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そんな可愛い時代を、あの子は

今読んでいる本がまあーーー久しぶりに、ザ・小説!ザ・物語!という楽しいお話でして、主人公である小さなかしこい女の子の目線で話が展開されてゆく。それでその主人公の言葉使いや言動に既視感があって、昔むかしに出会った不思議な雰囲気をまとった小さな女の子を思い出した。可愛いくて、楽しくて、すこし切ない大切な思い出。忘れないように残しておく。

あれは私が20代に差し掛かるかそうでないかの、いわゆる妙齢の時代。当時雑貨屋さんのようなところで勤務していた。人通りはあるにはあるが商売をするには向かない閑静な住宅街にある商店街のはずれにそのお店はあった。1日の来客が多い時で10人にも満たず、その日割り与えられた業務が終わればあとはラジオを聞いたり、絵を描いたり、きてくれたお客様とお話しするだけのかなりラフな勤務内容で、今考えるとあれで時給が発生していたのがとても不思議だ。ありがたい日々でした…

うろ覚えだけどその女の子に出会った季節は春ごろ。傷のほとんどない「こうつうあんぜん」の黄色いカバーをつけた、オレンジ色ともピンク色ともとれる可愛いランドセルを背負った見るからに新小学一年生の女の子がほとんど泣きそうな声に、お行儀の良い敬語で「すみません、おトイレ貸してください」と入店したのが始まりだった…はず。綺麗に結われたポニーテールで、ぎょろっとした瞳のかわいらしい女の子。その後週に一度は下校中にお店に寄り道しにきてくれるようになり、次第にタメ口でお話しするようになった。私たちは噛み合っているのか、いないのか分からないお話をたくさんした。彼女との会話はとても楽しかった。

初めは、色の話をたくさんしていたように思う。それから知り合えるはずもない互いのお友達の話を、私たちはなぜか名前を添えて紹介しあった。将来の話もたくさんした。私が絵本作家になりたいことを伝えたらその子は少し間を置いて「もう少し考えてからまた教えるね」と言った。自らに考える時間を与えられるんだと思いこんなに小さな子供でもかしこい選択ができるんだなあ、と感心したのを覚えている。で、別の日に女の子は「夢のこと考えたんだけど、お姉さんみたいなお店屋さんをやることだなあ」と教えてくれた。ただの店番の私を尊敬してくれていることがとても嬉しかった。お店に置いてある動物の置物や、小さいアクセサリーたちを楽しそうに見つめている姿にいつも癒されていた。

話を聞き進めていくにつれて、女の子はどうやら少し厳しい家庭だということに気がついた。「世界にはね、毎日お勉強にバレエに、遊ぶ暇もなくて忙しい子供もいるんだよ」ということを教えてくれた。日々勉強に追われている彼女だったけど、勉強自体はすごく好きなのが伝わる。知らないことを知っていく自分に誇りを持っていて、よく私にもアルファベットの読み方や、算数の足し算や引き算、時計の読み方などを教えてくれた。だから私は勉強が好きで物を教えるのが得意、かしこい彼女がもう少しだけ大きくなったら「先生になるのはどうだろう?」と提案してみたいなと思っていた。

当時私は、他にしていたお仕事の関係もあってほとんど毎月髪の毛を染め直していた。ピンク色、オレンジ色、青色、黄色、緑色、紫色…女の子は特に赤い髪色の私が好きだと言ってくれた。「昨日お菓子を食べ過ぎて目を覚ましたらこんな色になっちゃったよ!」と揶揄うとぎょろっと一間置いて、でもいかにも気にしてませんよといった様子でいつも話を遮る女の子が可愛かった。かしこい選択のできる子でもこんなファンタジーを信じるんだな、と思わず笑ってしまった。

ある日、私の休憩時間に女の子はたまたまやってきた。いつもは下校中の夕方ごろにやってくるので昼時に珍しいんじゃない?と言ったら、今日は水曜日だからねっ!と言ってそのまま二人で女の子の帰り道を他愛のないお話をしながら散歩した。「帰り道はね、必ずお姉さんのお店の前を通るんだ」と前に女の子は言っていたけれど、確かにその通りだった。他にも道はあるけれど大きな車も通る道ばかりで、お店のある道が一番安全だった。それはきっとご両親の言い付けで、それを守っているであろう真面目でかしこい彼女に、改めて感心した。並んで歩く彼女の横顔を時たま眺めつつ、いつかこの子が大きくなった時に私のことを少しでも思い出す瞬間はあるのかな?と少しサミしくなった。休憩時間には限りがあるので、私はここまでね、と女の子に告げて互いに、またね!と挨拶をして別れた。そしてそれが女の子に会った最後の日になった。

その後は他のスタッフづてにしか聞いていないのだけれど、私が他の仕事の都合で一週間ほど出勤をしない間にサミしいことが起こってしまった。いつもは私が出勤の日、私はお休みだったけどその子はいつも通り来店されたそう。初めて会うスタッフにも女の子は人見知りをせずにお店で過ごしていたそうなのだけど、その日ランドセルを忘れて帰ってしまったらしい。女の子がそれに気がついたのはお店が閉店してから。翌る日女の子はお母さんと共にやってきて、今まで寄り道をしてお店に迷惑をかけてきた、とその日の担当スタッフの前でみっちり叱られてしまったそうです。そして女の子は大きな瞳に涙を溜めながら謝ったあと「さようなら」と言ったそうです。

ぎょろっとした大きな瞳の可愛い女の子。さようならも言えずに別れてしまったからとてもサミしい。かしこい彼女のことだから、きっと言いつけを守ってもう寄り道もしなくなったのかな。帰り道は必ずお店の前を通るんだと言っていたのに、あれから一度も姿を見かけなかった。

可愛いお店屋さんをやるんだ!とか、大人の冗談を真に受けてしまったり、アルファベットの読み方を教えてくれた時の少しお姉さんのような横顔とか、そんな可愛い時代を、あの子はもう忘れてしまったころかしら。もしいつかそんな可愛い時代の自分を思い出したときには、私の元までどうにか届くといいんだけど…もし私の元まで届いたら「〇〇ちゃんは先生になったらいいかもね」ってあの日の会話の続きをしたいから。


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