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ショートストーリー

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短い創作小説を置いています。
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#ショートショート

ガラスのオブジェ(ショートストーリー)

ガラスの繊細な両手が、包み込むように愛しさを込めて守っているのは、ガラスのハート。ハートと言うより祈りそのものだ。 だがハートも手も無色透明なのに、色を感じるのは自分の中にある何らかの想いとリンクするものがあるからだろうか。 ガラスのオブジェは、ある美術館に数年前から展示されている。 そのオブジェを制作したのは、かつての私の夫だった人だ。しかし、私達は入籍のその日からも共に暮らす事は無く、仮面夫婦どころか法律上だけの夫婦だった。 だから私達は、お互いの事をまるで知らないの

残るもの(140字小説)

愛を失くしたら 心を満たすものが無い。 友を失くしたら 思い出が消えた。 体が重くなったら 夢を失くした。 笑顔を忘れたら 希望が消えた。 コロコロ回転しながら 落ちていく。 行き止まりはあるの? 目は回らないが 記憶が消える。 まだ失うものはあるのか。 私は誰。 ここはどこ。 立ち上がり考える。 考えるって何? 年齢を重ねると、得るものも多いが、失くしてしまうものは、はるかに多い。 人生は足し算と引き算。確かに掛け算と割り算はかなり少なかったような気がするが

無駄なプレゼント(140字小説)

古希にICカードが送られてきた。送付したのは国だが、何に使えるカードか説明は皆無。問い合わせてみた。 「今にわかりますから楽しみにしていてくださいね」と優しい声のエンドレス。 ずっとワクワクして待っている。もしかしてワクワク感だけのプレゼント?カード作成にも千円くらいかかるのよね? 古希に国からICカードは届きませんでしたが、市から市内だけ割安で乗れる路線バスの交通カードが送られてきました。来月から使えます。ウフフです。 #140字小説 #ショートショート #ICカード

かなちゃん(140字小説)

通勤時、花屋の前を通る。 店の前を掃除している彼女。 花屋の店主は「かなちゃん」と呼んでいる。彼女についての情報はこれだけだ。 「おはようございます」 「おはようございます。いってらっしゃい」 彼女の声は私に元気をくれる。元気メーターはMAXだ。ぼくは背筋をピンと伸ばす。 今日も頑張れるぞ。 こんな些細な出来事が、毎日の自分を支えてくれている気がします。 私にとっての優しい出来事。 時々出会う、ボウヤとお母さん。 ボウヤは、私に出会うと手をニギニギにして、パイパイして

小さなキツネ(ショートストーリー)

海を見ているのは小さなキツネ。 お月様がとても大きく、とても明るい夜。 お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも眠っています。 夜ひとりで外に出たのは初めてでした。 「お月様」 小さな声で呼んでみました。 するとお月様の光が少しだけ明るくなりましたよ。 風が小さなキツネに声をかけます。 「ボクと遊ぼ」 でも風は小さなキツネが答える間もなく、通り過ぎて行きました。 お星さまは、たくさんの友だちがいるようです。 皆んなでチカチカ、ピカピカとお話をしているみたい。楽しそうですね。

コーヒータイム(ショートストーリー)

そう、誰にでも恋の一つや二つあったでしょ。私にだってあった。ずっとずっと昔のことなのかしら。でもこんな話、信じてもらえるかしらね。まあ、コーヒーでもいかがかしら。私のコーヒーはちょっとしたものよ。 私には付き合っている人がいた。優しい人だった。一生懸命私を愛してくれた。でも彼は、私と同じくらい森が好きだと言ったの。  だから一緒に森で住もうって。でも私は……。すると、彼は私の前から姿を消した。 私は、彼を探して森を彷徨った。そして私は、森の中で迷子になってしまったの。心細

知らない女(ショートストーリー)

賃貸マンションに住んでいる。 社宅として会社が契約してくれているので助かっているし、少し古いが駅近などの利便性にも満足している。 休日、出かけて帰宅したが鍵は掛かってなかった。 確かに鍵をかけた。スペアキーは部屋の中に置いてあるはずだし。焦る。 音がしないように、そっとドアを開けた。狭い上り口に揃えられた一足の赤いハイヒール。もちろん私のものでは無い。侵入者がいるのは間違い無い。 物音を聞きつけたのか、女が姿を現した。 「おかえり、待ってたのよ」 「あんた、誰だ!ここ

