靈韻抄 靜謐
深山(しんざん)の影、靜まりぬ
朝露の珠、葉に宿り
小禽(ことり)の聲、幽(かす)かに響き
森の奧より風渡る
苔むせる石畳の道
步むごと音も絶えたり
靜寂(しじま)の帳、萬象(ばんしょう)を包み
心の奧を澄ませたり
白妙(しろたへ)の雲、漂ひて
空の蒼(あを)に溶けゆきぬ
時の流れも止まりしが
光のゆらぎ、木洩れ陽のまま
川の瀬音、耳澄ませば
水面(みのも)に映る空の景
魚の跳ねる水輪のあと
天地の理(ことわり)、幽(かす)かに映る
庭の端に咲き初めし
野菊の香を風は運び
枝葉の囁き、微妙(びみょう)にして
自然の調べ、深く響けり
薄紅(うすくれなゐ)の夕霞
遥けき山の峰を染む
陽が沈みて靜まりぬれば
靜謐の氣、心に滿つ
海の彼方の水平線
波間に輝く月の光
その鏡のやうなる景
天地の調和、心に宿る
庵(いほり)の燈火(ともしび)仄かにて
茅葺(かやぶき)屋根の煙立ち
竈(かまど)の火音、穩やかにして
人の営み、和みたり
山裾の竹林を抜け
風の音、笛の調(しらべ)の如し
一歩踏めば見ゆる景
永劫(えいごう)の如く廣がりぬ
雨上がりの靜寂(しじま)の中
滴る枝葉、珠の音
土の香りに息を添へ
命の氣息(いき)、足元に
千歳(ちとせ)經たる古木の幹
苔むす姿、畏れを帶び
根元に伏し、耳を傾ければ
語り継ぐ聲、深き時を超ゆ
深夜(ふけよ)の鐘聲、谷間に響き
闇に沁み入るその音に
耳寄せて心靜めれば
天地の囁き、そを聽くべし
川邊に佇み石を撫づ
冷たき流れ、息づく水
その流れ、永遠(とわ)に絶えねども
靜謐の影、そこに宿る
山寺の階(きざはし)登り見ば
里遠く開く景(けしき)あり
茜(あかね)の空に翔る鶴
天地の兆(きざし)、胸に知るべし
苔生(こけむ)す庭に坐(ざ)せば
一片の葉、風に舞ひぬ
その翳(かげ)は天と地を結び
靜謐の兆(しるし)、そこに在り
聲絶えたる深山の奧
木葉の囁き、蟲の音(ね)あり
生命(いのち)の響き耳に澄まし
靜謐の調、心に浮かぶ
雨の滴る軒端(のきば)の苔
その一粒の珠に光り
草葉の命の息吹(いぶき)知る
靜謐の影、心に宿る
東の空に曉映ゆ
微かに差し來る朝の陽
その光影(かげ)の淡き色に
天地の兆(きざし)、目に映る
靜謐(せいひつ)の中に息づくもの
人の心の奧底に
見ること聽くこと感ずるも
澄む目、澄む耳にてぞ叶ふ
天地(あめつち)の音、絕え間なく
草木の根より天に至り
そのすべて靜けさの調和(ちやうわ)
息づきし理(ことわり)を悟るべし
野の果てに霞む山並み
その彼方を問ふこと莫れ
探すことなく靜謐の場に
立ちて眼前(めのまへ)を觀よかし
流るる雲の行方を追はず
心靜めて時を待て
ただ在るものの妙(たへ)にこそ
天地の聲は響かむ
陽が落ちて星の光
空に瞬き道を指す
その星の一つ一つが語る
靜けさの内に潜む理
靜謐の時、目を閉ぢれば
浮かぶ流れの清き影
その川上(かみ)に心寄せて
全てのものと繋がれり
人の世にて靜謐をぞ
求むる術(すべ)を忘るべからず
天地の聲に耳澄ませ
其處に真(まこと)の調和宿る
何もなき空、何もなき地
その空白(くうはく)に滿つるもの
靜けさこそが天(あめ)の贈り物
人に託されし理を知れ
靜謐(せいひつ)は一瞬にして
永劫(えいごう)の如く輝かむ
その瞬間を心に刻み
天地の理、深く覺ゆべし