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新大阪LOVER'S AGAIN

 何度目の新大阪か。新大阪駅ホームに響くアナウンスと共にエスカレーターに吸い込まれていく人々。一体、ソーシャルディスタンスとは何か?これでも5月中旬のこの場所は閑散としていて歩きやすかったものだ。ガラガラと引きずるスーツケースの音が響くのも聴こえた。ものの2ヶ月でここまでごった返すとは。自分の鼻歌も聞こえないほどに。それにしても暑くてたまらない、今年の梅雨はやけに長いな。

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 7月3日金曜日。この日の仕事についてはもはや何もしていないと言っても過言ではないほどだ。単に仕事をしていないと言ってもサボっていたわけではない、何も手につかないほど私は浮かれていたのさ。退勤後即新幹線に乗り込む、午後六時の脱走計画。
 来たる来週の7月6日から、新大阪にある本社で1週間の研修が予定されていた。これはつまりどういうことか、これはつまり、平日を挟む前後の土日4日分の休みを含めてまるまるバカンスになるというわけ。研修、出張、私はそれらの言葉に「やすみ」とルビを振る。逃亡前夜、いや失敬、出発前夜には既にスーツケースに全てを詰め込み終わっていた。私の足取りが軽ければ軽いほど、スーツケースは重みを増す。

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 新大阪駅のコンコース。さすが金曜日の夜とだけあって、人の数は多い。こんなに広い場所なのにスーツケースと雨の湿気のせいで、やけにせまっ苦しく感じる。まだ履きなれないサンダルにスーツケースが何度も追突事故を起こし、その度に少しつまずく。恋人と待ち合わせた改札口はどこだ。以前もそこで待ち合わせたのに、暫くぶりに来るともうわからない。いやぁ新大阪駅の南口は、これもう要らねぇな!と私の脳内にいる納言のみゆきが言い放った。

 結局2周ほどしたのち、待ち合わせた改札をくぐった。改札前の大きな広告柱、その傍にベージュのワンピースに身を包んだ恋人が立っていた。変わらない顔と声。裾のあたりが濃くなっていた。そういう模様なのかと思ったら、外の雨のせいだという。なんでよりによってそんな水染みの目立つ色を...。そういう私の頭は湿気を含んだせいで大爆発していた。

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 7月5日日曜日、夜11時。チェックイン可能時刻が指定されていないからといっても、いくらなんでも遅すぎた。最寄り駅から宿泊予定のホテルまで小走りで向かう。チェックイン不可です、と突っぱねられたらどうしようと思いながらカウンターに向かったが、なんら問題なくロビーの女性からカードキーを受け取った。汗だくだ、早くシャワーを浴びて眠りに就こう...。

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 研修はなんの問題もなく進んだ。問題がなさすぎて逆に問題提起したいくらいだった。てなわけで定時上がり。生憎の雨だが帰路の足取りは軽い。ホテル着、即Danceである。とりあえずシャワーを浴びた。シャワーを浴びたなら出かけなくちゃ。私は水を得たシーラカンスのようだった。

 ぬかりない私はどこに行っても飯が食えるよう、予めお店を大量にブックマークをしている。新大阪は私のブックマークによって四方を包囲されている。「滅!」と唱えれば新大阪はアヤカシのように消えるのだ。私がどこの街に行っても楽しそうにしているのは、実際楽しいからである。滅多に来れない街であれば、2度と来なくていいよう楽しみ尽くして帰る。飛来しては農作物を食い荒らし、ペンペン草すら生えない土地に変えてしまう、バッタのように。

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 次の日のお昼。いつもは出来ない体験をしたくなり、お昼休みの1時間で店に行くというチャレンジを敢行した。場所は研修会場から徒歩5分もない、有名なラーメン店。12時フラット少し前、講師による午前はここまで、の号令を合図に私はカバンと傘をひったくり、足早に外へ出た。雨は降っていなかったが、いつ降り出してもおかしくない、クラウチングスタートのような空模様だった。

 お昼時、予想通りラーメン屋はごった返していた。新入社員にもベテラン社員にも見える会社員たちが列を成している。こうなると私以外みんな敵に見えてくる。別にひとりで店に行くことは慣れているしなんの苦でもないのだが、人が多い店に行くのはいささか苦痛だ。広いチェーン店ならまだしも、必要最低限のスペースしか確保していないお店で左にも右にも人が座るとさすがに息苦しい。ラーメンをすくいあげた拍子に肘がぶつかりそうで気を使ってしまうので心苦しい。陰キャは気を使いすぎるのである。右隣には私が純度100%の偏見で嫌いな顔のサラリーマン。ゆるいパーマに高い鼻と額にはホクロ、カウンター席で足を組むな。はっ倒すぞ。
 ラーメンを食べ終え退店した。研修会場までの帰路、ラーメンの味はもう舌に残っていなかった。

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 次の日のお昼はしおらしくコンビニで買ったご飯を食べた。私にはこれが合っている。例えひとりでなかったとしても、1時間というタイムリミットがある中で落ち着いてラーメンを啜っていられるわけがない。食事は腹を満たすためだけの行為、だと割り切れるのなら話は別だ。ただ、世間一般が「やや高い」と思う金額を対価に得たラーメンだ。情が湧いてるんだ、冷たくあしらえるわけもない。
 余裕が無いと食事じゃない。時間的にもスペース的にも、金銭的にも精神的にも。あれ、都会のランチってこんなにも苦しいの!?

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 さてさて、次の日の研修終わり、時刻は終了時刻を大幅に下回った。時計の針は16時を指している。早上がりって知ってる?知らない、と社畜の君は言うでしょうね。私以外全ての人の動きが止まって見える現象のことさ!

 本日のディナーはカレーと決めていた。場所は肥後橋。大阪の地下鉄四つ橋線の肥後橋駅からほど近いカレー屋さん。新大阪から行くのならば、大阪メトロ新大阪駅から乗車し、梅田駅で下車、そのまま西梅田駅へと向かい1駅乗車...すれば良かったのだが。なにをとち狂ったか、私は本町駅での乗り換えを試みた。梅田駅から2駅先の本町駅で乗り換え、四ツ橋線へ、そこから梅田方面へ1駅逆戻り。なんとなく楽しそうだったからだ。他に理由はない。

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 本町駅は不思議のダンジョンであることを忘れていた。行くたびに構造が変化する。誤った部屋に侵入すればモンスターハウスが襲来、歩き回っているうちに突風に飛ばされる...。学生時代に何度か踏んだ轍をまた踏んでしまった。ああ憎し本町駅。何度階段をくぐったら君に会えるの...。

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 トンネルを抜けたらそこは異国であった。長いトンネルを掘り終えたモグラのような気分だ。地下にいるうちに方向感覚を失った。そびえる巨大なスカイスクレイパーを見ても東西南北はわからない。そんなときのGoogleマップ。

 雑居ビルの2階の奥、たどり着いたカレー屋は昨日のラーメン屋とはうってかわって、おひとり様が多く、店内の時間もゆるやかに流れていた。スパイスの香り、日本ではないと錯覚するような空間がそこにはあった。
 じっくりと味わってカレーを楽しむことができたが、少し食べすぎた...。ふらついた足取りで店を出て、そのまま光る摩天楼の方へと歩くことにした。運動がてらお金も浮かすことが出来るし。

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 何度ここへ来てたって大阪の飯は食べ尽くせる気がせーへんし、楽しそうにしてたって内心めちゃくちゃ楽しいからね。住みたくはねーけど。たまに来るくらいが私には向いてる気がした。何分、田舎者なもので。

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