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SHIFT INNOVATION #48 「レコグニション3」(アート思考編)

 新たなアイデアを生み出すための「SHIFT INNOVATION」の事例を紹介します。 

 デザイン思考においては、人間中心設計に基づく思考が重要であり、アート思考においては、アーティスト自身の探究心に基づく独自の解釈が重要であると言われています。

 特に、環境の変化が激しく、不確実性の高い現在においては、デザイン思考に基づく、顧客が望むようなプロダクトやサービスではなく、アート思考に基づく、今までにはない独自性のあるアイデアによるプロダクトやサービスが必要であると言われています。

 それでは、アート思考とビジネスには親和性があるのか、どうすれば、アート思考をビジネスに活用できるのかについて、「なぜ脳はアートがわかるのか-―現代美術史から学ぶ脳科学入門―」の著書の内容も交えて説明することとします。


【アートとビジネスの関係性】

「アーティスト(抽象画家)は、イメージを形態、線、色、光から構成される基本要素に還元することで視覚表現の本質を探究していた。」

「科学における還元主義は多くの場合、より基本的かつ機械論的なレベルで一つひとつの構成要素を調査することで複雑な現象を説明しようとする。」

「科学者とアーティストが用いている還元主義的アプローチは、目的こそ互いに異なっていても(科学者は複雑な問題を解くために、また、アーティストは鑑賞者に新たな知覚的、情動的反応を喚起するために還元主義を用いる)、その方法は似通っている。」

「なぜ脳はアートがわかるのか(現代美術史から学ぶ脳科学入門)」エリック・R・カンデル(2019年)

 科学者が活用している還元主義的アプローチは、アーティスト(抽象芸術)も活用しており、そして、科学者やアーティストが還元主義的アプローチを活用しているのと同様に、ビジネスにおいても、課題を解決する上で、還元主義的アプローチを活用しています。

 この還元主義的アプローチを「抽象化(概念化)」と捉えた場合、ビジネスにおいて、具象的な事象を抽象化(概念化)した上で、当初の具象的な事象に類似する(異なる)事象を適用することによって、課題を解決しています。

 「ずらして、ひねって、妄想する DESIGN #30」において紹介した、Takuramが開発した「ドクメンタ(人工臓器)」に関して、水筒には、水筒を概念化した「水を保存する」という機能がありますが、「地球上の飲める水が激減する」というドクメンタが開発されたコンテクストにおいて、概念化した「水を保存する」の抽象度を上げると、「生命を維持する」という目的として捉えることができます。

 例えば、概念化した「水を保存する」という機能視点から発想すると、より多くの水を確保するための「大きな水筒」「折畳み水筒」「伸びる水筒」などのプロダクトにより、課題を解決することができます。

 また、抽象度を上げた「生命を維持する」という目的視点から発想すると、より多くの水を確保するための「大きな水筒」「折畳み水筒」「伸びる水筒」などのプロダクトにあわせて、体内にある水分を体外へ排出しない「ドクメンタ(「人工臓器」)」というプロダクトにより、課題を解決することができます。

 このように、ビジネスにおいても、抽象化(概念化)というアプローチを活用することにより、独創的なアイデアによって、課題を解決することができます。

 これらのことから、アーティスト(抽象芸術)が独創的な作品を創作する上で、構成要素に還元するという(還元主義的)アプローチを活用するのと同様、ビジネスにおいても、独自性のあるアイデアを導出する上で、抽象化(概念化)というアプローチを活用していることから、アートとビジネスとは親和性があると考えます。

※還元主義(複雑な物事でも、それを構成する要素に分解し、それらの個別(一部)の要素だけを理解すれば、元の複雑な物事全体の性質や振る舞いもすべて理解できるはずだ、と想定する考え方(Wikipedia))


【「ドクメンタ」の事例における抽象化(概念化)プロセス】

 「ドクメンタ(人工臓器)」の事例における概念化とは、「大きな水筒」「折畳み水筒」「伸びる水筒」などのプロダクト(物理)を、上位のレイヤーである機能レイヤーで捉えることによって、「水筒」(物理)の機能は、「水を保存する」となります。

 また、概念化した「水を保存する」という機能を、抽象度を上げた上位のレイヤーである目的レイヤーで捉えた場合、「喉を潤す」「生活を豊かにする」「生命を維持する」などとなり、コンテクストにより、また、捉える事象の抽象度により、目的が異なることとなります。

 そして、概念化した機能を目的レイヤーへ抽象度を上げた上で、プロダクトへ具象化することにより、新たなプロダクトである「ドクメンタ(人工臓器)」を創造することができたと推察されます。

