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【かわいい女の子の】小指を切断しようのコーナー

手の小指は必要でも、足の小指は惰性で存在しているのだと思う。

まだ片手で済む年齢のころの私は、たしかに子どもに違いなかったけれど、大人よりたくさんのことを考えていた。そして考えて考えて、考え抜いた抜いた結果、小指をハサミで切り落とすことにした。

ズボンが生暖かい。尿が漏れてしまったようだ。遅れて、鼻にツンとする臭いがやってくる。

私はいま、怖いのかな?

そんなことすら、もうわからなかった。ただ、ただ、私を見て欲しかった。

でも、パパにもママにも私は見えちゃいない。 

パパとママは、夜になると喧嘩をする。ママの怒る時の高いラの音が嫌いだった。家に取り憑いたラの音が嫌いだった。

「俺たちがこうして喧嘩しているのは、どうしてだと思う。お前のせいなんだよ。」

パパは私の肩を揺らした。脳がいったりきたりした。

うん、わかってるよ。

パパとママの喧嘩を止めるのは私の役割。止めるたびに、ひどい言葉を浴びせられた。でも、それでよかった。パパとママの怒りの矛先が私に向くと、二人は仲良しに戻るから。
二人が私に攻撃することは、正しかった。私は、そうして二人が仲良く私を攻撃することに文句などなかった。


二人はきっと、私が子どもだからって、時間が経てば忘れるとでも思っていた。記憶が積み重なれば、なにもかもあやふやにできるなんてこと、あるはずないのにね。



私は、小指を切った。あのとき、たしかに切った。ゆっくりゆっくり、最後はハサミに渾身の力を込めた。

でも、私の力では、切り傷を作ることしかできなかった。骨まで切れなかったのだ。だから血だけが溢れて、フローリングに流れていた。少し粘度を持って流れていた。尿と血が混ざらずに分離していて、私はその境目を撫でた。二つが混ざり合うのを見ていた。

パパとママはまだ喧嘩をしている。ママがリビングから顔をのぞかせると、私の様子に気づいて、血と尿と私を交互に見下した。

私は、ママが助けてくれると思った。ママが、優しいママに戻って、抱きしめてくれると思った。朝や昼の、喧嘩していないときのママに。

けれど、私がママに近づくと、ママは一歩後ろにさがる。ママと私の間を透明な壁が隔てていた。ママはリビングに戻っていった。


反省する。猛省する。私は、無駄しか作れない。
無駄だった。あの痛みも臭いも、ママにはなにも響かない。ママにはママの世界があって、私はその世界のことがよくわからない。 


優しいパパとママ、喧嘩した時のパパとママ、2人の本心がどちらにあるのか知りたかった。どちらが本当なのか、どちらが占めているのか。優しいパパとママが真実なのだと思いたかった。



そう、あの頃の私はどちらかが真実だと思っていた。でも違った。どっちも違った。それに気づいたのは、もっと、ずっとあとになってから。

この家の前を通ると、その時のことが鮮明というより閃光のように蘇る。古い木造の一軒家、手入れのされていない庭には、枯れた朝顔や、背丈がバラバラの草が茂っている。人が住んでいるのかどうかはわからない。住宅地の隅にあるその家を通り過ぎるたび、上映された。あの家からする尿のような臭いのせいだ。住み着いた汗臭さ、酸っぱいような臭い。思い出すたびに、私の心臓を締め付けた。


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