見出し画像

簡単でしょう、なんて言わないで。

 うどんと蕎麦どちら派かという質問がある。

 一般的には西日本がうどん文化で東日本は蕎麦が優勢であるというのが共通の認識だと思う。

 我が家でもよく食べるのはうどんである。

 出汁は煮干しと昆布でとる。

 その出汁に醤油、お酒、みりん、砂糖、塩を入れてやや甘めに味をつけたら茹でたうどんを入れてねぎを散らせば素うどんの完成である。

 そのまま食べてもいいし、生卵を落としたり揚げ玉やてんぷらを乗せてもいける。

 とにかく汁さえしっかりと作っておけばそんなに失敗することはない。

 うどんは近所の製麺所で売っている茹で麺を使う。

 妻は圧倒的にうどん派だが私はたまにそばを手繰りたくなる。

 若い頃に東京に住んでいた時に老舗の蕎麦屋を行脚したことがある。

 どのお店もさすがの味で蕎麦自体の味もさることながらそばつゆの味にも魅せられた。

 大抵のお店が辛めの味付けでそのまま舐めるとしょっぱいくらいだった。 
 
 そのつゆに蕎麦の先っちょをつけてツイッとすするとのど越しの良さと香りの爽やかさが伝わってフルエルほど美味かった。

 大抵盛りそばを頼んでいたが、どのお店も悲しくなるくらい量が少なかった。

 しかもお値段もそれなりにするので貧乏学生だった私はいつも物足りなさを感じていた。

 ああ、一度でいいから手打ちの蕎麦を腹いっぱい食べたいと切に願っていた。

 そんなある日実家に帰省した時に立ち寄った道の駅で地元の蕎麦粉を売っているのを見かけた。

 一キロで千円と格安だったので一も二もなく買い求めた。

 その日の夜に今日は蕎麦を打つからと高らかに宣言して台所に立った。

 まだインターネットが普及する前だったので詳しい打ち方を調べる手段がなかったので勘で作ることにした。 

 ボウルに蕎麦粉をすべて入れてそこに少しづつ水を加えていって捏ねていった。

 ところがこれがちっともまとまってくれない。
 
 うーん水が少ないのかなと思いなが捏ねているとポロポロと崩れてきた。

 おう、これはいかんと思いつつ必死でまとめようとしたがどうにもならなかった。
 
 私が挑戦しているのはプロでも取り扱いに注意が必要な十割蕎麦で、ずぶの素人が何の手引きもなしにできる代物ではなかった。

 その時はそんなことは露知らず、家族に大見えを切った手前出来ませんでしたでは済ませるわけにいかなかった。

 なのでボロボロの記事を強引にまとめて麺棒で伸ばして沸騰するお湯の中にグズグズの麺らしきものを投げ入れて茹で上げた。

 茹で上がったのは蕎麦粉のかけらで鍋の中に大量に麺のクズが沈んでいた。

 ううう、と泣きそうになりながらお皿に盛ったが見栄えは最悪だった。

 家族の前に披露したら蕎麦好きの祖父があからさまにがっかりした表情でこれは何じゃ?と聞いてこられた時には心が折れそうになった。

 製造者責任で私が最初に箸を伸ばしたが食感はグニョグニョで蕎麦の風味はほとんどせず実にしみじみと不味かった。
 
 私がこれは食べないで~と家族に懇願して失意だらけの初の蕎麦打ちは大失敗に終わったのであった。

 それ以来蕎麦は食べる専門になった。

 イメージだけで簡単でしょと高を括っていた自分が恥ずかしい。

 何事にもプロの手際というものがあるという事を学べた貴重な体験だった。

 蕎麦打ちの基本である捏ねる作業には最低でも三年の修業が必要だと後に知った。 

 素人がイメージだけで作ったらそれは失敗への道にノンストップですよね

 いやはや何とも心がチクンとする体験記でした。

 穴があったら入りたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?