 「ドクメンタ(人工臓器)」の事例における抽象化のプロセスとして、水筒の機能として「水を保存する」へ概念化した上で、事象である「地球上の飲める水が激減する」に基づき、水筒の目的として「生命を維持する」へ抽象度を上げました。

 そして、抽象度を上げた「生命を維持する」に対して、「カンガルーは、腎臓で尿より水をこし体内でリサイクルする」という事例を適用した上で、「体内にある水分を体外へ排出しない」へ収束させることにより、「ドクメンタ(「人工臓器」)」という仮説を導出できたものと推察します。

「ドクメンタ(水筒)」の抽象化プロセス

概念化「水を保存する」
事象「地球上の飲める水が激減する」
抽象度「生命を維持する」
事例「カンガルーは、腎臓で尿より水をこし体内でリサイクルする」
収束化「体内にある水分を体外へ排出しない」
仮説「体内にある水分を体外へ排出しないことにより、生命を維持する」

 なお、シフト・イノベーションにおける抽象化プロセスとは、「事象を概念化した上で、今までとは異なる事例を適用し、その事例を収束化することにより、新たな仮説を導出する」となります。


【アートにおける抽象化】

 アーティストによる独創的な作品の創作における抽象化プロセス(アート思考)と、ビジネスにおける独自性のあるアイデアを導出するための抽象化(概念化)プロセスとの類似性に関して、アートの視点より説明することとします。

「具象芸術から抽象芸術へ移行すること、つまりは、物体やイメージを、その豊かさを丸ごと捉えて描くのではなく、解体して、その一つ、もしくは、せいぜい二、三の構成要素に焦点を絞り、新たな方法でそれらの構成要素を探究することによって、豊かさを見出そうとした。」

「なぜ脳はアートがわかるのか(現代美術史から学ぶ脳科学入門)」エリック・R・カンデル(2019年) 

 例えば、芸術家であるクロード・モネの作品である「印象・日の出」の場合、霧のかかったル・アーヴル港の日の出の光景(事象)を写実的な描写ではなく、「港」「海」「船」「太陽」という構成要素に分解(概念化)したものを、「純色の使用」「輪郭をぼやかし」「イメージの平面化」という技法(事例)を活用することにより、「印象・日の出」という作品を生み出したのではないかと推察されます。

 なお、クロード・モネは、「白内障による視覚障害が絵に影響を及ぼしたか否かは定かではないが、そのために細部の還元を余儀なくされた」と言われており、このことからすると、クロード・モネの場合、無意識的に新たな技法(事例)を用いたものと推察されます。

「印象・日の出」の抽象化プロセス

事象「霧のかかったル・アーヴル港の日の出」
概念化「港」「海」「船」「太陽」
事例「純色の使用」「輪郭をぼやかし」「イメージの平面化」
収束化「―」
抽象度「作品」
仮説「―」

 また、チャック・クローズの作品である「シャーリー」の場合、大型のポラロイド写真による肖像画(事象)と「無数のグリッド状に装飾された透明のシート」(事例)を重ね合わせる(収束化)ことにより、「シャーリー」という作品を生み出したのではないかと推察されます。

 なお、チャック・クローズは、「顔を顔として認識することはできるが、誰の顔かを判別できず、立体性の把握が困難である相貌失認」であったため、シートで装飾する方法を取り入れていることからすると、チャック・クローズの場合、意識的に新たな技法(事例)を用いたものと推察されます。

「シャーリー」の抽象化プロセス

事象「大型のポラロイド写真による肖像画」
概念化「―」
事例「無数のグリッド状に装飾された透明のシート」
収束化「重ね合わせる」
抽象度「作品」
仮説「―」

 これらのことから、アーティストが独創的な作品を創出することができるプロセスとは、「対象となる光景(事象)などを還元(概念化)した上で、独自性のある解釈による新たな技法(事例)を活用することによって、独創的な作品を導出する」となります。


【ビジネスにおける抽象化(概念化)】

 ビジネスにおいても、アーティストと同様に、抽象化(概念化)というアプローチを活用していますが、どうしてビジネスにおいて、抽象化(概念化)というアプローチが必要となるのでしょうか。

 ビジネスにおいて、独自性のあるアイデアを導出するためには、今までとは異なる発想をする(事例を適用する)必要がありますが、具象的な事象から具象的な新たな事例を想起(適用)することは困難であるためと考えます。

 そのため、具象的な事象を一度抽象化(概念化)した上で、抽象化(概念化)した事象に基づき、具象的な新たな事例を適用することとなります。

 例えば、「SHIFT INNOVATION #39 」において紹介した、「ビッグデータオムツ」の事例の場合、具象的な事象である「便は大腸がん検診の検体として活用している」から、具象的な新たな事例である「古着を集めて海外へ輸出することにより、社会貢献する」を想起することはできないと考えます。

