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過去は切り捨てるくらいでいいんじゃない?

ある日の公園のトイレであった話

と、その前に先週は投稿するの忘れてました。まぁ、待ってる人もいないだろうけど、ということで自分にごめん。

さ、さっそく本編へ

「なんでトイレ行かなかったの!?」

大きな声がトイレ中に響いた。

登場人物は、おそらくお父さんと娘。

おそらくってのは、直接見たわけじゃなくて、声だけ聞こえてきたからで、

声の主のお父さんは激怒してて、未就学児であろうその子は、その叱責に対して泣きじゃくった声で必死に答えていた。

「だって、、だって、トイレに行きたくなかったんだもん、、」

たぶんだけど、遊ぶことに夢中だったその子が、トイレに間に合わず漏らしてしまった、そんな感じだろうと思う。

そんな泣きじゃくる子どもに対して、お父さんは当たり前の質問で畳み掛ける。

「いや、でも我慢してたんでしょ?」

そりゃそうだ、

そりゃトイレまで間に合わなかったんだから、その子は大なり小なり我慢していたに違いない。

「、、う、ん」

当たり前の質問は、嗚咽混じりでなく子どもに泣き止む隙きを与えない。

まぁでもね、

僕はそんなヒドイお父さんがいたとか、言葉遣いが悪いとか、そんなことを言いたい訳じゃないんですよ。

結局、何の話やねん

何の話かと説明する前に、この親子の話を簡単に整理すると、

遊びが楽しすぎて、トイレに行くことよりも遊びの優先順位が高くなった子どもが、結局トイレに間に合わなかった。

っていう話なのよ。

細部は違うかもしれないけど、赤の他人から見ても、二人の話から大方そんなとこだと推測される話なんですよ。

それに対して、大声出して子どもが泣きじゃくってまで理由を聞こうとするお父さん。

でもね、そうなっちゃう気持ちも分かる。育児って、子どもって波乱万丈だもん。

「なんで?」

「どうして?」

なんて言っちゃう気持ち、僕も分かる。

でもね、大声を出して子どもを問い質しても、論理的な解答を得られることなんて稀なんですよ。

だってさ、子どもの価値観と大人の価値観が全く別物なんだから、理由を聞いたところで納得できる訳がない。

だってそうでしょ。

大人の価値観なら、公園で遊ぶよりトイレの方が優先順位高いし、漏らすに至ることはないんですよ。

ということはさ、子どもに理由を大声出して問い質した所で、結局この話のオチは、

「トイレ行きたいなら先に行きなさい」と伝えるか、「漏らすほど遊ぶなんてさすが!」と褒めるかの2択しかないんですよ。

まぁ今後のことを思うと後者じゃなくて前者を選ぶじゃない。

で、そんなオチが決まってる話なら、叱りつけてまで理由を聞く意味ないよね。

過去は存在しても過去だから

確かに理由を聞かないといけない場合はあると思う。なぜそんなことをしたのか、その理由を聞くべき時もある。

僕が今日言いたかったのは、理由を問い詰める必要のないこともあるよねってこと。

理由を聞かないと、その子の気持ちを知らないと、、、と思う、その気持ちも分からんことはないけれど、

どんな失敗でも起きてしまえば過去になる訳で、変えることはできないからさ、

「まぁ、そんなこともあるよね」って、切り捨てるぐらいでいいんじゃない?

我が家で起きた失敗は、親も子どもも、やっちまったことは過去として、次はどうするかを大切にしたい。

おしまい。

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ほぼ誰もいないんで、盛り上げてくれる人、本当に本当に来てほしい!


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