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19歳の夏の思い出

19歳の夏のこと。
「なんか面白いこと話して」と言われたら
必ず話している、生涯一熱い夜の話です。


大学は夏休み、友人たちは帰省していく。
実家が近かった私は帰る気にもなれず、部室でダラダラと過ごしていた。

土曜の夜だったと思う。
めちゃイケがやっていた気がする。
部室には私と、バイトが忙しくて帰省できない先輩が1人。

「何か面白いことないですかね?」
「面白いこと、、?うーん」
「なるべくお金のかからないやつ」
「自転車でどっかいけば、松島とか」

通っていた大学は宮城県にあった。
日本三景の松島は、30kmくらいの距離。
確かに自転車でいくにはちょうどいい。
夜に出れば朝日が拝めるかもしれない。
海のない町で育った私には、
朝の海は神聖で特別なものに思えた。


日本三景松島から日の出を見よう!
こうして一夜の冒険が始まった。
特に何の用意もせずママチャリにまたがったのが23時ごろ。

まだスマホは存在しない時代。
紙の地図も持っていない。
ただ無敵にバカな19歳の私は
「とりあえず西に進んどきゃ着くだろ!」
という短絡思考で、国道を西に向かった。

とにかくガシガシペダルをこぐ。
ねっとりした暑さの夜だった。
一時間も走ると、街の明かりは遠くなった。
トラックと自分しかいない暗い道。

テンションは高かった。
19歳だから真夜中に自転車で激走するだけで最高に楽しい。
 

2時間くらい走っただろうか、景色が怪しくなってきた。
海を目指していたはずなのに、気づくと周りは山だらけ。
道路は北へ曲がっており、標識に松島の文字は見当たらない。

コンビニに入るも、財布には1000円しか入っていなかった。地図を買うには少ない。
店員に道を聞くのも恥ずかしい。
ここで一気にテンションが下がり、もう帰ろうと思い始めていた。
時刻は深夜1時を過ぎていた。

とぼとぼと、来た道を引き返す。
上手く行かない人生だな、
どうして俺はこんなことも出来ないのか、
暗いことを考えていた。

橋を渡っていたときだった。
あるヒラメキが頭を襲った。
「いま俺は橋の上にいる、つまり川が流れている。すべての川は海に繋がっている、つまり川沿い進めば必ず海に着く!!」
いま思うとアホみたいだが、当時は自分を天才だと思った。
ニュートンが林檎が落ちるのを見たときの数倍は興奮していただろう。

もう松島はどうでもよくなっていた。
とにかく海に出て、朝日を見よう!
再び元気を取り戻した私は川沿いに進み始めた。

川を見失わないように、とにかく進んだ。
整備されていない河川敷というのだろうか、
背の高い草を掻き分けていった。
途中私有地と思われる箇所もあった。
関係ない、真夜中だし19歳だし、俺は海が見たいんだ。

やがて工業地帯にたどり着いた。
松島とは全く違う場所だが、海は海だ。
工業地帯の海から昇る朝日を見て帰ろう
時刻は朝3時。
疲れと高揚感に包まれていた。
 

整備された道をゆっくりと走った。
もうすぐ海が見える。来たかいがあった。

ここであることに気付く。
周りに妙に車が多い。
「夜勤の人が多いのかな、さすが工業地帯」
最初はそう思っていた。
だがよく見ると普通の車ではない。
派手な装飾、曲がったタイヤ、、
 

理解したときには遅かった。
暴走族?のたまり場だったのだ。
そこにママチャリの私一人。
絡まれないわけがない。

怒号、嘲笑、そういったものを張り上げて、
車たちはどんどん近づいてくる。
100台近くいた気がする。
引き返すより突っ切るほうがいいと思った。

あのときの自分のママチャリは、
競輪選手も尻込むほどのスピードが出ていたはずだ。
とにかくここを抜け出したい。
車たちはノロノロと寄ってくる。

やっと車たちを引き離した。
だがそこに待っていたのは絶望だった。
「関係者以外立入禁止」
そう大きく書かれた紙が、分厚いフェンスに張られていた。行き止まり。

死ぬ、と思った。
俺は暴走族にイチャモンをつけられ、
朝日を見る前に海に沈められるのだ。
お父さんお母さんごめんなさい。

19年の短い人生を悔いていたそのとき、
遠くから頼もしい音がした。
パトカーのサイレンだ。
車たちは蜘蛛の子を散らすように去っていく。

パトカーは私の前で止まった。
私は号泣していた。当然事情聴集を受ける。
「どっからきたの?」
「○○町です、、」
「○○町!?なんでそんな遠くから」
「うみから昇る朝日が見たくて、、」
警察官はあきれていた。
「とにかく気をつけて帰るんだよ」

送ってはくれないんだ、、

帰りにさっきの車に絡まれたら最悪である。
またも自転車をこぎ、少し離れたコンビニに入った。
ここで明るくなるまで待とう。
同じく漫画を8回くらいは読んだ。
体はずっと震えていた。

ようやく空は明るくなり、帰路に着いた。
気付けばよく知っている道だった。
疲れなのか安堵なのか興奮なのか、よく分からない感情でペダルをこいだ。
家に着くと倒れ込むように寝た。
 
 
 

あれから15年近くたった。
私はGoogle Mapなしでは何もできない人間になり、あの工業地帯も津波に流されてしまった。
いまなら一発で松島に着くだろう。
あのとき松島に着いていたら、また違った人生だったかもしれない。
逆に着かなかったからこそ、それなりの人生を歩めているのかもしれない。

19歳の無敵にバカな自分は、
人並みの人生経験をつんで普通の30代男性になった。
心のどこかにあの頃の感性が生きていて欲しいと思う。
本当は今でも川沿いを走っていきたいし、
工業地帯で危険に飛び込んで行きたい。
 
 

長文で失礼しました。


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