 これには、事象である「便は大腸がん検診の検体として活用している」に対して、事象を一度「不要物を有効活用する」へ概念化することにより、概念化した事象と類似する「古着を集めて海外へ輸出することにより、社会貢献する」という事例を適用しました。

 そして、適用した事例を「健康」に関する「多数の健康情報を収集する」へ収束させた上で、機能の抽象度を上げた「医療課題を解決する」という目的へ転換させた結果、「多数の健康情報をビッグテータ化することにより、医療課題を解決する」という仮説を導出できたものとなります。

「ビッグデータオムツ」の抽象化プロセス

事象「便は大腸がん検診の検体として活用している」
概念化「不要物を有効活用する」
事例「古着を集めて海外へ輸出することにより、社会貢献する」 ※意識的
収束化「多数の健康情報を収集する」 ※意識的(健康に関する事象に収束)
抽象度「医療課題を解決する」
仮説「多数の健康情報をビッグテータ化することにより、医療課題を解決する」

 「ビッグデータオムツ」の事例の場合、意識的に事象を抽象化(概念化)しましたが、無意識的に事象を抽象化(概念化)した事例として、「ずらして、ひねって、妄想する DESIGN #4 」において紹介した、「簡易検診オムツ」の事例があり、事象である「便は大腸がん検診の検体として活用している」に対して、無意識的に「便を有効活用する」へ事象を概念化したことにより、概念化した事象と類似する「便は健康のバロメーターである」という事例を適用しました。

 そして、適用した事例の機能が抽象度を上げた「健康を管理する」という目的へ転換された結果、「個人の健康情報を集めて健康を管理する」という仮説を導出できたものと推察されます。

 なお、「簡易検診オムツ」の事例の場合、適用した事例は「健康」に関わる事象であり、収束化をする必要がなかったため、事例より直接「健康を管理する」へ抽象度が上がりました。

「簡易検診オムツ」の抽象化プロセス

事象「便は大腸がん検診の検体として活用している」
概念化「便を有効活用する」
事例「便は健康のバロメーターである」 ※無意識的
収束化「―」
抽象度「健康を管理する」 ※無意識的
仮説「個人の健康情報を集めて健康を管理する」

 これらのように、特定の事象から新たな事象へ転換(反転)するためには、具象から具象ではなく、具象を一度抽象化(概念化)した上で、抽象化(概念化)した事象に類似する(異なる)事例を適用することによって、新たな仮説を導出することができます。


【アート思考に必要となる能力】

 アートにおいては、事例(技法)フェーズが独創的な作品を創造する上で、重要なフェーズであり、「印象・日の出」における事例フェーズでは、「純色の使用」「輪郭をぼやかし」「イメージの平面化」という技法を見出したことにより、独創的な作品を創造できたのではないかと推察します。なお、アーティストは抽象度フェーズまでに留まり、仮説フェーズは、鑑賞者が自身の想像力に基づき解釈をし、作品に意味を付け加えることとなります。

 一方で、ビジネスにおいては、事例フェーズと仮説フェーズが、独自性のアイデアを導出する上で、重要なフェーズであり、「ビッグデータオムツ」における事例フェーズでは、概念化の事象に基づき、「健康に関するコンテクスト」とは関係がない「衣類に関するコンテクスト」に関する事例を抽出したこと、また、仮説フェーズでは、収束化・抽象化した事象に基づき、個人単位ではなく、集団による「ビッグデータ化」に関する事象を抽出したことにより、独自性のあるアイデアを導出できたのではないかと考えます。

アート 「印象・日の出」抽象化プロセス

事象「霧のかかったル・アーヴル港の日の出」
概念化「港」「海」「船」「太陽」
事例(技法)純色の使用」「輪郭をぼやかし」「イメージの平面化
収束化「―」
抽象度「作品」
仮説「―」

ビジネス 「ビッグデータオムツ」抽象化プロセス

事象「便は大腸がん検診の検体として活用している」
概念化「不要物を有効活用する」
事例古着を集めて海外へ輸出することにより、社会貢献する
収束化「多数の健康情報を収集する」
抽象度「医療課題を解決する」
仮説多数の健康情報をビッグテータ化することにより、医療課題を解決する

 これらのことより、アーティストが用いている抽象化(還元主義的)アプローチの中でも、独創的な作品を創造する上で、事例(技法)フェーズが重要なフェーズであるのと同様、ビジネスにおいても、事例フェーズや仮説フェーズが重要なフェーズであることから、独自性のある事例や仮説を抽出する上で、SHIFT INNOVATION #42〜#45において説明した「情報力」「批判力」「抽象力」「連想力」「収束力」を活用する必要があると考えます。

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