ゆめ(716文字)

私は、今よりずっと若い。まだ女子大生なのだから当然だ。 大学の校内でトイレを探した。なかなか見つからない。 その辺にいる人に尋ねるが、誰も返事をしてくれず、私が見えないかのように無視をされる。 やっとトイレにたどり着くが、様子がおかしい。 並んだトイレのドアが、すべてゲーム機なのだ。 ドアのデザインではなく、正真正銘のゲーム機。ドアの前に並んでいる先頭の女の子はみんなゲームに夢中だ。 私は近くにいた女の子に、ここはトイレではないのかと尋ねたが、やはり返事はない。 トイレに

ファソラのシドレミ

ファソラのシドレミって知ってる? まだ知らないの? 私とお母さんのナイショのおまじない 悲しい時、怒っている時、寂しい時、痛い時 そんな時、こう言うの ファソラのシドレミ するとね 悲しみも、怒りも、寂しさも、痛いのだって飛んでいく いつだって魔法のことば ファソラのシドレミ 今では私と娘のおまじない お母さんもおばあちゃんに教わった あなたも女の子が生まれたら 教えてあげて魔法のことば ファソラのシドレミ 女の子だけの秘密のことば ファソラのシドレミ 男の子だけの

知らない街(140字小説)

通い慣れた道を歩いていた。立ち止まれば見知らぬ街。最近、時々迷子になる。しばらくすると思い出せたが、ここは全く覚えのない街だ。知らない街に少しずつ夕焼けが広がり始めた。ここはお前の原風景なのだと何かがそっとささやく。 夕焼けの真ん中で、私はこの街から永遠に抜け出せないと思うのだった。 元々私は方向音痴。 それが最近では知ってる通りでも、一瞬迷う事もあります。 先日、隣町の入り組んだ住宅街で散歩中、その界隈から出られなくなりました。 まあ、どなたかに尋ねる事もできるので、問

銀河の片隅で(ショートストーリー)

ただただ、宇宙は広い。こんなお話はいかがでしょうか。 銀河の片隅に青い小さな星がありました。 小さな星はひとりぼっち。 少し離れたところに赤い星があるのですが、赤い星はずっとどこか遠くを見ているままで、一度だって小さな星の方に顔を向けてはくれません。 小さな星の周りに赤い星以外の星は見当たりません。 小さな星は時々歌を歌います。流れ星達が通り過ぎる時、歌を歌いながら落ちていくのです。その歌を小さな星は覚えているのです。 小さな星が歌を歌えば、赤い星が一緒にハミングしてく

可愛い(140字小説)

私は美人でも無いし、可愛げも無い。 鏡を見てはため息。 それなら、見なければいいと思うのだが。 「おじいちゃん、私、可愛い?美人?」 祖父は困り顔で返事をしない。祖父は嘘をつけない人。 その代わり、私の良いところをイッパイ見つけてくれる。そんなおじいちゃんが大好きだし、可愛いと思ってるの。 私の四人の祖父祖母は、明治生まれでした。 遠方に住んでいた事もあり、話をする事はあまりありませんでした。それでも私に会うたびに、何度も何度も可愛いと言ってくれた事は、記憶に残っています。

春の色(140字小説)

ねえ、おばあちゃん。春の色って何色だと思う? 赤紫が透き通りそうなくらい薄い色かな。メグちゃんの春は何色? 私はね、緑色を薄くした色かな。 それもいいね。緑のそよ風が吹いてきそうだよ。春の花もスタンバイしているみたいだね。 春の花の色はどれだけある? 何でも知っている春風に聞いてみようね。 春や春、花咲く春❣️ 春の花で私が一番好きなのは、ネモフィラです。 もう少し先ですかね。青い色が素敵です。 オオイヌノフグリと親戚なのかな? #140字小説 #ショートショート #春の

タオル(ショートストーリー)

私の住んでいるアパートには風呂が無い。 なので、斜向かいにある銭湯を利用している。この辺りの少し古いアパートには風呂が無いところが多い。銭湯でのふれ合いは結構気に入っている。顔馴染みも増えた。 ある日、番台で料金を払った後にタオルを忘れた事に気づいた。 今日の番台には、いつものおばあちゃんでは無く若い女性が座っている。お孫さんだろうか。 「すいません、タオルを忘れたので一枚ください」 「ちょっと待ってくださいね」そう言って彼女は番台の周りを探してくれたがなかなか見つからな