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第35回「冬の風物詩~ロングスロー論争~」

こんちゃ。どうもいったーです。
今回は高校サッカー選手権を機に話題になっている「ロングスロー」をテーマにして書いていきたいと思います。

そもそもスローインって?

ロングスローの議論に入る前にまず、スローインの位置づけ、根本的なサッカーのルールに触れておく必要があると考えます。
 スローインのルールについては、サッカー競技規則第15条「スローイン」において規定がなされています。

 <主なルール>
スローインからの直接のゴールの禁止
スロー時に両足が地面についていること
スローする際には頭上を通過すること
スロー時に両足、または足の一部がライン上またはピッチ外にあること
相手選手はスローワーから2m以上距離を取ること、オフサイドはなし
等が存在しています。

基本的にスローワーはボールを自チームの保持のために、保持の可能性が高い選手にスローします。

ロングスローが活用されるのは、一般的に“ここぞ”という勝負のタイミングや終了間際でした。近年では、サッカーでは禁忌とされている“手”で扱うことができ、足よりも確実に狙ったポイントに届けられることからスローイン戦術について見直され始めました。

<ロングスロー活用のメリット>

〇ゴールの再現性が高い
〇足よりも“手”でボールを扱うため、正確なパスになる
〇二次攻撃に繋げやすい
〇空中戦の強い選手が揃えば、得点量産も可能

<ロングスロー活用のデメリット>

〇プレー時間を短くするため、インプレータイムが短い
〇同様な展開になりがちで、対策されやすい
〇本当に選手として“質”を高められているのか

<プロにおけるロングスローの立ち位置>

毎年のように高校サッカーの時期になるとロングスロー活用の是非が議論されるますが、プロ環境では、ロングスローはどのような立ち位置なのでしょうか。
完結に言うと、プロ環境下ではロングスローは、オプションにすぎない。ということです。
それでは、なぜ、カテゴリーが上がるにつれてロングスローの位置付けが低下するのでしょうか。

<ロングスローを活用しない理由>守備側>

〇何度も対策すれば、対応できる
〇ヘディングで弾き返せるDFやGKが存在する
〇クリアに逃げなくとも、ボールを保持できる

<ロングスローを活用しない理由攻撃側>

〇スローインからショートパスで崩す方がゴール確率が高い

〇何度も対策すれば対応できる
これは、プロと高校サッカーの環境の違いによるものであると考えます。
プロでは、基本的には繰り返し、ロングスローを受けていれば、選手としての経験値としてボールの弾き返し方、クリアの方向、ボール保持に繋げる足元の技術が備わっており、高校サッカー程の確率でゴールは生まれません。

一方で、高校サッカーは学年ごとでチームがガラッと変わります。積み重ねという点で、高校サッカーはプロに比べると蓄積がありません。加えて1つのチームへの対策よりも、他の練習に時間を配分する方が、選手、チームの成長に繋がると考える方が合理的です。

〇ヘディングで弾き返せるDFやGKが存在する
シンプルに身体的な成熟度の違いでもあります。GKの守備範囲の違いや、DFの攻撃側への身体の当て方やジャンプの仕方等の空中戦のテクニックという点で、プロの方が高校サッカーよりも成熟していることは火を見るよりも明らかですが、要因であることは間違いありません。

〇クリアに逃げずとも、ボールを保持できる
これが、プロでロングスローが主流にならない大きな理由かもしれません。
実際に、青森山田や昌平、帝京長岡といった技巧派集団と言われるような、高校サッカーでも足元のスキルに自信があるチームは、被ロングスローの失点が少ないです。(後述のデータより)
 ロングスローの根源であるスローインを相手に与えなければいいのです。高校サッカー選手権では、それぞれが負けたら最後ということからもリスクを負わないプレーからクリアでタッチラインに逃げることが多いです。
 
 一方でプロでは、陣地回復の際は蹴りだすこともありますが、基本的には足元の技術が備わっており、クリアして相手ボールになるよりも、リスクを冒して自陣深くともマイボールでパスを繋ぐシーンが多くみられます。

〇スローインからショートパスで崩す方がゴールの確率が高い
これは前述の守備側の要因と表裏一体ではありますが、攻撃側も同じく、足元の技術が備わっており、ショートパスで崩す方が確実ということになります。

 また、プロクラブの理念や哲学にも影響されているかもしれません。Jリーグでも近年掲げるクラブがみられるようになりましたが、古くから欧州クラブには「ゲームモデル」という概念が存在します。ゲームモデルとは、簡単に言うと「そのクラブの名前を聞いた時に、どんな戦い方を実行するのか思い浮かべられるようにする概念」のことです。
※バルセロナ=ティキタカ、アヤックス=トータルフットボール、アーセナル=パス&ムーブといったようなものです。

