。
 不意の恐怖にかられ中腰に退いて振り仰ぐところ、涼一郎はすでに着替えを済ませて立っている。それから、やおら屍に近ずくと、無造作にその上半身を起こして背中のファスナーを下ろし、脛骨の下にグイと指を埋め引き上げてみれば、パックリと十センチ四方に渡って皮膚がめくれあがった下、そこに生体とは異質の、プラスチックにも似た素材が出た。
「これは、『スナッフゲーム』用のロボットだよ。冗談で、美也子君に似たやつを作ってもらっただけだ。どうしたね、君は楽しまなかったのか」
「まさか、ここまで精巧とは」
「はっは、おのずと察していると思ったよ。閨房でのマナーからテクニックまで、きちんとプログラムずみさ。もちろん、殺され方もね。安心して、改めて遊んでみるかね」
「遠慮しておこう。コロシは性に合わない。それに、抱きたい女は他にいる気がする」
「意外にお固い人だ。ん? なんでそんな目で僕を睨むのかな」
 睨んだかも知れない。ダミーであったにして、美也子への侮辱にかわりはないだろう。
「ふん。これも愛なんだよ。現代のね……」
 涼一郎はそれから、ぷつりと口を閉ざした。

 ⇦前へ 続く⇒


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