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最近読んだオモシロ本たち

最近本を読むのに忙しくて記事を書けていないので、そろそろ書こうと思ったが、前みたいに一冊一冊書いていくと大変なので、ここで一気にまとめて書いてしまおうと思う。
まず、ずっと読もうと思っていた、ドストエフスキーの五大長編の一つである『白痴』を読んだ。

私はやや固めで古風な文章が好きなので、岩波信者なのだ


白痴と呼ばれる心優しき青年ムイシュキン公爵と不良っぽい感じの青年ロゴージンが絶世の美女ナスターシャを取り合う話だ。
絶対に今だったら付けられないタイトルだナアと思いつつ読み進める。冒頭部分で汽車に乗ってペテルブルクへ向かう途中のムイシュキン公爵が、乗り合わせたロゴージンと出会い、仲良くなる。私がここで驚いたのは、最初から主人公が出てきているという点である。カラマーゾフや悪霊なんかは、初め親世代の話からグダグダと始まるので読み進めるのがなかなかに大変なのである。その為、ドストエフスキーの長編の第一巻は登場人物紹介コーナーのようなイメージで、ドストオタクは基本的に第一巻に面白さを期待していない。しかし、白痴は初めから面白いものだから、私はシーナさん的に言うと、やや逆上しながら読み進めた。
読みやすいと言いつつも結局読むのに一ヶ月ぐらいはかかってしまったが、読後感が凄かった。ネタバレになるので言えないが、ラストシーンがとにかく美しくて素晴らしいのだ。先程あらすじは男二人が美女を取り合うと簡単に書いてしまったが、このムイシュキン公爵とロゴージンの関係性もなかなかに複雑で面白い。二人は恋敵であるにも関わらず、十字架を交換し合って義兄弟の誓いを立てたりするのだ。また、ドストの女キャラはとにかく気性が激しい。ナスターシャもその例に漏れず、なかなかクレイジーな女性だ。ロゴージンに持ってこさせた一万ルーブリ(ものすごく大金)を暖炉に投げ込んだり、ムイシュキン公爵に対しては「私はあんたが怖くないけれど、私があんたを駄目にして、そのことで後であんたに責められるのが怖いの」などと言ったりする。やっぱりドストエフスキーは良いナア。あとは『未成年』を読んでしまえば、五大長編は制覇出来るのだが、まだまだ白痴の余韻が抜け切らないので、未成年を読むのは当分先になりそうだ。

ロゴージンとムイシュキン公爵
キャラデザがめっちゃ対比になってて漫画的だナアと思った。

今年に入ってからシーナさんの本も随分と読んでいる。『哀愁の町に霧が降るのだ』は古き良き昭和の香りがして良い作品だった。克美荘での生活は勿論のこと、荒くれ者だった学生時代の話もさながらヤンキー漫画のようでとてもオモシロかった。読んでいて気付いたのだが、シーナさんは喧嘩のシーンを書くのがやたらと上手い。臨場感が凄まじいのだ。喧嘩好きだからこそ喧嘩シーンは気合い入れて書いてるのかナアなんて思ったりする。
『シベリア追跡』も面白かった。ロシアを横断する旅のエッセイだ。私はドストオタクとしてロシアに興味を持っているのでこれは読まねばと思った。トイレの便座が無かったり、店に入っても全然店員が注文を聞きに来てくれなかったり、店内で何故かロックバンドの演奏があってうるさかったりと、困ったエピソードが多かったが、こういったエピソードこそが旅のエッセイの醍醐味である。実のところ、私は純文学、ミステリ、SFと同じぐらい旅行記というものが好きなのだ。
今読んでいる、『本などいらない草原暮らし』も面白い。シーナさんの、本にまつわるエッセイ集だ。そこで紹介されている本がどれもこれも面白そうで、ただでさえ読みたい本はたくさんあるのに、ますます増えてしまった。本の虫としては、読みたい本が増えるということは生き甲斐が増えるということで、大いに結構なことであるが。

ジュール・ヴェルヌもいくつか読んだ。『インド王妃の遺産』、『氷のスフィンクス』、『悪魔の発明』などだ。ヴェルヌは話自体も面白いのだが、やはりキャラクターが魅力的なところが良い。SF作品というと、世界観やストーリーを凝る代わりに、どうもミステリなんかと比べて所謂キャラ萌えのような要素が少ないように感じる。その点やっぱりヴェルヌは凄いのだ。
実は四月に『エクトール・セルヴァダック』というヴェルヌの本の初邦訳が出た。その他に今月にもヴェルヌの初邦訳が出るらしい。既に亡くなった作家の新刊が未だに出ているとは全く持って驚きだ。あまりにも高価な本なので、まだ手に入れていないが、そのうち入手したい。出来れば私の生きているうちに全作品邦訳されれば良いのだが...。(フランス語で読める気がしないのだ)

長野まゆみも少しずつ読んでいる。この間は『学校ともだち』を読んだ。この本は面白いことに、学級日誌形式になっていて、それぞれ生徒が書いた文章ということになっているので、生徒によって文体を変えているのが面白い。何処か懐かしい気持ちになった。長野まゆみの作品は大抵ノスタルジーを感じさせるところが良いのだ。

それから、この間珍しくライトノベル的なものを読んでみた。『セントマシューズ』シリーズというヤツだ。日頃散々ラノベを馬鹿にしているわしだが、英国パブリックスクールモノと聞いては読むしかあるまい。トーマの心臓を読んで革命が起こったわしは、ドイツの「ギムナジウムモノ」や英国の「パブリックスクールモノ」といった、海外の学園モノに心惹かれるのだ。
とはいえ初のラノベだったので、取り敢えず一巻目だけ買ってみたが、すっかりハマってしまった。

ラノベとは言っても、90年代の作品なため、今風の絵柄ではないところがまた私好みである。続きが気になって発作的に続きを全部注文してしまったが、こういう時に限って三、四日経ってもまだ届かないのがもどかしい。早く届いて欲しいのだ。

ついさっきはブラッドベリの『ウは宇宙船のウ』を読み終えた。萩尾望都先生がブラッドベリ好きと聞いたのでこれまた発作的にメルカリでブラッドベリの作品をいくつかセット買い。

届いたのはとんでもなく古いモノだったので、物価も安いし、バーコードも無くて笑ってしまった。
この本は短編集で、どれもSFだ。わしはSF好きを名乗る割には本格的すぎるSFだと読みにくくてウームとなってしまう。だが、ブラッドベリはSF要素がありつつも純文学的な感じで読めてしまう。叙情的で、まるで詩人のようなのだ。宇宙への憧憬、未知への憧れ、そして何処か郷愁のようなものが漂っていて、本当に読んでよかったと心底思った。萩尾望都先生がコミカライズ化した話もあるが、それ以外で、私が読んでいて個人的に、手塚治虫先生っぽい雰囲気だナアと思う作品もあった。『霜と炎』という作品である。ある星に不時着した人間が、仕方なくそこで繁殖するのだが、その星では放射能の影響で人間は急速に成長し、衰えてしま為、わずか八日間しか生きられない。主人公はどうにか長生きしたくて、星から脱出しようとするのだが...というお話。生命力を感じる、凄まじい作品だった。私の脳内ではずっと手塚治虫先生の絵柄で再生されていた。漫画好きが本を読んでいると時々そういうことがあって面白いのだ。

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