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掌編小説

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原稿用紙5枚の掌編小説
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原稿用紙5枚の掌編小説「十円玉」

原稿用紙5枚の掌編小説「十円玉」

「ごめんね、十円足りないみたい」

 レジカウンターの上に並んだ小銭を数え終えた若い女性店員は言った。カウンタ―の前に立った少年は、戸惑ったように小銭と店員の顔を交互に見た。とある書店での出来事である。小銭は大人の掌にひと山ほどはあろうか。その傍らに置かれた大きなガマ口の財布とコミックの新刊本。少年は小銭で支払いをしようとしたが、十円足りなかったらしい。

「じゃあ、もう一度数えてみるね」

 女

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原稿用紙5枚の掌編小説『夏の帰り道』

原稿用紙5枚の掌編小説『夏の帰り道』

 桑畑の一本道を、僕はランドセルを背負って歩いていた。大人の背丈ほどもある桑の木が道の両側を囲み、緑の葉のムッとする匂いが夏の光の中に漂っていた。

 その日の午後、僕は学校で熱を出し、保健室のベッドに横になっていた。体調がいくらか落ち着き、保健の先生から帰宅の許可が出たのは、放課後の時間をだいぶ過ぎてからだった。先生は軽い日射病だろうと言っていた。

 陽が西に傾きかけた道を歩いているのは僕一人

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