 プロは高校サッカーとは違い、エンターテインメント性が重視されるべきで、ゴールをただ決めて勝てばいいだけではありません。
ヴェンゲル監督がいうように、「一週間働いた後に、「今日は試合を見に行く日だ。」と楽しい気持ちになってもらいたい。」この精神があるからこそ、エンターテインメント性に乏しく大味になりやすいロングスローをビッグクラブが活用しない要因かもしれません。


<高校サッカー選手権でのロングスローの有効性>

今大会のみならず、近年ロングスローでの得点が増加していることは、皆さんお気づきでしょう。また、ロングスローを有効的に活用できるチームが上位進出していることは結果が示しています。

今大会におけるベスト4に進出したチームの総得点に対するロングスローからの得点、失点を調べてみました。

「総得点(ロングスローからの得点)―総失点(ロングスローからの失点)」
〇青森山田 
総得点:17(8)―総失点4(0)
総得点に対するロングスローからの得点率:47.0%
〇山梨学院
総得点8(2)―総失点5(1)
総得点に対するロングスローからの得点率:25%
〇帝京長岡
総得点9(1)-総失点5(1) 
総得点に対するロングスローからの得点率:11.1%
〇矢板中央
総得点3(1)―総失点5(2)
総得点に対するロングスローからの得点率:33.3%

驚異的な数字を叩き出したのは青森山田(青森)でした。得点関与は約50%であり、得点に関与しなくとも、相手を恐怖に陥れ、チャンスに繋がったロングスローを数えればより大きなデータとして数字に表れるでしょう。

<ロングスローを最も効果的に活用した青森山田>

以下、青森山田が見せたロングスローの際の布陣の一例です。

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 キーマンになるのは間違いなく今大会No.1CBであった#5藤原優大です。身長182㎝体重75㎏と恵まれた体格と落下地点に入る速さヘディングの使い分けが特徴でした。身体の当て方も入り方も何度も訓練されたのだとプレーを見てわかりました。CBながら、何度もゴールに絡みPKでもゴールを決め、低い位置からのロングフィードも的確だったことからスペイン代表CBセルヒオ・ラモスを彷彿させました。

 ニアには #5藤原優大 に加えて、 #3タビナス・ポール・ビスマルク も待ち構えました。実兄にJリーガであるタビナス・ジェファーソンを持ち、来季はJ3盛岡に内定しています。ジャンプ力の高さやセカンドボールへの予測も素晴らしく1ゴールを決めました。

 ファーやセンターにポジションをとったのは#4秋元琉星と#18那須川真光でした。ニアの2人が競ってフリックしたボールやセカンドボールからの折り返しには彼らが合わせることが多く、今大会秋元はCBながらも2得点と自陣ボックス内だけではなく、敵陣でも活躍しました。

 また、ボックス内での嗅覚という点では#10松木玖生や#7安斎楓馬もセカンドボールへの速さ、シュートの正確性、が抜きんでており得点を量産しました。

青森山田高校が、悪魔的なロングスローを攻撃の大きな武器とした背景には、ある理由があると考えました。

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<青森山田がロングスローを活用する理由>

 青森山田はこの年代では、圧倒的な強さを誇り、高体連では最強クラスの陣容です。また、クラブユースも参加する国内最高レベルであるプレミアリーグでも優勝争い常連です。そのため、高体連の大会では、相手チームは真っ向勝負を仕掛けることはせず、ゴール前に引きこもりバスを停めます。高い位置からのプレスを仕掛けても、青森山田は技術レベルが高く、賢いために簡単にプレスを交わし、ゴールに迫るからです。
 また高いインテンシティを長時間保ちながら、プレスすることはプロでも難しく、ましてや身体的には未成熟の高校生にとっては現実的な戦法ではありません。

ここで困るのは青森山田です。
 圧倒的に攻め込み、シュートチャンスを作っても運がない日は、とことんゴールは決まりません。ゴールポストに嫌われ、相手GKが“当たり”はじめ、乗ってきます。人海戦術のボックス内で何度もブロックされ、たまたまいい場所に落ちたクリアボールから相手FWにカウンターを決められる、1回のセットプレーから失点し、0-1で敗戦というような考えたくもない展開がないとも限りません。だからサッカーは面白いんですけどね、、、

そのたまたまゴールが入らない日がないように
ゴールの再現性を高め、突き詰めたのがロングスロー
でした。

ロングスローは、前述通りサッカーでは禁忌とされている“手”から繰り出され、狙ったポイントに確実に届けられる、最強の飛び道具です。

 青森山田はおそらく、何度もロングスローの練習をしているのでしょう。天性であれだけの距離を投げることはほぼ不可能だからです。

 元日本代表SB内田篤人氏によると、「腕の筋力だけではなく、背筋、肩の柔軟性、しなやかさが全て高水準でなければあれほど飛距離は出ません。」とコメントしています。青森山田は入り方のパターンもいくつか用意されており、恐らく、スローポイントで使い分けているように思えました。

