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ゴートソルジャー 〜ビギニングウォー〜(中編)

※この小説には一部暴力的かつグロテスクな表現があります。

バサンはただ1人雪の中を歩いた。吹雪の音だけが耳に、雪の冷たさが皮膚に染み入る世界。暖かい基地も仲間も家族もそこにはない。青白い地をただ歩き、バサンは山を降りた。バサンの直感だがなんとなく、同族の香りがする方へ歩いたのだ。そして見つけた、吹雪がやみ広がるのは街である。夜ではあるが大変明るく、多くの人間がいた。不思議だ、自分とは違うのに人間という生き物は仲間に思えてしょうがない。それはバサンが人間と山羊を掛け合わせて作られからだろう。そして、もうひとつの同族の香りが近くにあった。バサンが振り向くと屋台の親父が肉を焼いて人間に振る舞っていた。豚でもない、牛でもない、焼かれているのは山羊の肉だ。同族が焼かれている。だが腹が減っているからなのか、人間としての味覚が備わっているからなのか、バサンは美味しそうだと感じ屋台へゆっくりゆっくり歩み寄る。香ばしく焼ける肉に、心が奪われていたのだ。その姿に気づいた人間の男が声を荒げた。化け物がいると。北軍の基地の人間は皆バサンを小さい時から知っている。しかし街の人間にとって、顔が山羊の骨で出来た兵士が出歩いているとなると恐怖があって当然なのだ。バサンは敵じゃないと必死に訴えるが、街の人間たちは聞き入れず雪玉や石をバサンの顔に投げつける。バサンは悟った、少なくともここに私を受け入れてくれる者はいないと。バサンはまた、あの雪山へ登っていく。


自分が異質な存在である事は気づいていた。しかしここまでだとは思ってなかった。バサンの腕なら雪玉を投げてきた連中など容易く殺せる。だが、今バサンが求めているのは無益な殺生や血の雨ではない、寒さを凌げる場所とパンひとつだ。それを求めるのを贅沢だと誰が言うだろうか。誰も言わないだろうが、同様の仕打ちを人間たちは自然と行ったのだ。もう一度基地へ戻ろうかとも考えた。だが自分は役立たずだ、戻っても居場所などないのだろう。忘れたくても忘れられない、得たくても得られない、側から見たら可哀想という言葉がよく似合うバサンを慰める者はいない。吹雪は止んだが心は晴れない。慰める者はいないが、意外にも出迎えてくれるものはあった。小屋だ、町から大分歩き山を登ったところに小屋がある。バサンの頭の中に変なモヤモヤが浮かび上がる。不思議だ、そういえば自分は以前にも街もあの小屋も見た事がある気がする。ここへ歩いて来れたのは偶然なのか、誰も知る由はないがバサンは小屋に足を運ぶ。灯はついていない、誰もいないようだ。扉もすぐに開いた。小屋にランプが置いてあったので火をつけるとそこには猟銃や地図などが立て掛けられており、無線機や乾燥した保存食、そして使い込まれたコーヒーメーカーがあった。一体誰の小屋なのか検討もつかないが、バサンは故郷に帰ってきたかのような安心感とともに眠りについた。


翌朝、バサンの眠る小屋の付近に雪を踏む足音。バサンはそれに気がつき荷物から拳銃を取り出し扉に向けて構える。南軍の追手だろうか。しかし、その割には足音が軽く殺意がない。扉が開くとそこには1人の少女。防寒着にピンク色のニット帽、小柄だが成人は超えている人間の女だ。背中にはリュックと猟銃を背負って入るが軍人ではない。バサンは警戒したが、少女の第一声は恐怖ではなく「確認」であった。

「バ、サン?」

バサンは驚いた。初対面の女かなぜ自分の名が出てくるのかと。それは少女も同じであった。ここは自然動物保護観察員バサンの小屋であって、目の前にいるのはバサンではない。当然体つきや不気味な頭部で判断したのではない、ただ雰囲気のみで少女は長年の同僚と重ねてしまったのだ。真偽やこの現象を誰も証明出来ないが、バサンと少女に少なくとも争おうという気持ちはない。少女は名をエフィといい、エフィは優しく声をかける。

「お腹、空いてない?缶詰、あるから。一緒に食べよ?」

エフィはそういってチキンとトマトの煮込みが入った缶詰を手渡すと、バサンはそれを奪い取るがのごとく勢いでもらい、乱暴に缶をこじ開け、品のない食い方で腹を満たしていく。それを見たエフィは、バサンを強く抱きしめた。まるで一人ぼっちで寂しかった子供を慰めるがのように。

