靈韻抄 祥瑞
夜半(よは)の空に月光さし
澄みたる風は山越えて
梢(こずゑ)を撫づる薄霧の
影に隱るる鹿の聲
川の瀬音、靜かに響き
石を洗ふ波の白
彼方の森の木洩れ日に
命の舞ひを見て欣(よろこ)べり
里人(さとびと)の家々の軒
しめやかに垂るる榊葉や
赤き實結ぶ柿の枝
豐穰(ほうじょう)の兆(しるし)を祝ひけり
高嶺(たかね)に湧き立つ白雲の
その影映す田畝(たうね)の面(も)
稻穗の浪のさざめきに
天の惠(めぐみ)をしみじみと知る
曙(あけぼの)の空に鶴翔びぬ
翼ひろげて風を切り
碧(あを)き氣(き)を吸ふがごと
その姿、吉兆(きっちょう)の標(しるし)なり
梅の花のかをり立ち
庭に群るる雀の影
小さき命の營みに
天地の和み滿ちわたる
松の緑は變はらざり
四季を越えて聳ゆる姿
その影深き苔の上
露の玉はかがやき添ふ
人の世にも祥瑞(しやうずゐ)の
兆(しるし)現るる時あらむ
それを見ゆるか心次第
淨(きよ)き目もてぞ探りたれ
鐘の音は遥かに響き
巖間(いはま)を越え谷川に
響き渡れば、その音に
天つ兆しを聽く者もあり
竹の林に風渡り
そよぎて囁く音(ね)は
清らかなる笛の調(しらべ)
天地の律(りつ)をしめすらむ
朝の光、紫に
染まりて東の空高く
一日(ひとひ)始むるその時を
光の惠と人は知るべし
野の端(はた)の花に群るる蝶
翅(はね)の色、虹を映せり
巡る命の環(わ)の中に
響く調べの麗(うらら)かさ
人も草木も石さへも
天の惠を受けつらむ
嵐の後の晴れ間には
兆(きざ)しの光、差し來(きた)るなり
川のほとりに立つ柳
枝垂れ揺るる影に住む
小さき蟲の囁きも
天地の調和(ちやうわ)と交はりぬ
里の竈(かまど)の煙立ち
白き筋は空に昇る
家族圍む膳の上
和みの氣(き)はめでたかり
空に懸かる虹の橋
七色の光、空を架け
遥けき山の連なりは
大いなる天(あま)の手の如し
夕の鐘の響き絶え
朱(あけ)の空に星一つ
かすかに瞬くその光
道標(みちしるべ)とも仰ぎけむ
深き山路の泉にて
澄める水面(みなも)に影映す
木の葉の色は柔らぎて
安らぎの兆し知るらむ
吉兆(きっちょう)の兆(しるし)足元に
踏みしめる土の温もりや
風の音に耳澄ませば
人の道(みち)の理(ことわり)響きけむ
闇夜(やみよ)の森に月照らし
梢の隙に揺るる影
その一筋の光こそ
生けるもの皆が證ならむ
日の出とともに鳥の聲
谷に響けるその歌は
あした(朝)の兆し誘ふらむ
天の恩惠仰ぎ見るべし
祥瑞(しやうずゐ)の兆(しるし)、人々に
屆きし時を忘るべからず
大地の息吹、風の音
命の環(わ)は常に續けり
千歳(ちとせ)の昔も今と同じ
天(あま)は人を見守りて
その行ひを計らひぬ
善悪隔つ心もちを
花咲く野邊に立ちて知る
自然の聲を聽き入れば
心の奧に響きたる
その調べこそ天地の律
祥瑞(しやうずゐ)の兆し、廣がりて
里にも山にも染み渡る
これを忘るること莫れ
人と自然の和(なごみ)ぞ永遠(とわ)
雲間(くもま)に射す光の中
燦(さん)たる兆し見ゆるならば
生けるもの皆が證として
天(あめ)の御心(みこころ)を讃ふべし