青森山田がロングスローで脅威になったのはただロングスローの飛距離、個々の身体能力、身体の使い方だけではなく、“二次攻撃”に繋がる前線からの強烈なプレッシングもあります。

 ロングスローを発動するには、相手陣内に押し込む必要があります。ですから、ボール失った際には前線に大きく蹴り出されないようにインテンシティの高いプレスを前線からかけていき、セカンドボールを拾うことで相手を相手陣内から出させず、に一方的に押し込むことになります。DFの心理として、苦しくなればプレーを切るためにサイドラインに蹴りだすのがセオリーですが、サイドラインにクリアすれば、ロングスローが待っているということから、行くも地獄、戻るも地獄という精神的にもダメージを与えていました。

<プロの世界でも存在した”異能”
PLのロングスローの名手>

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 ロングスローと言えば、CMFロリー・デラップが思い浮かびますよね。
PL08-09トニー・ピュリース監督率いるストーク・シティは、ロングスローの名手デラップをうまく活用し、高身長の選手を送り込み、史上最凶ともいえる、空中戦軍団を作り上げました。デラップはイングランドでも全国的なやり投げの選手でありましたが、負傷からサッカーの道を選択しました。彼のロングスローは約40mの飛距離を誇り、ライナー性の軌道であることからPLで猛威を振るい、スタジアムも横幅を狭くし、ロングスローに合わせるほど重視されていました。ホームスタジアムは要塞ブリタニアと呼ばれ、当時ビッグ4ですら恐れるほどのチームになっていました。

08-09 Stoke City vs Arsenal 2-1 @Britannia Stadium

 07-08昇格を決めたストークシティですが、チャンピオンシップ(2部)においてデラップは8回スローインからアシストし、うち6試合が同点のシーンであり、トータルで6ポイント獲得に貢献したとされています。自動昇格ポイントとプレーオフ圏内のポイントの差と同じポイント差だったことからも彼は昇格最大の立役者でした。PLでは、彼はスローインで直接的に5ゴールをアシストし、24ゴールに関与しました。彼以降2度以上、スローインでアシストした選手は存在せず、オンリーワンの存在です。

 次第に、対策が練られ、デラップが高齢で引退したということで、ロングスローを見る機会が無くなったような気がします。それがプロの世界におけるロングスローの立ち位置を如実に表しています。

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<スローインは戦術における未開の地>

近年、様々なプレーが要素、要素で切り取られ、言語化されてきました。5レーン、ハーフディフェンダーという言葉がそれに該当します。

スローインは未知なる領域ということから、ライバルに差をつけるという視点からリバプールがスローイン専門コーチであるトーマス・グレンマーク氏を登用しました。彼曰く、CBジョー・ゴメス、LSBロバートソンも伝説のデラップと同様のロングスローを投げるところまでレベルアップしたと答えていますが、あくまでもオプションにすぎないとコメントしています。

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"I know we could score a lot of goals in Liverpool with long throw-ins, but we'll have to take eight or 10 long throw-ins every game to get there,"
「リバプールはロングスローからたくさんのゴールを決めることが出来ると思いますが、そうなるためには、8回~10回のチャンスが必要である。」
"At Anfield, you're often using like 30 seconds to prepare a long throw-in. You have to get the thrower, you have to put people up. It takes a lot of time. I can only speak from my point of view, but I think it would take the charm out of most of the top teams' playing styles."
「アンフィールドでは、ロングスローを投げるまでに30秒程度かかります。スローインのチャンスはもちろん、適切な選手も必要です。個人的な意見ですが、ほとんどの上位チームの魅力的なプレースタイルを奪うことになるでしょう。」

以上のことから、ロングスローはオプションの1つに過ぎないということが分かります。

まとめ。

 結論から言うと、「ゴール」という観点では1ゴールは1ゴールであり、ロングスローも反則技ではありません。ロングスローを有効的に活用することは、高校サッカーでは合理的な手段であります。しかしながら、高校サッカーから次のステージである、プロ、大学におけるサッカー人生を考えると、ロングボールに固執することで、他がなおざりになってしまえば、サッカーの上達という点では本末転倒です。

 高校サッカーは、負ければサッカー競技からも身を引く選手も多く、それぞれの試合に懸けるものは並々ならぬものがあるでしょう。

プロはエンターテインメント性の為やサポーターの為にプレーすします。一方、高校サッカーは自分の将来の為、家族の為、チームの為に勝利を目指します。このような環境からも高校サッカーにおける「ロングスローの活用法」について外野が「好き、嫌い」の二元論で語るのではなく、そのチームにとって「有効か、そうでないか」で語るべきであるのではないでしょうか。

遠回りにはなりましたが、僕は高校サッカーにおいてロングスローを活用することは有効なオプションであり、「賛成」です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
長くなりましたが、それではこのへんで、、、

ばいころまる~

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