大丈夫、パワハラに負けるな
パワハラに負けてはならない。というよりも、相手にするな。放っておこう。大丈夫。
パワハラをする方は、パワハラをしたくてやっているわけではない。パワハラは、おおむね組織の上の立場が行う最終手段だ。あるいは、他の手法を持たないプアーな人間が行う行為に他ならない。したがって、残念な方が大半だ。
パワハラは、バブルが弾けて以降に現れた言葉だ。似たような言葉で、愛ある体罰などとは違う。決定的に違うのは、下手の人のためでなく、上手の権威保持や責任転嫁が主だ。おまけに、大義だけは立派に繕う。
期限・時間・金という数値化で、自分の欲望を陰に隠す。下手の人が、真面目に従わなければならないところに追いやり意見する。組織の中では、感情の見えない期限・時間・金で攻められるため言うことを聞かざるを得ないと錯覚に陥る。病む場合もある。
しかし、ここで考えよう。いちばん大事なことは、期限・時間・金という数値化された指示が本当に組織にとって正しいことかだ。
1)正しいことであれば、協力者が現れる
2)正しくことでなければ、やらなくても良い
こう考えと、この案件の遂行にはパワハラ行為が含まれない。パワハラしか手段を持たない人間は程よく交わせばよい。
具体的には、グループ・ミーティングや組織面談の時に話せば良い。なぜか、パワハラは個人攻撃でありアングラで行われる。
パワハラをあからさまにすれば、周りも離れる。それどころか、肝心な期限・時間・金という数値化された指示さえも確信がボケてしまう。
幸運にも、ボクはパワハラ行為にあったことがない。もしあったとしても、先の方法で業務遂行するので気がつかなかったのかも知れない。おそらく、①指示の正当性と②仲間への指示の共有化を旨としていたからであろう。
パワハラ行為は、あまり優れたリーダーは行わない。相手をかえれば、世間は小さくなる。ただ、いろいろなテクニックで共通の敵を作るのが上手い。
したがって、放たれる矢が一時増えるかも知れない。そこは、少し我慢が必要だ。ただし、仲間となる方も、ほぼ似たようなタイプだ。ともに、最終的な責任からは逃げる。つまり、空中分解します。
何はともあれ、パワハラはたいして威力のあるビジネス・スタイルではない。時には、あっさり降参するのも一つかと思う。組織の指示は、たったひとりのものではない。上からの一方的な圧力よりも、横の硬い絆を信じるべきた。
毎年、正月に学生や社会人のラグビーをテレビで見る。高校生にしてもしかり、スクラブを組んで難敵と戦う。あの光景は、これからの組織にふさわしい姿だと信じて止まない。
世の中は、正しいことを評価して、悪しき行為は風化させる。むしろ、世間がパワハラにスポットを当てすぎている。実際に、良い上司や仲間がたくさんいる。ボクは、いつもそう思っている。だから、パワハラを気にするのはやめよう。「無視」で良い(ここは、試験に出ます)。
かわせみ💎
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