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クリスティアン・ムンジウ『4ヶ月、3週と2日』ルーマニア、堕胎までの24時間

2007年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品、パルムドール受賞作。クリスティアン・ムンジウ長編二作目。1966年、ルーマニアはそれまでヨーロッパで最もリベラルとも呼ばれた中絶政策を大幅に転換し、数少ない例外を除いて妊娠中絶を禁止する法律"法令770"を発令した。違法な中絶によって亡くなった女性は数十万人にも及ぶらしい。それによって生まれた子供たちを"decrețel"と呼び、1968年生まれのムンジウもその一人とのことで製作をスタートさせた。結果的にパルムドールを受賞したことで、本作品はルーマニア・ニューウェーブの金字塔となり、ムンジウをRNWの騎手まで押し上げることとなった(個人的な感触としてはプイウ、ムンジウ、ポルンボュがRNW三銃士)。というわけで、時は1987年、ルーマニアのある街の同じ部屋に暮らす二人の女子大生オティリアとガビツァは堕胎の準備をしていた。本人に代わってオティリアが恋人に金を無心し、ホテルの予約を確認して別のホテルを取り直し、堕胎医師に会いに行く。エリザ・ヒットマンは本作品を観て『Never Rarely Sometimes Always』の製作を決意したとかなんとかという話をどこかで読んだ気がする。同じインタビューで彼女は本作品がmale-gazedであり、主人公が不注意で妊娠した主体性ゼロの嘘つきクソ人間みたいな描かれ方をしているのに抵抗があると語っていた。私もそう思います。主人公を友人にしたこと、友人を動かすことという外から加えられた"設定"のおかげで、逆に堕胎すら他人事みたいな主人公が完成してしまうという説得力のなさ。それに加えると、堕胎医師としておっさんを登場させ、彼に縋らないと堕胎できないという状況を、当時の社会の男性優位に繋げているわけだが、少々露悪的すぎないか?と。

開始から70分くらい経って、オティリアは恋人アディに誘われた彼の母親の誕生会に出席する。親族のほとんどが医者で、若者そっちのけでベラベラと話し続けるという居心地の悪い空間で、アディは全く助け舟も出さずに黙って座っているという、恐らく結婚したらずっとこんな感じなんだろうヴィジョンが見えてくるのが面白かった。

ムンジウは本作品を起点に、"ルーマニアの黄金時代"と呼ばれながらも一般人は"欠乏と苦難"に苦しめられていたチャウシェスク政権最後の9年間を題材にした緩いシリーズものを企画していたらしい。実際に『Tales from the Golden Age』というオムニバス映画にも参加している。しかし、結局企画は中断しているようだ。考えることがプイウと一緒でかわいい。

・作品データ

原題:4 luni, 3 săptămîni și 2 zile
上映時間:114分
監督:Cristian Mungiu
製作:2007年(ルーマニア, ベルギー)

・評価:60点

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