花の咲いた男

いつ頃だろうか。私の頭には1本の花が咲いている。ピンク色の漫画みたいな花だ。きっかけはわからない。最初は頭の上に出来物が出来ている程度だった。しかし、みるみる大きくなりやがて元気な姿を現した。花が咲いてから会社の同僚に笑われもしたが、皆んなあっさり私に順応した。部長なんか当初思い切り笑っていたのに、今となっては懐かしい。もうすぐ咲いて1年になるが枯れる様子はない。病院には行かないのかって?行きはした、しかし何も異常はないと診断された。いや、多分冷やかしと勘違いされたのだろう。同僚たちと抜こうとも考えたが、同僚の1人に「これお前の頭から生えたじゃん。抜いたら血とか出ない?」と言われて全員やる気を失った。だからこうして枯れるのを待っている。特別不便ではない。頭を洗いにくいくらいだろうか、あと近所の子供に笑われる程度だ。お花おじさん、お花おじさん!そう呼ばれると腹が立つ、せめてお花お兄さんにしろ。しかし、本当になんの因果があってこうなったのか。


私がコンビニで買い物をしていると近所の子供の1人が私を馬鹿にしてくる。まぁ、もう慣れた。前は蹴り飛ばしてやりたかったが。その後子供は目の前が車道にも関わらずボールを蹴って遊んでいた。私がそれを止めると、その子供はボールを追いかけ車道に飛び出してしまう。子供の目の前には走るトラックが1台。私が彼を助けるためその子を突き飛ばすと、私の目の前は暗くなった。


真っ暗な世界だ。ここはどこだ?すると目の前には小さな子供がいる。白く優しい光を浴びた子供だ。その子は私に「お別れだね、さようなら。」とつぶやき消えていった。


私が起きたのは真っ暗な世界ではなく、病室であった。頭には包帯が巻かれてはいるが、それ以外に傷はない。すると医者が病室に入ってくるなり大笑いしていた。車に轢かれて無傷なんてまるで漫画みたいだと。いや笑うんじゃないよ。車、そうだ、子供をかばってその後、あの子はどうなったんだ?すると医者は元気に助けた子供は無傷だと教えてくれた。良かった。私がほっと胸を撫で下ろし頭をかこうとすると違和感があった。花が、ない。私はベッドから飛び降り、手洗い場に駆け込み鏡を見たが、花は咲いたことすらなかったかのように消えていた。そして同時に思い出す、1年前の事を。


1年前、私は道路に飛び出した子供を救えなかった。目の前で人が死んだ、その光景に耐えられず大きく泣き叫んだ。救えなかったというより、きっと自分の命が惜しかった。「もうひとつ、命があれば助けにいけた。」そんな奇跡以上のわがままが実現してたら救えたと、今となってはただのげ現実逃避だ。でも、あの花が少しずつ咲いてから忘れていった。そうだ、会社の同僚たちも、子供を救えなかった事情を知っている。思い出させないために、話を花にそらしてくれたんだ。そしてあの花は、私が救えなかったあの子の生まれ変わりだったんだ。あの時救えなかったのに、私のわがままを聞いてくれたのかい?まだ小さいのに、忘れさせようと気を遣ってもくれた。それなのに、許してくれ、また救えなかった。


その時、私の病室に子供が入ってくる。私が助けた近所の子供だ。彼は私に笑顔で「ありがとう!」と言ってくれた。理由はどうあれ、私の決断がひとつの命を救えた。失われたものも大きかったが、私はあの花が与えてくれた命を枯らさず生きていこうと思う。


花の咲いた男




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