「辛かったんだね。私もね、好きな人が居なくなって長いんだ。その人は山羊が大好きで、この山の山羊は私が守るって、、、。」

バサンもまたエフィに応えるように話し始める。

「どうやって生まれたのかよくわかっていない。家族も今はどうなったかわからない。家族以外の人間は、皆私を化け物と呼ぶ。私は、もうこの世界から愛されないのだろうか。」

エフィはまたバサンをより強く抱きしめる。エフィは片想いの同僚を失い、バサンは家族と家を失った。だが、種族という垣根を超えて、愛してみたいと思う存在に出会った。バサンは家族を失った寂しさを紛らわすため、エフィは片想いだった鈍感な保護観察員の代わりにこの化け物を選んだのだ。この感情を誰もが不純と言うだろう。しかし2人は例えお互いの心理を理解していたとしても、今その感情を捨てる事はなかった。


基地を離れて半年、バサンはエフィと共に山に住み、山羊たちと共に平和に暮らした。時に山羊を狙うハンターたちが山に来る事もあったが、バサンは驚異的な身体能力と銃の腕で撃退する。バサンの噂はたちまち広がり、いつしか近隣の住人から「山羊の戦士」と崇められる様になった。その正体を知るのはエフィのみ。体格ももう大人と同等に成長しており、エフィと愛し合う関係となっていた。お互いに代えを見つけただけの関係とは思えないほどに。だが、そんな生活は1発の弾丸により終わりを迎える。


ある日、バサンは山で同族が生き絶える音を聞いた。急いでバサンがエフィと共に山羊の群れを確認すると、そこには何匹もの山羊が血だらけで倒れていた。バサンが近づき山羊たちの死体を調べると、どうやら肉食動物に殺された様だ。しかしあまりにも変だ、他の死体には何かで貫かれた様な跡がある。その死体に触ると、雪山でもわかるほどの熱さと硝煙の香りがした。そしてバサンが何かの足音を察知した頃には、銃声と共にエフィが腹に銃弾を受け倒れていた。エフィを撃った犯人は人間ではない、2匹の獣だ、チーターだ。だがバサンが前に北軍の兵士と見た動物図鑑には載ってないチーターだ。背中には大きな銃弾がまるで棘の様に剥き出しに刺さっており、頭部には大きなリボルバー銃が備わっている。だが、目の前にいる敵が何かはどうでもいい。愛する女を撃った罪を償わせるが如く、彼はそのチーターにライフルで銃撃する。1匹は難なく殺せたがもう1匹は銃弾をかわしながらバサンに噛み付いてくる。バサンはナイフを取り出しそのチーターの喉元を突き刺し、最後に首をへし折ると、瞬く間に地面にチーターは横たわる。そしてすぐにエフィの元へバサンは駆け寄るが、出血は止められるものではなかった。バサンは必死にエフィの傷を防ごうとするが、エフィは笑ってそれを止めた。するとエフィはゆっくりと口を開く。保護観察員のバサンの代わりとして最初は愛していたとか、本当は化け物と接するのが怖かったとか、過去の本音を口にしようとしていたのかもしれない。だが、彼女は今に対して最後の力を振り絞る事にしたのだ。

「バサン、ごめんね、ありがとう、、、。」

最後にエフィは手の甲でバサンの頬を軽く撫で、静かに目を閉じた。バサンは悲しむはずだった。死んだ山羊を見た時もそうだった、ほんの少し我慢していた感情が、まだ温もりある彼女を見てはち切れそうになる。


食べたい。


普通の人間なら泣き叫ぶとか、悲しむとか、墓に埋めてやろうという感情がくる。だがバサンにあったのは食欲であった。彼女の遺体から流れる血と服越しでもわかる柔らかい肌が、美味そうという感情を引き起こす。このまま、食らいつこう。そう思った瞬間に、バサンは雪に何度も顔を埋めて理性を保とうとした。なぜ自分は同族の死体を見て美味そうだと思ってしまうのか疑問だった。


バサンは落ち着きを取り戻し、彼女の墓を作った後、あのチーター達を調べた。するとチーター達の体には小さな鉄板の様なものが1枚付いており、そこには認識番号らしきものと、南軍の紋章が刻まれていた。バサンは武器を取り、かつての故郷を調べに行くのだった。


ゴートソルジャー〜ビギニングウォー〜(中編)

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